第五話『ヒーローのプライド』・「正義の味方になれ」

 喉の熱さを吐き出したい。

 今すぐ目の前に。


「どうして自分でやらない? アンタが直接やればいい! 俺に言うなッ」


 ウォータンは微動だにしなかった。金髪も揺れず口の形も変わらない。

 黒いサングラスの中はどうなってる。


「そうしたいのは山々だが、少し厄介なルールがある。ワタシにも変えられないからできないのだよ」

「説明しろよ!」


 ヤツが腕を組んで笑みを浮かべてる。


「ワタシにとって忌まわしき白い狼。アレがこちらに仕掛けてこなければ手が出せない。

 大上兎羽歌とわかもだ。彼女がワタシに手を出さなければこちらも出せない。自衛でなければ」


 呆れたルール、


「アンタらゲームでもしてるつもりか」

「やはりセック・ハスは話していないようだな。ワタシたちは始めに密約を交わした。仕方がない、。沿う他ないとなれば楽しまなくては損だろう」


 師匠セックと戦った時の言葉が浮かぶ。


『あたしらの舞台はとっくに崩落してる』


「ワタシと彼は永遠の時間の中で共通の舞台ルールを取り決めた。相手を滅する永年の戦いの舞台を」


 それが宿敵の話。


「ただし我々が直接手を下せるのは条件が揃ってから。条件は互いに達しなければならない。けれど彼がルールに縛られるのを嫌うのは君も知ってるだろう。

 故に条件は時と都度で柔軟に変化もする。ともあれワタシが自分の世の中システムを育む目的を重視し、彼がワタシを滅ぼす目的を重視するのは変わらない」

「トワカちゃんがスーパーで働いてるのも一部なのか」

「偶然も武器になる。青年も経験済みだろう。とはいえ網はあった。ワタシの会社は手広いのでね。

 網は君が知るフライヤ・ハスと似ている。しかし彼女はもっと悪趣味な産物だ。君は彼女の名前の意味を知ってるかね」

「知らないが」


 なんだってんだ。


「ワタシの親類縁者の名に、ちなんでいるんだよ。という女の名に。

 セック・ハスはそうしてワタシをバカにしけなして汚したいのだ」


 さっきから心が揺さぶられてるのに、まだ足りないぐらい心臓を掴まれた。

 彼女セックには彼女フライヤがそんな……オモチャみたいな存在だったのか。

 でも彼女フライヤへの彼女セックの愛情を感じる時はあった。

 ただ今はマスクを着けてなくてよかった。フライヤには聞かせたくない。


「アンタにも知らない事情はあるだろ」


 ヤツの言い分ほど単純じゃないはずだ。全部正しいわけがない。


「あるならご教授願いたい。ワタシは君が想像する以上にには貪欲でね」


 反撃する気持ちで言った。


「ヒーローがなにか、アンタは知ってるか」

「ヒーロー? そんな者はいない。ワタシの社会にはな。そんな者が存在してないのは君もわかってるだろう。

 英雄ならばいる。ワタシの戦場にね。ヒーローなんて存在の意味を考えてもムダなのだよ」


 気力が奪われた。

 事実を知らされたんじゃない、自分の本音を掘り返したから。


「君の言うヒーローがいるとすれば、ワタシのシステム側だ。

 ワタシが与えた知識と、作った社会の中システム

 人間を導いたワタシこそがなのだから。

 正義の味方の姿とはそういった者なのだよ」


 ……俺には正義なんてわからない。

 今まで自分を正義の味方だと称した時もなかった。

 けどヤツは絶対にヒーローじゃない。ウォータンはヒーローというより――


 ヤツが自分を正義だと称するなら、


 正義に敵対するのがヒーロー。


 まだ答えじゃない。

 答えには足りない。

 ヤツの本質が示してる方向を見極めてない。


「君はカラスが夜行性ではないと知っていたかね」

「どういう意味だ」

