第五話『故に郷に』・「私断固戦うよ」

 胸の奥がチクっとした。

 納得したし驚いてわけもわからなくなった。だからもうこの頭でそのまま吐く。


「俺もフライヤに告白された」


 死人に。

 ってそれじゃおかしいから師匠セックとの話をなるだけ細かく伝えた。


 初めて見るぐらい目と口を開いて驚いてる兎羽歌とわかちゃんの顔。

 十倍返しぐらいになっちゃった。


「ごめん」

「なんで直也さんが謝るんですか」


 怒ってるっぽい。

 一瞬瞳の色も。

 笑ってごまかすしか。


「ははは」

「笑いごとじゃないです」

「はい」


 怒ってる兎羽歌ちゃんに反して変に嬉しさを感じた。

 俺が感じたものを彼女も感じてるし同時に共有してる。

 これも共鳴現象。また師匠の思惑か。


 沈黙から兎羽歌ちゃんがため息を吐き、つぶやいた。


「あの師匠なら仕方ないよね。色々と納得したし。直也さん」

「はい」

「お酒ってありますか」

「お酒は普段飲まないからないね」

「じゃあ私買ってきます」

「え。あ、ああ」


 彼女が立ち上がった。りんとしてる。


「帰ったら付き合ってください」


 髪を揺らしてすたすた歩く姿を見て、


「けどトワカちゃんまだ飲めないんじゃ」


 呼びかけると玄関で彼女が振り返った。


「先日二十歳になりました。乙女座ですよっ」


 ドアを強めに閉めていった。

 誕生日。

 聞いてなかったな。







 帰ってきた兎羽歌ちゃんは俺を真似てちゃっかり鍵をかけてた。

 誕生日を教え合ってから彼女が酎ハイを口にする。


「初めてのお酒はどう」

「美味しい。ジュースみたい」

「酎ハイは飲みやすいね」


 俺も酎ハイをいただく。


「私こんな時は飲まなきゃやってられないって言葉を思い出して。だからなんです」

「そうかもね」


 俺はうつでも飲まなかったな。

 さて話題を。


「ぶっちゃけ師匠をどう思う」

「怖い人」

「俺もそう思う」


 兎羽歌ちゃんがくしゃみをした。アルコール入りだからか可愛らしい。


「私の噂してるのかも」

「噂してるのは俺らなのにね」

「ふふ」

「へへ」


 一口飲んでから言った。


「隣がフライヤだから聞き耳立ててるかもよ。ずっとセックがいるかもしれないけど」

「そうかも。ひどい。ずるい」


 急に彼女が立って壁に歩いていく。


「私もー聞いてやるー」


 兎羽歌ちゃん結構酔ってるな。


「フライヤのことはどう」


 壁に耳を当ててる彼女が目をつむったまま答えてきた。


「フラちゃんは可哀想。師匠と同じ人だけどぉ罪はないし。仲良くしたいーと思いまっす」


 諦めて帰ってきた。すとんと女の子座り。

 俺は黙って彼女を見てた。どんどん飲んでる。


「だけどぉ直也さんに告白したのがなー。どうするかなー。私も佐藤さんどうするかなー」

「佐藤さんとの話はなんで俺に」


 兎羽歌ちゃんが睨んでくる。


「だって私は普通じゃないし。なにより直也さんと一緒にヒーロー活動してるしー。私が誰かと交際したら困らないですかぁ。関係っ」

「それは困るかもね」

「でしょー」


 胸を張った彼女がまた言ってくる。


「だからぁー断ろうかなぁと思っててー。そしたらあれでしょ、直也さんもでしょ。ないでしょ」

「ないってなにが」

「付き合うの」


 若干視線が怖い。


「ないね」

「よしよし。ふふ」

「トワカちゃん酔ってる?」

「酔ってないー」


 酔っ払いは酔ってないって言う。


「フラちゃんそれにおかしいよー喫茶店で知ってるし付き合ってるの。嘘だったけどさー。嘘なのフラちゃんは知らないし」

「まあ」


 彼女セックなら察知できるだろうが彼女フライヤには伝えないか。


「付き合ってるの知ってるのに、奪うってことぉ? おかしいっ、おかしいよー」

「まあね」

「私断固戦うよ、ヒーローだもん」

「なるほど」

「私も一人暮ししたい。引っ越そうかなぁー引っ越したいなー」


 目を閉じてふにゃふにゃ言ってる。

 あくびもされた。


「トワカちゃん」

「私眠くなってきちゃった」

「大丈夫?」

「大丈夫ーじゃないから寝るー」


 スムーズに横になられた。


「ちょっとこれは。どうする。トワカちゃん。トワカちゃん。帰らなくていいの?」

「友達のとこ泊まるかもって電話したから……」


 泊まる気か、寝言みたいだな。


「……好き」

「え」


 心臓が高鳴った。ヘラクレス兎羽歌ちゃんを初めて見た時みたいに。


「好き。美味しい、酎ハイ」


 酎ハイかい。


「ここじゃあれだから抱き上げていいかな」


 頭を縦に振る兎羽歌ちゃんを見たから、抱きかかえてベッドまで運ぶ。

 軽い。これが女の子の重さ。


 彼女の頭を枕にのせながら、軽さよりも自分の筋力が増したからだと悟った。


「俺は布団で寝るから」


 離れようとしたがそでを掴まれてる。

 自然に放してもらえるまで寝顔でも見てるかな。







 兎羽歌ちゃんは今朝も出勤だったから起きたらすぐせかせかしてた。

 気まずさもなくなるぐらい。

 制服も持ってきてるしさすが。


 出かける時に謝られた。


「本当にごめんなさい。酔っちゃったみたいで私色々と変なこと言いました」


 覚えてるんだ。


「大丈夫。気にせずいってらっしゃい」

「はい。いってきます」


 笑顔が可愛らしかった。

 気が晴れたみたいでよかったな。俺もだ。




 俺は午後からで時間があるしリハビリも兼ねて部屋でトレーニングするか。

 こないだ買った鉄アレイはどこだったかな。

 押し入れを探ってると、暗い中で妙に明るい所が。

 なんだここ。

 壁に穴が開いてる。

 光。この壁の向こうは、


 頭によぎったが本能みたいに衝動で穴を覗いた。


 殺風景な部屋が見える。


 褐色の脚も見えた。動き回る健康的な脚。

 彼女セックじゃない彼女かフライヤ

 鼻歌が聴こえる。ライブで聴いた歌声だけど控えめな。

 せわしないけど出かける準備でもしてるんだろうか。

 ってなにを見てるんだ。ダメだ女の子の部屋を覗くなんて。

 そう感じても目が離せない。

 彼女の脚が上下に動くと、

 ホットパンツが床に落ちた。

 鼻歌と一緒にブラジャーも床に。

 パンツも、

 ってもう見るな!

 無理に目を背けた反動で頭をぶつけた。「痛った」音でバレなかったかな。

 いやヒーローはこんなのしちゃいけない。バチがあたった。

 目的の鉄アレイも見つけたし早く押し入れから脱出しよう。







「今日から新人が入るからみなさんよろしくやってね」


 小山先輩センパイが終わっても、俺は制服を着た新人から目が離せなかった。

 多分兎羽歌ちゃんも。

 肌は白かったけどあまりに予想外だった。


「はじめましてー。今日からバイトで入りました、フライヤっていいまーす。よろしくお願いしますね」


 マジか。

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