章末話『スラップ!』・「うちとアイツどっちに」
ムニンが膝と蹴りを連続させ、
「トワカちゃんッ」
組みついた彼女の体を飛ばした。
ムニンは何事もなかったみたいにポニーテールを払ってモデルに似た歩き方で戻っていく。
横目で見られて鼻で笑われた。
絶対にゆみちゃんとは違う。
「おにぃーアイツ案外弱い」
「都会じゃウサギの天敵はカラスだって知ってるかブス」
「うちとアイツどっちに言ってる」
「両方に決まってるわ」
内輪揉めか漫才か、口論してる。
今の内に兎羽歌ちゃんのそばへ。
倒れてる彼女に手を貸す。
「直也さん」
「大丈夫か、血が出てる」
「大丈夫すぐ治ります」
「アイツら」
怒りで血がたぎる。
今の血を力に変えたくなった。そしたら破壊してやるのに。
気を沈めて彼女に状況を話す。
「――香炉を壊したら状況は変えられるかもしれないが壊せる物を堂々と置くほどバカとも思えない。不幸中の幸いだけどトワカちゃんが変身しても周りには気づかれないはず」
「わかりました。やってみます」
「香炉で作戦がある。師匠の言葉を覚えてるかい。マイティの、」
耳打ちしたら『なるほど』という顔で表してくれた。
「了解です」
「けど服は」
気をつかった。
「大丈夫です。私も師匠からもらった物があるんです」
手錠の時に言ってた話。
今度は俺が耳打ちされた。
「なら、よし」
俺たちは敵に向き直った。
「ムダな作戦会議は楽しかったかよ。次はストリップショーを見せろ」
フギンがニヤついてる。
俺がうなずくと兎羽歌ちゃんが叫んだ。
「変身、開始!」
メキメキ、
メコメコ、
俺も彼女を見た。話を聞いて確信があったから。
ある程度予想もしてたが、
制服が吸収されるようにして白いスーツが出てきた。
危険に備えて最近は下に着込んでたらしい。
服とスーツが融合したのかスーツに服が収納されたのか。なんにせよ
小さな体から大きな体へ
「マイティ!」
俺はかけ声をあげた。
同時に走って突っ込む。
彼女はマイティになり香炉を狙う作戦。
俺の標的はどちらか片方。
マイティの増強した姿で香炉を叩き潰そうと動けば、
「あん? 狼野郎が香炉を狙ってんのかッ」
やはりフギンも動いた。
本当に壊せるとは考えてない。多分ヤツも反射だ。壊せても店内がパニックになる。
だから
敵を分断する。彼女が即座にフギンを迎撃して俺がムニンを抑える。
ヘラクレスがヤツを倒す間の時間稼ぎでいい。
俺は遠慮なく雄叫びをあげた。
今は手数で抑えるんだ。
突き蹴り、
あらゆる打撃。
連続技ラッシュ、
短時間で全力を惜しみなく。
呼吸もフローじゃない、
突撃用に短く刻む。
打ってもムニンを捉えられない。
柳を相手にしてるみたいだ。
次から次にかわされて、くそッ。
少し違う。
コイツは
それでも時間さえ稼げれば。
店内で戦うと被害が広がる。意識的に動いて
だけど俺の考えが甘かった。
スーパーから出てくる、
フギンが。
ヤツだけじゃない。
片腕で人間を掲げてる。
白いスーツ姿の、
兎羽歌ちゃんッ!
「イェー、ロック・イズ・デッドだぜ」
セリフと同時に彼女が投げ捨てられたから考えるより先に駆け寄った。
「鳥兜は狼を殺せるからよォー腐れザコがァ」
ヤツのバカにしきった声が遠ざかる。
なんで負けたくそッ、今は兎羽歌ちゃん。よかった息はある。当然か、再生力がある。死にはしない。
「大、丈夫です。ごめん、なさい。私、勝てなくて」
「いいから。少し休んでて」
「うん」
彼女が目を閉じたからゆっくり体を横たわらせた。
どうする。もう勝てる見込みはない。
彼女が回復するまで守るか、攻めるか。
この場にいたらヤツらは攻撃してくるんじゃないか。
くそッ八方塞がりだ。
「おい生活保護。言っとくが本番はこれからだからよ。そのブスがなんでおれに負けたか? オメェにも鳥兜を見せてやっからな」
ヤツらを見据えた。なにが起こるか今は少しでも見極めないと。
「
フギンが唱えた。
「
続けてムニンも。
二人の黒い服が液状に、
脈動するみたいに、
体にまとわりついて形が変わっていく。
思い出しながらも驚かずにはいられなかった。
現れたのは真っ黒な鎧のような、フィットしたスーツ状の服をまとっている二人組。
呼ぶに相応しく思えた。
全身を黒でまとってるが口の部分は肌が露出してる。
「おれらの御大将から与えられた最強の姿よ。恐れ入ったかブッサイクどもが!」
叫んでる上の鼻の部分が
マスクにある丸い目は灰色でサメの目にも似てる。
ヤツらに俺だけで。
勝てるのか。
勝てるわけない。
時間稼ぎさえできそうにない。
心が折れそうになる、
「じゃあイクぜッ。覚悟決めろよ」
認識したかできないかの隙間、
横から、
見えた気――
「
声がした時、
そう肌で感じた。
『昔中国で遊んでた頃。あたしが立ち寄った道場で少年に教えてやった蹴り技のコツがある。今度ナオヤ君にも教えてあげるよ』
「あたしの弟子になにしてくれる! クソカラスどもッ」
「
目の前に
脇に黒い物を抱えてる。
「あたしがこれから気分よく飲もうって時に」
手にもコップとアイスピックを。
「ほら」
黒い物を投げ渡された。
俺のメットか。形が変わった気もする。
「あたしの
ウインクしてきた。
胸がまた小さくなった気が、
「ナオヤ君被ってみなウルフヘッド!」
すがる気で被った。
『ウルフヘッドモードに入ります♪』
フライヤ、いやプロメテウスの声。
『ファイアボール・
体を確認すると極めて薄く黒いスーツ状、波打つ流動体をまとってる。
「ぼやぼやするな!」
迫ってくるムニンに気づく。
黒く長い手脚での殴打。
尋常じゃない速さ。
けど衝撃に耐えられる、
なんとか反撃、
だッ。
「くッそ離れろッ」
やはりかわされる。
ムニンが退いた。
「待てよッ」
「ナオヤ君、あとはあたしに任せな。
言葉に従い兎羽歌ちゃんを抱き起こす。
「さあ行け。どこか二人で仲良く休めるところへね」
「糞女テメェか。糞女をボコるぞ、ムニン!」
「
離れながらも彼女の様子をギリギリまで見た。
彼女はコップの
「世界英雄選手権があったらあたしが一位だ。
真の英雄は武器を選ばない」
宣言して二人に相対すると、コップとアイスピックで無数に斬り刺してるのが見えた。
マスクを脱いだ俺は制服に戻ってる兎羽歌ちゃんの手をひいて走った。
ヤツらに見つからない場所。
俺の家はダメで彼女の家も。
『仲良く休めるところ』
頭の中で言葉が
気づくと、
ラブホテルにいた。
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