第五章:インフェルノ
第一話『鏡に映るオオカミ』・「直也さんくすぐったい」
ドアを閉めたらオートロックの音がした。
鍵かけなくていいんだな。
同時に照明もついた。
自分の部屋の玄関とは違う。別の玄関にいると強く感じた。
隣で立ってる兎羽歌ちゃんは部屋に入る前から行儀よくて、
「どうぞ」
うながさないと玄関でずっと待ってそうだった。
「はい、失礼します」
靴を脱ぐ
彼女は緊張してるのか。緊張してないからなのか。判断できない。
滑らかな動きでスリッパを履いた彼女が、橋を渡るみたいに歩いていく。
部屋の奥に進む後ろ姿を、メットを手にしたままぼうっと眺めた。
小さく揺れる可愛い後ろ髪。
綺麗なうなじと首筋。
全部が過去の出来事に重なった。
兎羽歌ちゃんのあとを追って入った空間。やっぱり狭いもんだな。
見回すと、安くても案外小綺麗だ。内装は女の子が好みそうな乙女チックな配色やデザイン。
照明もムードがある。
寝室と一体化したラブホ独特の密室的な空間に、テレビや自動精算機、テーブルとソファーとか置いてある。
一番目立つのはやはり大きなベッドで、
兎羽歌ちゃんはどこに、
と思ってたら。
ベッドの
――そこ座りますか。
無防備な彼女の姿から
「アジトみたいで結構いいでしょ」
上ずった声での批評。
兎羽歌ちゃんは首ふり人形みたいにコクコクうなずいた。
同意されても落ち着かない。俺はメットを持ったまま洗面所を探した。
「結構きれい」
声が聞こえたから、
「ホント綺麗だねー」
棒読みで返して洗面所のドアを閉めた。
浴室とトイレに面してる洗面所の
大してかっこよくもないのに、同僚の女の子をホテルに連れ込んだ
日も暮れない内から、しかも勤務中に。ってそれは仕方ない。異常な事態だったから。
疲れた顔してるな。
当然か。さっきまで
なら今の状況はご褒美かも。二人だけの祝勝会。
違う勝ってない、むしろ敗走だ。
急に悔しさが湧いた。
そもそも俺はなんでラブホに。
場所を消去法で考える前、
にしたって。
願望があったのか。うつ、新型うつも治ってきたから。性欲が戻ってきたのかな。
自己嫌悪に陥るから正当性を導くべきだと直感が働いた。
いわば隠れ家に来たんだよ。ヒーローに付き物の。
なにより彼女が心配だったんだ。
そうだよダメージが、彼女の体が心配なんだ。
メットを洗面台に置いた俺は洗面所から飛び出した。
勢い任せ。
ベッドの縁に座る兎羽歌ちゃんの隣めがけて、
ドスンと腰をおろす。
思ったよりベッドが揺れる。
俺の行動に彼女も驚いてるな。
かまいやしない。
「トワカちゃん」
「はいっ」
目をぱちくりしてる。
「体大丈夫なのっ」
聞いた。ラブホに連れてきた正当な理由。
安心したような顔をされて、
「もう大丈夫です」
満面の笑顔が返ってきた。
兎羽歌ちゃんって。
こんなに。
こんなに、可愛い子だったっけ。
今は地味な印象も感じない。むしろ前より艶っぽい気がする。
彼女の色んなパーツがキラキラしてる。輝いてるみたいに見えた。
少し恐いぐらいだった瞳の奥底も、透き通った素敵な目だった。
こういう子がずっとそばに、隣にいたのか。
よくも一緒に過ごしてたな。信じられなくなった。
今もすぐ目の前。
『己のものなら美しさはなおさら増す』
見極めたい。
「やっぱり心配だから一応見てみないと。見せてみて。いいよね」
早口になりながら兎羽歌ちゃんの手を取り、裏や表、指も見ていく。
「綺麗な指してる。傷もない」
手も握ったことがあるのになんで知らなかったんだ。
「ありがとう、ございます……」
照れてるような声がしたから多分照れてるんだろうけど、聞き流して無視。
腕を見ても抵抗はされなかった。俺にされるがままみたい。
だんだん面白くなってきて、首もチェックした。
「首も綺麗。傷もなし」
「うん、ありがとう」
顔も触ってチェック。
前にも同じような検証をしたな。あの時は
思い出しながら、なるだけ優しく触れた。
頬に手をあて、眉やまぶたも撫でてみた。
「綺麗なまつ毛だね」
「うん、嬉しい」
嬉しいんだ。
じゃ次は耳たぶも。
「綺麗な耳たぶ。揉むと気持ちいい」
「ちょっやだぁ、直也さんくすぐったい」
笑いだした。俺もつられて笑えた。
「お腹も見せましょうか」
突然の申し出に驚いた。
返事より先に服をぺろっとめくられる。
「あ、スーツ着てたんでした」
出てきたのは白い生地。
「残念だな。トワカちゃんの腹筋また見てみたかった。シックスパック、ボコボコになってるお腹」
「直也さんやだもうー。けど、うん。残念かも」
笑ってる。なんで今の兎羽歌ちゃんはめちゃくちゃ可愛く見えるんだろう。
顔より下に視線を向けると、胸の膨らみに気づいた。
これは。
変身の影響。
胸が大きくなったのか。
もしかして艶っぽさもそれで。だから色っぽく感じたのかな。
感じたまま、衝動的に大きな胸を触ってみたくなった。
場所が場所だし触ってもおかしくない。
ちょっと触るくらいなら。
彼女も承知してここにいるんじゃないか。
その気があるんじゃないだろうか。
ラブホで女性になにもしないのは逆に失礼なんじゃないか。
けど胸を触ったら次は揉みたくなるな。
そしたらさっきの首や耳たぶにキスをしたくなって、体を触りながら服やズボンを脱がしていって、下のスーツも、
ってドンドン妄想が膨らんでダメだ!
だんだん関係がハッキリしなくなってる。彼女は同僚、友だち、相棒、恋人、怪物、どれなのか。曖昧で掴めない。
これでもし男女の関係になったら。
今後二人の関係に支障が出るんじゃないか。ヒーロー活動に。
こういう時は、ヒーローならどうする。
わかるか!
ヒーローがラブホで過ごす状況なんてっ!
とりあえず現状、彼女を抱くのはよろしくない。関係がこじれて『ヒーロー活動は解散ッ』なんて憂き目にあう可能性も考えたら。
大体フライヤはどうする。
今は代わりになにか。今二人ができるなにかはないか。
フライヤ――
変身みたいな閃き。
「トワカちゃん、行こう」
「えっ」
急に腕を引っ張ったから驚かれたけど、多少強引に手をひいた。
洗面所へ。
二人で大きな鏡に向かって立った。
兎羽歌ちゃんを前に、
俺は後ろに。
マスクを被った。
改めて鏡に映る姿を見たら、
スーツを着ずに
でも俺の考えが正しければ、
『プロメテウス起動しました』
『
今はごめんフライヤ。お願いがある。
『もうー。接触通信、了解です』
兎羽歌ちゃんを後ろから抱きしめた。
「直也さん……」
「白い狼を見たと言ってたね」
「はい……見ました」
「もう一度見よう。今度は一緒に」
鏡を。
そこに、
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