第二話『相手の中のケモノ』・「セックは最強に強いもん」

 セックの細胞プロメテウスなら。

 ウルフヘッドなら接触できるんじゃないかと思った。

 兎羽歌ちゃんが見た白い狼ナニカと。



  *



 マスクを被ったらすぐ感じた。前より顔に密着してる。一体化して被ってない感じ。

 鏡の中でも小さくなってるな。頭に合わせて伸縮してるのか兎羽歌ちゃんのスーツみたいに。

 デザインも前より狼に近い。


『セックの依頼で小人がヘルメットの材料の取り替えチェンジリングや加工を行いました』


 師匠がまた勝手を。


『現在の材料は炭素繊維強化プラスチック。チタン。セック細胞スプリットの混成です』


 了解。


 こうしてプロメテウスがテレパシーみたいに通信できるなら。見えない光景もセック細胞スプリット狼人間ヘラクレスなら見えるかもと考えた。

 それだけじゃなくセックとフライヤは狼人間ヘラクレスと同じ目なんだ。

 なにかが関係してる。



  *



 白い狼ナニカ

 大きな鏡に入りきるサイズで俺たちと向き合ってる。


「トワカちゃん。やつが見えるか」

「はい直也さん。私にも見えます」

「俺は今のままの体勢でいる」

「はい。離さないでください」


 前に彼女が言った通りで白く長い毛がミミズに似て揺れてる。一本ずつ意思を持ってるみたいに。

 神々しく見えて気持ち悪さもある。

 違う感想が同時に。

 変な匂いの配分に近い。

 匂いはない。

 匂いを感じる。

 そうか。狼人間ヘラクレスのかすかな香りに近い。さらに薄くなった感覚。

 兎羽歌ちゃんから感じる匂い。狼人間ヘラクレスはずっと薄まる。そして白い狼こいつから匂いはしないが感覚だけ残る。


 目は。色はどうなんだ。

 見ようとして磁石みたいな反発を感じる。

 まばゆさ。

 めまい。

 疲れ。

 眠気。

 どうにか、

 抵抗して、


 目が合った。


 


