第七話『濡れ羽衣(ぬればごろも)』・「ブサイクども!」

 頭を再起動するんだ。

 反射的に念じた。

 師匠セックの名前を知ってるのは普通じゃない。

 二人組の西洋的な彼女セックを初めて見た時の光景にも似てる。違うのは明らかにアジア人。

 心の警報が鳴ってる。観察しろ。万引き犯だと思え。


 身長がかなり低い男はギョロ目でせわしなく周りを見てる。じろじろガンをつけ回る不良ヤンキーか。

 身長が随分高い女の髪型はオールバックのポニーテール。無表情のまま棒付きキャンディをくわえてる。

 妙に女子高生っぽい女を見てると言い表せないデジャヴも感じた。

 喉まで出かかってイライラする。


 嘘だろ。男が精肉コーナーのパックを掴んだと思ったら破って生肉を食べてる。

 本物の万引きか。

 でも変だ。

 他のお客は素通りで近くにいる佐藤さんも気にしてない。

 派手に食い散らかしてるのに。

 女もだ。商品棚から盗ったのかマヨネーズを持ってる。包装を破ってキャップを外したらじかに吸いだした。

 なんなんだアイツら。


 黒っぽい二人との距離が縮んで会話も聞こえそうだ。


「まあまあだな。生野菜は喰うなよ辛い食品も」


 男が話しかけても女は無表情。宙を見ながらマヨネーズを吸って交代でキャンディも舐めてる。


「おっ無関心。打っても響かねえ感じ相変わらずだよてめえは」


 言われた女がこっちに目線を動かしたから視線がかち合った。

 見つめられてる。

 キャンディを舐める口角が緩んだ。

 細めた目、

 浮かんだえくぼ、

 記憶がわき上がって、


「ゆみちゃん」


 思わず声に。

 デジャヴの正体。


 男に聞かれた。ギョロ目が俺を見てる。なにかに気づかれた。


「おいアイツか。例のヤツか。アホみたいな面してんな」

「不細工は良い人」


 声もゆみちゃんだ。


「なら一石。ってそれはか。ハッ」


 黒い二人がこっちに来る。どうする。

 店員の対応か個人の対応か。

 深呼吸しろ。


 だ。

 が来る。


「おい生活保護男。糞女のセックはどこだ。フライヤって女でもいいぞ」


 男が言った。

 決まりだ、ヒーローの対応。


「アンタら何者だ。彼女たちになんの用が」

「セックなら痛めつけてフライヤなら連れていく。おれらの大将のご所望だ」


 大将って親玉か。単独犯じゃないグループで俺のことも知ってる。


「教えるのを断ったら」


 不機嫌な顔つきになった男が佐藤さんのほうに行く。

 残された女がマヨネーズを捨てると懐から


「きみってゆみちゃんじゃないのか。俺だよ。田中、田中直也。高校の時の。覚えてないか」


 オールバックポニーテール以外はゆみちゃん似の女が無言のまま佐藤さんを親指で差した。


「生活保護野郎! よーく見とけやッ」


 叫んだ男が佐藤さんの横顔をぱたいた。


「エッ」


 佐藤さんが高い声をあげて尻餅をついた。キョロキョロしてる。

 彼には見えてないのか?


 続けざまに男がサッカーみたいに彼を蹴った。勢いで佐藤さんが棚まで転がる。

 同時に、


「やめろ!」


 俺は叫んでた。

 佐藤さんが動かない。気絶してるのか。

 男が首と肩を回しながら戻ってくる。

 女が喋りだした。


「うちらに逆らうとああなる。普通の人間はうちらを感じる器官が未発達。いくらでも好きにできる。なによりコレ」


 床に目配せした。

 

 あの形って香炉か。

 けどさっきは白かった。


 戻ってきた男が口出ししてきた。


「人間どものマイクロプラスチックで作った不可視の煙、視認はできんぞ。さすが御大将おんたいしょうは現役であられる。おれらがなにをしても人間どもは認識できやしねえ」


 マイクロ……反射的に鼻と口を腕でふさぐ。誰も佐藤さんを気にしてない。本当なのか。


「おせえよ。しかめオメェはノーカンだ。御大のご厚意で許可されてんだよ、この場でおれらと話せるようにな」


 男が黒い服装のマジシャンみたいに綺麗なお辞儀をしてきた。

 続いて妹も。


「紹介がまだだったな」


 二人とも満面の笑顔に。


「おれの名前はフギン・ウェンズデイ。

 こっちのブスは妹のムニン」

「ちょっとおにぃ」


 ゆみちゃんじゃないのか。そっくりなだけ。いやもしかしたら男に操られて。

 なにか引っかかった。日本語を喋る日本人に見えるのに外国人の名前。ウェンズデイって水曜日で、前にどこかで聞いた名字のような。


「生活保護男、まだ話は終わってねえ。店にも人間どもが細工した監視カメラってもんがあるだろ。おれらの波動と香の煙は映像に対する認識も妨害できる。ヤツラの援軍は期待するんじゃねえぞ」


 フギンって男よく喋る。師匠セックを思い出す。

 そうだ今までの話からしてコイツらはまともじゃない。人間とも思えない。師匠セックみたいな化け物で同類かなにか。

 なにより二人分の変な匂いがある。


「話は終わりか」

「ああ一帯はおれらの領域になった。最大出力ならもぶちかませるからなァ。オメェが吐かないなら他のやつをボコる。それともなにか、オメェがおれらを止めてみるかよ」


 今はスーツも武器もない。不利がすぎる。

 兎羽歌ちゃんに頼るしか。

 彼女はどこに。


「妹もヤレるみたいだぜ。殺さなきゃいいんだよなァー大将のお気に入りみたいだが交戦は許されてる。兵隊は戦ってなんぼよ。おいーキョロキョロしてんじゃねえぞ。ブスでも探してんのかッ」


 男が突進で来る。

 黒い塊みたいに。

 殴るつもりか。

 呼吸は忘れてない。

 突っ込んできた相手に合わせて、

 前蹴りでカウンターッ!


 男が宙を舞った。前を蹴った脚が空振る。

 だが目は男の体を追えてる。

 体勢は崩れてるが男も同じ。

 落ちる男に合わせてアッパーみたいにフック。

 腕も空振った。

 瞬間的におかしいと感じたが、

 男が宙で回転した。

 後ろ首の下に強い衝撃。

 押されるみたいに前に倒れる、

 転倒を防ぐため自分から飛んで転がった。


 ゴロゴロ転がって体のあちこちが痛い。

 くそッ。フギンとかいうアイツめ空中で上昇しやがった。

 しかも不自然に回転して俺の姿勢が崩れるのに合わせて蹴り押された。

 だけどちゃんと見た。

 おかしいが捉えた。


 アイツの服。

 まるで生きてるみたいに。

 動いてた。


 なんなんだ。


「気づいたのかーおれの濡れ羽衣クロウクロスに。それに思ったよりやるじゃねえかァ動きもいい。まあただの人間にしては、だなァ。だが相手はおれだけじゃねえぜットンマァ」


 アイツだけじゃない。

 刻み込んで、女、ムニンのほうを警戒しようと目で追う。

 黒い塊みたいな女が迫る。

 服も動いてるのが見えた。

 女が蹴りを放とうと来る、

 避けられない、


「直也さんッ」


 横からだった。

 制服姿の兎羽歌ちゃんが女にタックルしてきた。


「来たかもう一匹ッ、ブサイクども!」


 フギンの喜ぶ声が耳に刺さった。

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