章末話『生け贄』・「うちをめちゃくちゃに」

 走りながら呼吸に乗れ。

 リズムに。

 同時に考えろ。


 死角がなくても攻撃するしかない。

 けど盾の防御シールズが。

 どこを狙っても突起で防がれる。

 攻撃を当てるには――


 直感的に察した。

 手数の多さは負けに繋がる。

 すべて弾かれる。

 攻撃に時間がかかれば銃と同じで動きに対応される。

 連打で失うのは体力。

 セックと違って俺に無尽蔵の体力はない。


 両手に下げた狼の爪の質量を感じながら決めた。

 手数は二回。


 プロメテウス。

 セック細胞スプリットを限界まで防御に回したら何分耐えられる?


剣の技ソーズの硬度やスピードとスーツの耐久性から算出すると三分間は全面で防げます。以降はセック細胞スプリットの形質が徐々に崩れ防御性能が下降、完全性は消失して材質のみの防御に変わります』


 充分だ。

 


『了解です♪ サンダーフィンガー・ダブルは全身に展開し自動防御フルオート、ファイアボール・ダブルは1%のみ残し防御膜ファシアに変換』


 補助がなくなったせいか体が重くなった。

 予想の範疇だ。歯を食いしばってでも動く。

 ――


 ――合図したらてくれ。


『通信も途絶します。次のまで待機。ナオヤ、気をつけて』


 ありがとうフライヤ。


 フローで走り抜けた。

 まるで一呼吸で近づいたと感じる。

 体は揺れてるのに視野は固定されたままでスムーズだった。

 フローが呼吸と視野を繋げて安定させてる。


「マイティッ!」


 兎羽歌ちゃんなら。

 俺が共鳴を感じたように彼女も感じてくれるなら。

 伝わるはずだ。


 叫んだ直後にヘラクレスの黄と青の瞳オッドアイも輝いて、

 眼がまとった体が一段と大きくなった。

 白いスーツが伸びて現れた大きなも。

 増強されたマイティが勢いで殴る構え。

 来る、

 反応したムニンのカウンターが!


「ソーズ」


 兄妹は似てる。ヤツらも技で息を合わせる。

 ムニンの両手から黒い剣が出た。

 胸を突こうと。

 だがマイティは囮だったおとり

 急速に体が縮む。

 黒い剣が彼女を刺せずに宙を突いた。

 しかもオマケがある!

 ヘラクレスに戻っても白の尻尾は大きくさせたまま、

 尻尾を操りムニンの両腕に絡ませた。

 腕を封じてる。


 俺の番。


 攻撃の姿勢で飛び込む。

 攻撃を誘うために。


「ソーズ」


 ヤツは顔を動かさずに体から黒い剣を出した。何本も。

 もろに食らう。

 これでいい。

 痛みや衝撃も感じない。


 三十秒もいらない!

 剣が引っ込んでいく!


 狙い通りの光景だった。

 体表から剣を自由に出し入れできるのは見たが、

 剣と同時に盾を出す姿は見てない。


 呪文のような技のかけ声。

 シールズやソーズとは唱えても両方はない。

 

 なら剣の技ソーズを出した直後にもっとも隙が生まれる。


 今の時間こそヤツらの“死角”。


 剣が消えれば盾が出てくる。

 剣が引っ込む前に、


「プロメテウス攻撃ッ!」


 合図するコマンド


『サンダーフィンガー・ダブル100%を右手のひらへ移動』


 これで、


『ナノ粒子としてサンタバーバライト鉱石と生体ポリマーに変化させ』


 右手の、


『狼の爪の材質を急速変成します』


 一撃目ッ!


