第六章:フェニックス

第一話『神内の精鋭』・「改めてよろしくお願いします」




 十二月に入ってすっかり寒い。昼間でも部屋が寒くなった。

 フギンの捨てゼリフ通りなら年明け後が正念場か。

 最後の戦い以降烏人間兄妹レイヴンズも現れてない。


 訓練は怠ってなかった。兎羽歌とわかちゃんとの連携を中心に。

 兄妹より勝るにはチーム・ウルフとしてヤツら以上の連携が必要なんだ。

 だから夜の街で駆けてる。

 四足巨体の形態バレットモードと。

 他の人間に気づかれないように二人で動き回る訓練。

 夜の街はVer.バージョンセックタイプダブルハンドと自分の能力を限界まで鍛える場所になった。

 彼女の背バレットに乗るのも最初は変な気分で。

 跨がるのはいやらしくないかとか雑念もよぎったが、騎乗すると振り落とされない状態になるまでが大変だった。

 騎乗だけでも相当な訓練になったな。

 けど慣れたら夜の疾走は爽快だった。爽快なのに誰にも気づかれないのも凄いことだ。

 彼女との一体感もさらに増した。


 レイヴンズが指定した場所の流原ルハラビル。兎羽歌ちゃんにPCで調べてもらったらルハラグループのビルの一つだった。

 ヤツらがなぜルハラグループ傘下の場所にこだわるのか。

 思い当たる記憶はあった。


 ウォータン・ゲンドゥル・


 ルハラグループの社長の名前がウェンズデイ兄妹と同じなんだ。

 思い出すきっかけは八輪の変わった小型バスで帰ったあの男。

 金の長髪ブロンドで体格もいい長身は俺が見た社長の姿と似てる。

 名前は違うし顔も仮面で隠してたが、社長もサングラスをかけてたから同じだった。すぐには気づけなかったが声も似てる。

 もう社長に問いつめてみたかった。

 けど、吹いたら飛ぶようなバイトの俺が天下の社長に会えるわけない。前みたいにスーパーで偶然とかでもなければ。

 だから戦闘中に「あとで教える」と言った師匠セックに聞くしかなかった。

 その後話せた時の師匠は色っぽいチャイナ服姿だったが。白い男と社長の話は真面目に聞けた――


異能の狼皮戦士ウールヴヘジン仮面を被る者グリームニルで間違いない』


『キミの遺伝や過去と環境、備えたものや動機、様々な因果からそうなった。だが特別に選ばれたんじゃないのよ。偶然そうなったの。

 元々意図的な土壌はあった。繋がって目立ったからヤツに見つけられた。故にグリームニル仮面のクソ男の祝福とは永続的で恐ろしい。

 まだヤツの正社員ベルセルクではないがね。そこが重要。未来は選べるし抗える。言っただろ、答えはキミが考えなくてはならないよ』


 話を聞いた時に感じたのは嫌悪感。敵だけでなく自分にも。自分に嫌悪を向けさせるものへの憎しみも。

 思い返すと今も狭間でズタズタにされてるように感じる。なのにそこから逃れられない。

 むしろ逃げ場なんてない。

 どこに行っても同じ空間か、死が待ってる。逃げられないようにしていて、逃げても死ぬように作られてる。

 どうにもならない、転びようもない状態に無力感が湧いてきた。足元が崩れるんじゃなく

 この重さか。

 呪縛。

 彼女が言った真の自由という言葉も耳から離れない。




 暖房をつけるお金がないからカイロの袋を開けた。

 縦に振ってると思い出す。スロットみたいに姿が変わる狼、ゲリとフレキ。

 二匹もあれから見かけない。

 師匠セックによれば『ゲリが好む酒は血。フレキが好む麦は死体。クソ野郎が二匹に餌を与える際は多くの敵を殺した時だと言われてる』とか物騒な存在だった。


『二匹の狼はレイヴンズと同じく。魔術が源にある、いわば社員』


『しかし同じ狼だからか似てるな。ナオヤ君の話なら脈ありかもね。感じるものがあるなら信じてみればいい。

 あたしがになる日も近いか。まあゴシップ。ゴッドファーザーやゴッドマザーがする噂話よ』


 共鳴が指針になるんだろうか。


『ナオヤ君。今のあたしが素直に言えるのはキミが見た光景だ。

 あたしとヤツは宿敵。グリームニルベルヴェルクとの決戦の日は近い。

 人は過ちでしか学べない。どうなるかはあたしにも見えない。

 だが決する時、ナオヤ君にはそばにいてもらいたいと願っている』


 決戦。

 どんな戦いかまだ想像もできない。俺がどうなるかも。

 でも俺が師匠セックやましてフライヤと兎羽歌ちゃんを裏切るなんてあるのか。

 ないと言い切れない自分に腹が立つ。だからこそいくつか確信を得る必要があると感じた。

 少なくとも破壊への渇望やそれが向く先。兎羽歌ちゃんの中の白い狼について。

 彼女の秘密は師匠セックもまだ教えてくれそうにないが、どうたぐり寄せる――


 呼び鈴が鳴った。

 宅配便でも来たかな。

 カイロをポケットに入れてドアを開けたら、


「やっほーナオヤ」

「こんにちは直也さん」


 いたのは冬の装いを着こなしてる女子二人組。すぐに華々しさを感じた。

 右にいたフライヤは白い肌で、派手なコートを着てて首にふかふかのマフラーを巻いてる。冬なのにミニスカートで活発に感じた。

 左の兎羽歌ちゃんは地味なコートを着て薄いマフラーを巻いてる。スカートは短めでフライヤに対抗してるような印象も受けた。

 特に兎羽歌ちゃんの姿を見ると、スーツ姿もそうだけど夜の大きな狼バレットが重なって変な気分になった。今でもどこか信じられない、異次元にいる感覚になってくる。

 今日も服の下にスーツは着込んでるんだろうか。俺と同じで。

 スーツも訓練の一貫で二人して決めた秘め事みたいな約束だった。


「二人とも今日はどうしたの」


 変な気分になるから、二人を見て単に可愛い女の子が来たと思考を切り換えた。

 兎羽歌ちゃん今日はスーパーじゃなかったのか。


「私引っ越すことにしたんです」

「ナオヤっ。わたしがした話は覚えてる?」

「もしかして」


 あの話。


「わたしのルームメイト! 今日からトワちゃんと一緒に住むのっ。ナオヤのお隣さんね」

「そうなんです。改めてよろしくお願いします」


 兎羽歌ちゃんがお辞儀した。


「よ、よろしくどうぞ」


 改まりすぎて、さっきのもまた浮かんで恥ずかしくなってきた。


「よろしくぅ!」


 俺の気分は全然お構いなしのフライヤがノリノリのポーズで紹介してくれた。







 隣にフライヤ、セックもだけど彼女だけならやり過ごせてたが。兎羽歌ちゃんまでいるとなるとソワソワしてきてやり過ごせなかった。

 壁を伝わって女子同士の楽しそうな声がうっすらと聞こえてくる。

 こんな時は筋トレしてまぎらわせるしか。

 鉄アレイを探して押し入れを開けたら、塞ぐのを忘れてた穴の光が視界に入った。

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