 同じオッドアイ。

 深く濃い色の。


 こちらを見てる。

 俺を。

 心の中まで。


 掴めた。

 そう感じた時。


 ヘビに睨まれたカエルの気分になった。

 妙な感覚が反転、

 カエルを睨んでるヘビの気分になった。


 命のどん底と高みの間。


 ここはラブホの洗面所のはずだった。

 今は人智を超えた先の空間で取り残されてる。

 凍える。

 苦しい。


 窒息の孤独。 


 死の感覚、

 打破するには、


「直也さん、直也さん」


 声が聞こえる。

 思い出した。

 俺はこの子を、

 破壊したかった。

 今でも。

 そう俺が壊したいのは、

 探してたのは、

 見えなかった、

 こいつか。


『ガングレリ、スリジ、ブリンド、ヴァク、ビヴリンディ、スロール、ウズ、ヴェラチュール、ヒルドールヴ、


 ――


 ――』


 言葉じゃない。

 強固な意思。

 強迫観念。

 感情じゃなく。

 もっと無機質だ。

 機械に似てる。

 言葉でも、

 今の俺にはわからない。


 だが、

 破壊してやる。


 お前は俺の獲物ものだ。




「直也さん」


 兎羽歌ちゃんの声。


「胸が……苦しいです」

「あっごめん。離すよ」


 無意識に強く抱きしめてたのか。


「ううん。私も胸が大きくなっちゃってるから、それで」


 鏡に白い狼あいつの姿はない。

 マスク姿の俺が彼女と鏡越しに話してるだけ。


「もう少しいいかな」


 聞いた。


「うん」


 また後ろから抱きしめた。

 接触通信は多分もう。

 少なくとも今は。


 見た幻をこの子に話すべきかな。


「直也さん。収穫ありましたか」

「あったけどよくわからないんだ」

「そうなんですね」


 包むように抱きしめてるのは俺なのに、この子の声は包み込む優しさがある。

 孤立してた時と違って今はもう別の感情を感じる。


 彼女との共鳴かな。


「私は。マイティとバレットの先、なにかあると感じるんです。あともう少しで」

「大丈夫だよ、ゆっくり試そう。待ってる」




 俺とこの子を繋いでるのはなんだろう。

 なんで繋がりたいと感じるんだろう。

 彼女になにを求めてるんだろうか。

 俺はきみをまだまだ知らないのに。

 もっと知らなくちゃいけないんだ。

 きみも俺と似た気持ちなんだろうか。

 知りたがってるんだろうか。

 話さなくっちゃな。

 あとでね。

 今はもう少し。

 気分がいいんだ。




 温かさを感じる。

 俺だけじゃない。


 抱きしめられてる兎羽歌ちゃんの温かさ。

 抱きしめてる俺の温かさ。

 後ろから抱きしめてくるフライヤの温かさ。


 そうだよ俺たちはチームなんだ。

 こうして三人で一体の。

 狼の群れにも似たチームだ。


 だったら俺たちは、


 ここから、


 だ。







 洗面所を出たらベッドの縁というに戻った。

 そこからはどんな食べ物が好きかどんな音楽やお笑いが好きかとか。色んな話をした。

 相手と自分を重ね合わせる。

 植物を少しずつ育てるみたいに。


 話の合間に兎羽歌ちゃんはころころ笑ってた。

 見てると自分が強くなれる気もしてもっと笑わせたくなった。


 彼女の喋り方は俺に似てきてる。

 いや俺が彼女の喋り方に似てきたんだろうか。


 ふと思った。いっそこのまま彼女を連れ去って、ヒーローなんて捨ててどこか遠くへ。

 どうせ生活保護だからどこに行っても同じ。


「直也さんってこういうところよく来るんですか」


 生活保護と彼女の質問で一気にラブホへ引き戻された。


「よくは来ないよ。昔ならあるかな」

「それって昔の彼女さんと」

「まあ例えば。高校の時に仲良くなった友だち以上恋人未満の子とね。って恥ずかしいな」


 興味があるって顔をされてる。じゃもっと話してみようか。


「同級生だったんだ。知り合った時から少し変わった子で。面白い場所に行こうって言われて一緒に入ったのがこんなラブホ。高校生は入れないんだけどね。歳を偽って入るのも含めて彼女には冒険だったんだと思う」

「直也さんはどうでした」

「俺も冒険みたいでドキドキした。女の子とラブホに入るなんてね。部屋に入ったら二人ではしゃいだな。カラオケやゲームをしたり」

「楽しかったんですね」


 嬉しそうな顔してるな。


「じゃあ私ともドキドキしたのかな」

「そりゃあね。ドキドキはする」

「よかった。その子とはそれだけ?」


 なにを聞きたいか察した。


「なんにもなかったよ」

「ほんとですかぁ」

「まあ……キスぐらいはしたかな」

「へぇー」


 彼女にしては珍しくにやにやしてる。


「そういえばはなにしてるだろうな」


 独り言だったが伝えるべき話も思い出した。


「ムニンってあのカラス女。話した子に、ゆみちゃんにそっくりだったんだ」


 聞いて彼女は考えこんでた。

 意を決したらしい。


「私もなんです。フギンって敵の男。学生時代に興味があった男の子に。高野たかのくんに顔がそっくりでした」




 顔は似てるが性格はまったく違うこと。

 身長もゆみちゃんは高かったがムニンほどではなく、高野くんも身長は低かったがフギンほどではなかったかもと。

 髪型も違ってたからすぐは気づかなかった点。

 気づいた時に彼女は動揺もしてなぜか変身も解けたらしい。その時に変な音も聞いたと。


「すぐ変身もできませんでした」

「ヤツは鳥兜と言ってた。毒かな。セックに聞かなくちゃいけない。ヤツらの件はどうしても」

「師匠は大丈夫でしょうか」

「大丈夫だよ。フライヤも元気だった」

「勤務も無断で抜けちゃった。あっそういえばフラちゃん今もマスクに」

「うん。そうだ彼女の様子見てくるから少し待ってて」


 洗面所に入りマスクを被ると、


ナオヤっウェアラー、いつ帰るのっ』


 怒られた。


 フリータイムはもう終わる。外も暗くなるから帰るよ。

 師匠セックは?


『大丈夫。セックは最強に強いもん。それよりも今回はトワちゃんに相当譲ったからね。コレは借りなんだから絶対返してもらう』


 わかったよ。


『やったー! じゃ今度はわたしとデートね!』


 ノーとは言えない流れだった。

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