第六話『烏兎(うと)の海』・「ここの仕事はどうだい」

 休憩室では男同士で話してる佐藤さんが気になった。しかも彼が振ったのはフライヤの噂。


「あの子って外国人アイドルのフライヤ・ハスに似てますよね。僕フラニストだから気になっちゃって」


 佐藤さん兎羽歌ちゃん派じゃなかったのかよ。


「まさか。人気アイドルがスーパーで働かないでしょ」


 大人の対応アダルト高橋たかはしさんナイス。

 男性陣ではめったにない噂話も今日はさすがに起きたな。


「それがフライヤは最近失踪騒ぎがあって……。所属事務所でも爆破事件が起きてニュースになってます」

「おれも知ってる。昨日も見たけど容疑者が留置所で自殺したとか」


 ヤマが死んだ。

 なぜ。


「僕も見ました。って話ですね」

「死傷者は出てないし死ぬこたないのに。あれかバックの組織に消されるから的な」


 ヤマが真相を話す前に自殺してたら。警察は一ノ瀬の存在を知らないままかもしれない。前より警戒しないといけなくなる。


「佐藤くんさ、あの子肌白いじゃん。言葉ペラペラだし多分ハーフだよ。フライヤは色黒だったよねジプシーみたいな。今はロマか。言葉も片言だったよな」

「そうです。同じ名前の似てる子なんでしょうか……」

「まあ失踪はショックだろうけどあんま夢は見なさんなー」


 話が一段落したタイミング、

 休憩でフライヤと兎羽歌ちゃんが入ってきた。

 兎羽歌ちゃんが教育係か。ある程度話したんだろうけど険しい顔してる。

 フライヤはこっちをちらちらと。

 話しかけてこないし俺も行けないな。

 と佐藤さん行った。


「フライヤさん。あのーお名前はなんというんです? よければ」

「名字。タナカですよ」


 は。


「フライヤ・タナカです♪」


 兎羽歌ちゃんもぎょっとしてる。


「あーそうなんですね。あっちの田中さんと同じ」

「はい。お友だちではないけど、」青い目がこっちを見た。

「父が日本人でハーフなんです」


 佐藤さんは頭を下げながら引っ込んで高橋さんがほら見たかと肘で小突いてる。

 きっかけみたいにフライヤが歩いてきて、

 前髪も揺れて、

 間から覗く、

 黄色。


 眼帯の下は知られてない。

 バレないか。


 手を差し出された。


「同じタナカさん。仲良くしてくださいね」


 田中なんてよくいる名字でおかしく思われない。


「こちらこそ」


 手を握ったら強く握り返された。黄色い目がうるんでる。


 向こうにいる兎羽歌ちゃんの視線も強く刺さってきた。







「ナオヤぁスーパー楽しかったね」


 アパート前ではしゃぐフライヤに呆れる。


「前もって教えて。ひやひやしたから」

「うそードキドキでしょ」


 腕を組まれて胸もあたってるし。


「こんなのも見られたら」

「へーきへーき。付き合ってるって言えばいい」

「直也さん」


 後ろからの声にドキっとした。


「あらトワちゃん帰らないの?」

「今日はフラちゃんが心配なので」

「そうなんだぁ」


 フライヤがにやにやしてる。イジワルな目つきは師匠セック譲りか。


「わたしが心配なら一緒にいればいいんだよ」

「一緒にって」

「ルームメイトになろ」

「ルーム……」


 ガールズトークか。口出しできそうにないから成り行きを見守るしか。


「ナオヤの部屋の隣だしすると思うな」


 兎羽歌ちゃんが確認するみたいに俺を見てくる。


「今すぐじゃなくていいなら」

「いいよっ」

「じゃ考えておくね」

「オッケー」


 ひとまずまとまったみたいで。

 どうなるやら。










 スーパーの入り口の右側にはイスがあった。

 フリーペーパーを置いてる場所で誰でも座って読めるように。

 けどイスに人が座ってるのを俺は見たことがなかった。

 今朝までは――




 九月になったらすぐ棚卸たなおろしがあって俺も駆り出される流れになった。

 珍しく午前中からスーパーに入ろうとしたら普段と光景が違うと思った。

 スーパーの入り口の右側のフリーペーパー置き場。備え付けのイスに誰か座ってる。

 壁を背にして、

 長い金髪ブロンド

 外国人か。

 黒のサングラスをかけた、


 


 浮いてる。

 だけどじろじろ見ちゃいけない。

 見知らぬ人を近くでじろじろ見るのは子供かクズかサイコだと相場は決まってる。

 知らぬ顔で歩いてると、

 見られてる。感じる。

 意地でもこっちは見ずに通りすぎる。

 軽くすれ違う、

 一瞬、


 


「今日もご苦労」


 声をかけられた気もした。







 午後からの今日でもイスに座ってる。

 近くでじろじろ見るのは気がひけるから遠くで様子をうかがった。

 金の長髪ブロンドに黒いサングラスと真っ白なスーツ。

 不審者か変人にしか見えない。

 けど誰も気にしてない。

 スーパーに出入りするお客は男を全然見てなかった。

 まるで存在してないように。ちゃんと座って外を眺めてるのに。

 出勤まではまだ時間がある。どうしても気になった。

 粒子に似たキラめき、

 あれは、


「あの」


 だったから。


「やっと話しかけてくれたね」

「あっえっと、すみません」

「いいんだよ。君と話したかった。ここの仕事はどうだい」

「スーパーですか。普通です」


 やっぱり変な匂いがある。

 周辺に漂ってる。


「青年が働くのはよい傾向だ。ワタシは嬉しく感じるよ」


 サングラスで目は見えないが口元は緩んでる。美形だと感じた。


「外国の方ですか」

「気になるかい青年」

「まあ、はい」

「見た通り外国人さ。けれど外国人ではないかもしれないね」


 意味がわからない。


「ではワタシはそろそろ行かせてもらうよ」


 立ち上がられて自分より高身長だと気づいた。体格もがっしりしてる。

 よく思い出せば座ってる時からだ。なんで気づかなかった。


「君と初めて話せたお近づきに、これを」


 名刺を渡された。


「また会おう。ワタシはいつでも近くにいるよ」


 手を振りながら去っていく彼を眺めてから、渡された名刺を読んだ。


流原ルハラグループ・


【ウォータン・ゲンドゥル・ウェンズデイ】


 代表取締役・社長』


 あの人、


 スーパーのルハラマートの社長だったのか。







「佐藤さんの件はお断りしたので」


 兎羽歌ちゃんに聞く前からどうりで今日は佐藤さんが元気なさそうだった。

 彼女はスッキリした顔で働いてる。

 フライヤは、今日は休みか。

 考えながら出入り口を眺めてたら男女二人組のお客が入ってくるのが見えた。


 

 


 身長よりも格好が奇抜で変だった。

 まるでマジシャンみたいな、


「この店かァ、あのセックって糞女がいるのはよォ!」


 男の声で感覚が痺れた。

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