第四話『夏雪の中のうさぎ』・「おいで」

 兎羽歌ちゃんにどう話そうか。

 ずっと考えていた。


 午後からはスーパー。行く準備をしててもクラブでセックとの会話が浮かぶ。


『瞳の色はなんで同じなんですか』

『あたしでもこの色は変えられない。色の存在は変身の概念の外にある。これもブラックボックスとしていずれわかるよ』

『能面やそのベールにはなぜ細胞を入れないんです』

『ナオヤ君、あたしがなんでもに与えると思わないで。意義がある時や肩入れしてる者のみ。入れない場合も意味はある』

『す、すみません。減った分も元には戻るんですよね』

『心配ご無用胸も戻るぜ。だが元の質量に還るには時間がいる』

『例えば……師匠の体をこう、横からズバっと切ればどうなるんでしょうか』

『変態だね。小さくて可愛いあたしが二人できる。細かく切っても同じ。年は相応に変えられるが常に復元と統合は求める。今の質量が好きなのさ。あたしが複数いるのも面倒だしかんに障る。仮にどこかのバカがあたしを封じ込める罠を仕掛けても封じられはしない』

『それはなぜ』

『復元とキミに与えたもの。ナオヤ君が初体験の相手でもない』


 イタズラな目が今も怖い。


『あたしは遥か昔から根を植えてきた。シュラウドも一例。バカが仕掛けてきてもあたしは存続する。統合を求めて報復もしてやる。あっ、キミのは大丈夫よ。復元の指令は未入力で原始的な変質のみに留めてある』


 改めて感じたな、化け物だと。


 支度も済んだし出るか。


『もう一つ気になることが。一ノ瀬が事務所の金庫を狙う計画を事前に読めたのはなぜです』

『あそこの女社長、ねんごろで気分がいいと寝言で番号を口走る。その癖をあたしは知っていた。一ノ瀬より先に』

『それは……』

『社長はだったのさ。あたしもね』







 わざとスーパーの駐車場を横切って出勤しようとしたのに、足が止まった。

 理由は車じゃない。いつもよりガラガラなぐらいで人もいないから時間が止まってる駐車場。

 その真ん中に、黒い犬が二匹も座ってたからだ。

 遠目で一瞬狼かと思った。そんなわけないし活動のせいか。

 黒と少し茶の短毛で首が長い。ドーベルマンか。結構デカい。

 初めて見かけるけど近所の犬かな。

 片方が首をピンと立てて俺を見てる。

 もう片方は辺りを見回してる。

 俺を見てた犬がこっちに向かって歩きだした。もう片方も。

 手前の犬は真っ直ぐ、奥の犬は曲がりくねりながら。

 仲がいいな。兄弟かコンビか。

 二匹が徐々に近づいて変な気がした。一回り小さいような。

 一メートルの距離で止まった。

 遠目より毛が長くて黒より茶の面積が多い。

 これドーベルマンじゃなくてシェパードじゃないか。

 屈んで片手の甲をだした。こうすると犬は匂いで安心するらしい。


「おいで」


 真っ直ぐな歩き方の犬が先に近づいてきた。甲を嗅いでる。

 もう一匹も近づいてきたが用心深い。俺の周りを歩きながら匂いを嗅いでる。

 立ち上がってみると二匹とも座った。

 上目使いされてる。

 二匹が急に立ち上がった。俺の

 びっくり。

 満足したのか先に来た犬がサッと方向転換、澄まして歩きだした。

 警戒してた片方も後ろを追いながら残念そうに振り返った。

 離れていく。

 変だ。またドーベルマンに見える。


 犬は駐車場から出てどっかへ行った。


 なんだったんだ。







 勤務中に兎羽歌ちゃんと話すタイミングがこない。俺が業務に慣れたから教育係を外されたのもある。

 職場で成長したらただの先輩と後輩になったな。

 そのせいかまた機械になった気分で作業をこなす。

 噂をすれば。彼女の姿が目に入った。

 兎羽歌ちゃんが佐藤さんとなにやら話してる。

 談笑。

 どこか親しげにも見える。

 単にこっちから見たらそう感じるだけじゃないか。俺と話してた時も周りからはこう見えてたかもしれない。

 でもなんだろう。変な気分になってきた。

 まあ気にしても仕方ない。目線を商品に戻した。




 休み時間に彼女と少しは話ができて、結局終わったらうちに来てくれる流れに。

 前と変わらない。なのに少しほっとした。

 けどセックフライヤの話をどう切り出すかはまだまとまってない。







 兎羽歌ちゃんが部屋にあがったから邪魔が入らないように鍵をかけた。

 今まで鍵をしなかったからか彼女は少し驚いてた。

 けどそれ以上はぎこちなさもなく、にこやかに座っていた。

 俺を信用してるんだな。もう当たり前かもしれないけど改めて感じた。

 では無難に世間話から。

 スーパーの駐車場で見た変な犬の話。


「――あれどこの犬かな。野良か。トワカちゃんは見たことある?」

「私は見てないです。聞いた記憶もないかも」


 同じイヌ科でも犬とネットワークはないのか。


「にしても不思議だった」

「実は私も今日は不思議なことがあったんです」

「どんな」


 俺が前のめりになったのを見た兎羽歌ちゃん。声に力が入りだした。


「朝方スーパーに着いた時に。近所の家の屋根になにかあるのが見えたんです。最初は屋根の一部だけ積もってるようにも見えて。だったので。だけど今は夏だしそこだけ雪が積もるのもおかしくて。だからよく見たら」

「うん」

「屋根に熊ぐらい大きなが座ってたんです。犬みたいに。ううん、あれは多分でした」


 もう世間話じゃなくなった気がする。


「私をじっと見てる感じでした。私もみたいな気がしてきて、遠いのにその動物の白い毛が動いてるのを感じました。

「兎羽歌ちゃんの秘密となにか関係があるのかな。白い狼みたいな動物の目の色は見えた?」

「わからないです。私いつの間にかスーパーに入っちゃってて。すぐ外を見てもいなかったから幻かも。白昼夢を見ちゃったのかな」

「白い狼に覚えは? バレット形態モードに似てるとか」

「そう言われると似てる気はします……。そういえば。前にどこかで見たような」

「どこで」

「夢で見たのかも」


 結局夢の話かい。


「まあわからないね。なにかの啓示かも」


 師匠セックも答えないだろうな。


「トワカちゃんって最近は佐藤さんと仲がいいの?」


 結局気になって。


「佐藤さんと……仲、いいのかな。直也さんに話さなきゃいけないこともあって」

「俺に、なに?」

「私、佐藤さんから。……告白されました」


 マジか。

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