 右腕を振り抜く途中、

 と、

 金属が氷つくような音が鳴った。


 コマンドイメージ通りなら、

 細部の形状がヤスリのように変わる最中で、


 岩を噛み砕く歯を顔面へ向けて振り抜く。


 今の右手は左手より軽い。材質が鋼鉄より軽いんだ。

 軽い物体がインパクトの瞬間、

 鈍重な感覚に変化した。


 振り抜いたら殺せたと感じた。

 容赦なく全力で殴りつけた。

 普通の人間なら顔が潰れる。

 ヘラクレスが尻尾で腕を捕まえてるから衝撃も逃がせない。


 ムニンがこちらを向かなかったおかげで罪悪感にはならなかった。

 けど冷酷な瞬間は戦場での狂乱の戦士の様バーサーカーを俺に連想させた。


 すべて一瞬だったが、一瞬の戸惑いはフローの行動を不安定にして一秒遅らせたかもしれない。

 サンダーフィンガーの高速移動と急速変成を左手で感じながら続け様に殴りかかった。

 だがムニンがヘラクレスを蹴り飛ばしていて、

 腕の拘束も解かれ剣も収まり、


「シールズ」


 体から別の突起が出る始まりが見えた。

 突起した盾の間で彼女の表情も覗いた。

 黒いマスクがズタズタに裂かれて剥がれ落ち、

 血まみれの素顔が俺を見つめて、

 ゆみちゃんの顔で、


 笑ってる。


「うちをめちゃくちゃにしてよ壊れるぐらい」


 爪はヤツまで届かなかった。

 盾の突起で止められて金属がこすれる嫌な音がする。

 爪は止められても怒りは止まらない。

 そんな顔で、


「息をするのをやめろッ化け物ッ!」


 怒鳴ってもつばぜり合いに似た状況で怒りをぶつけられない。

 腹部に衝撃を感じた。

 蹴りだ。後ろに飛ばされる、

 なんとか体の姿勢を保って倒れないように――

 また蹴りの衝撃。

 頭と胸に。

 くそッ追い撃ちされてる。

 防御膜ファシアは解かれてるがスプリットは全身に散って防御はしてる。

 それでも力で飛ばされて転がった。


「おにぃちゃぁん、コイツやっちゃダメなのー」

「殺すんじゃねえ!」


 遠くからフギンが、


「大将にどやされて消されっぞ!」


 指示してる。


 ダメだ防戦一方。

 二発目を入れられずに戦法が崩れた。

 ムニンの顔はもうマスクに覆われて戻ってる。

 露出してる口元で舌なめずりしたのも見た。

 こっちは体勢が崩れたままで頭を踏みつけられてる。くそッ。


「ほらぁうちの足を舐めなよ。お似合いだよホラホラぁ。それとも脱いでほしい? パンツを見ながら素足をなめたいのかな」


 キャハハと笑い声が聞こえたが力が入らない。

 俺まで鳥兜に。いや全力を使ったから。それとも戦意喪失したのか。うつみたいに脱力してる。

 フギンが叫んだ祝福って言葉が浮かぶ。

 祝福なんかじゃない。

 この重みは呪いだ。

 俺が感じて抗ってるものは、

 重みの先で蔓延してるのは、

 呪いだ。


 


 音がした。

 ヘラクレスが殴りつけてたがムニンが盾で防いでる。

 次々と殴り始めて音が金属音に変わっていった。

 スパイン。拳の毛を硬化した。

 ギンギンギンと音がしてムニンの盾が少し凹んでいく。


 いつもきみは俺の前の道を開いてくれる。

 俺の呪いを軽くしてくれるのか。


「いけぇッ!」


 叫んでいた。

 応援を聞いたヘラクレスのパンチが速くなる。

 スピードが落ちるどころか、

 どんどん加速する。

 なんて体力だ。


 すっと動きが止まった。

 右腕の大振り。


 腕だけ、

 大きい!


!』


 剛腕の強力な一撃が盾を出したムニンごと吹き飛ばした。

 インパクトの瞬間、腕が小さくなったのも見えた。拳がトゲの生えた鉄球のようになったのも。

 スーツは体毛にも順応してたのに拳部分がかなり裂けてる。凄まじい威力を感じた。

 増幅した力を収縮で一点に集めたのか。


『直也、大丈夫?』

「ああ助かった」

『もっと、ボクを、頼って』


 胸に刺さった。敵の攻撃よりずっと。

 俺は俺だけじゃないのに。わかってるはずが一人で戦ってた。

 なにかがあるんだ。見えない空気のよどみみたいに。


「いい気になるなよ人間ッ!」


 フギンだ。セックとの戦いから離脱したのか。ムニンと合流してる。


「立てムニン。大将からお呼びがかかった。今回はこれまでだ。オメェらの勝ちじゃねえからな! 勘違いすんなァ今回は引き分けだッ」


 兄妹の姿も変身前に戻ってる。


「いいかよーく聞け。次は九十日後! 好きな時間に流原ルハラビルで待て! 来なければ他のヤツが生け贄になるぜ」


 ヤツらの様子がおかしい。

 体が徐々に黒い霧に。

 黒いシミが分解されるみたいに散っていく。


「御大将よ! ええ、わかっていますからァ。御大将はおれらを生け贄に――」


 姿が消えた。空気になる前の黒い風が空中を流れて、

 八輪の白い小型バスが停めてある方向へ。消えていった。

 今まで座ってた二匹の狼も風を追うように動きだした。

 振り向きながら。

 もうドーベルマンの姿で門番みたいにバスの入り口で座ってる。


 夜が迫る静かな駐車場。

 白いバスのドアが開いて何者かが駐車場に降り立った。

 二匹が首を下げてる。

 白いウェットスーツのような格好をした男。

 後ろの白いバスと同化してるみたいだ。

 白から分離するように歩いてくる。

 明らかにまともじゃない。

 アイマスクのようなを被ってる。

 


「やあ君たち。無事かい」


 男がにこやかに話しかけてきた。

 も漂わせながら。


「とてもよく戦っていた。大したものだよ」


 兎羽歌ちゃんはいつの間にか変身を解いていた。

 セックは。


「最前席で観戦させてもらった。有望だね君たちは。嬉しいよ」

「あんた何者だ」「直也さんこの人は」


 男が一礼してくる。


「ワタシは。馬に乗って突進する者、という意味だが今は突進するつもりはないんだ。ハハハ」


 外国人がジョークを話すような口調。

 セックが歩いてくる。


「おっと怖い人物が近づいてきた。ワタシも忙しい身でね、今日は挨拶だけ。また次にしよう」


 背を見せた白い男が歩いていく。

 こっちに来る黒いセックとすれ違う。

 男が言葉をかけたのが聞こえた。


「惑わす神よ」

「クソ野郎が」


 彼女がベールを外してツバを吐いた。表情を変えて俺たちに手を振ってる。


 男がバスの前に着く。

 ここから声が聞こえるはずはなかった。

 なのに頭に響いてきた。

 話しかけられてるみたいに。


「あまり馴れ合うな」


 俺じゃない犬に言ったんだ。

 二匹と俺がリンクしてるのか。

 男の言葉のあと二匹の姿はなかった。

 代わりに男が金色のブーツを履いてるのが見えた。

 そのブーツで地面を何度も蹴りつけるのを感じた。



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