「レイヴンズとの三度目の戦い。ワタシの部下は不利だった。承知した上でワタシが調整したんだ。二度目の黄昏時も近しい。

 君のような青年をヒーローにしてあげたくてね。誰しもヒーローになりたがる、そうだろう? ヒーローがいないとしても。

 自分がヒーローからほど遠く、下品でもなりたがる。滑稽で可愛い者たち。故にワタシが正義を与え、英雄にしてやるんだ。君も英雄に、正義の味方になれ」


 ヒーローの話で揺さぶりをかけてるのか。


「青年、心配しなくていい。君が大上兎羽歌を排除しても君の日常や人生は脅かされない。ワタシには君の想像を超えたと、魔術があるのでね」


 ヤツは俺が兎羽歌ちゃんを抹殺するのを望んでる。計画的に。

 ヒーローじゃなく俺を私兵に、伏兵にするつもりか。

 決戦の時には自分が有利になるよう、事前に脅威を排除したいのか。


 けどそんなの、できるはずない。俺は。そうだろ?

 誰かそうだと言ってくれ。

 今も裏切るかどうかがわからないのか。どうすればいい。

 彼女たちを裏切る気なんか全然ないのに。なのに俺の心が揺れる。

 揺れるからヤツは揺さぶりをかけてきてるのか。


「俺がアンタに従ったら、アンタは俺になにをくれる」

「ワタシの平和な社会システムで特別な待遇をしよう。君は規範の中で自由になれる。好きに生きられる。地位と名誉、金と情欲。望むなら生活保護のままでも構わないよ」


 先にはヒーローはあるのか。

 彼女を抹殺できても。

 ヒーローになれるか。

 捨てるしかないのか。

 平安を得るために。


「ワタシの政治存在信頼信奉してほしい。政治は信頼だ。信頼は必ずしも言葉通りの意味にはならない。植民地と奴隷のように、今では形と意味を変えて存在している。

 それでも信頼というのは上下関係の中で介在している。階層の関係ピラミッドがあればワタシの社会は円滑に進む。むしろ信頼など必要ないと言ってもいい。

 平和のためにワタシが作った構造。戦争もそうだ! 進歩には戦争が必要なのだ! 人間のテクノロジーは争いで進歩した。死によって社会ができたのだ。

 君は一ノ瀬いちのせ誠をどう思う?」


 この世の者とは思えない異質な演説プレッシャーに圧倒された。

 最後に一ノ瀬の名前を聞いたから夢の中にいるのかと感じる。

 悪夢の中に。

 夢から覚めたかった。


「なんでアンタが一ノ瀬を!」


 それで叫んだのか。


「一ノ瀬誠はワタシの社会ピラミッドを強める体現者の一人なのだよ。

 上層にいる強者でありながら階層を自由に行き来していた者。

 まさに捕食者である彼もまたワタシの正義の英雄味方と呼ぶに相応しい。

 今のワタシは常に彼を案じなくてはならないし好意的に感じている」


 一ノ瀬の存在感を再認識するには充分すぎる説明だったが、最後の表現は引っかかった。

 ウォータンと一ノ瀬。

 どういう――


 焦点が定まっていった先、

 ヤツの容姿の中で唯一黒い部分が際立った。

 髪の黄と服の白の間にあるサングラスの黒。

 過去に見た異質な目の記憶がよぎる。

 師匠セックもフライヤのマネージャーだった時は黒いサングラスをかけてたと。そう一ノ瀬が言ってたじゃないか。


「その黒いサングラス。外して見せてくださいよ」

「見たいのかね、ワタシの目を」

「ああ気になるんですよ。アンタの目の色。見せてくれたらさっきの依頼も考えてみるよ」


 ウォータンは思案してるみたいだった。


「いいだろう。ただし君の手で外して近くで確認してみたまえ」


 なら取ってやる。

 殴りにいくつもりで足を踏みだした時、


『直也ッ!』


 声がしたほう、

 階段の屋根の上に、


 白いスーツのヒーローが立っていた。

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