第三話『カットガール』・「可愛がってやるがいい」

 イラだちを隠せない。


「どこに。フライヤ、返事してくれ!」


 薄暗いし気配も感じない。


「ナオヤ君。人間には様々な顔がある」


 静かな声が耳に入る。


「この地に足を踏み入る前、彼女と約束した。北の国々で、

「なんなんだ約束約束って」


 師匠セックが人差し指をベールの前に添えてシーっと息を吐いたから、


「生まれてくる。それが必要だった」


 我慢して聞くしかない。


「フライヤ・ハスは美貌と恵まれた体、明るい性格で道のりを照らしてくれた。彼女は人の注目を浴び、人から見つけられる者となった」


「同時に彼女が目的の者を見つけやすくなった。気づいてるだろうが目的の者とは嬢だ。ようやく見つけた。あたしとの戦いもあの子のためにあった」


「フライヤは明かりライトでレーダーで探知機センサー。想定外のキミも見つけた。それでも役割はまだあった。一ノ瀬ハイタカだ。彼女と芸能と金の各々がヤツの気を引いた。キミにも繋がった。女の敵は本筋のトワカ嬢でも絶好の相手だったな」


「キミのせいで約束も少しずつ変わった。一番は彼女の死フライヤ。トワカ嬢なら死ぬまでは至らなかったが、キミは弱かったから」


 呼吸を続けろ。


「キミを引き上げるために死んでもらった。現場で鉢合わせたのもキミのせいじゃない。落ち込むなよ、彼女は生きてる」

「なんでフライヤは生き――」


 師匠セックが人差し指をベールに当てた。


「最後まで聞きな。約束を果たさせろ」


 俺が黙ったから話も続いた。


「こう考えればいい。フライヤは可憐な姫。一ノ瀬ハイタカは邪悪なドラゴン。ドラゴンが姫をさらった。よって王は騎士に任務を与えた。姫を救い出せー。王はあたしでナオヤ君が騎士ナイト


「彼女は役割を果たした。。あたしがヤツに送ったも。二つが揃ってプロメテウスも起動した」


「冴えない顔してるね。喜べよ、キミは前より強くなった。前向きな努力は報われてる」


 けど俺は、


「救えなかったと考えてるな。アイドルの彼女は死んだが、お隣さんの彼女は生きてる。キミが救ったのよ。もうわかってるんだろ」


だと」


 やっぱりか。


「そう。彼女の精神がプロメテウスの中核になる。あたしが仕組みシステムを作った」


 黄と青の目がいつものイタズラっぽい形になった。



 俺は大事な呼吸を忘れなかった。

 してなかったら取り乱してる。


「彼女の体と人格と人生を産んだ。あたしにはできる。なんだ。力がある。言ったろ、があるとね」


 もう無意識でフローの導入部に入れる気さえする。


「あたしの力は残念ながら制限されてる。事情があってね。今は事情を話す気もない。好まずともあたしが精密に産める者は一人分だけ」


「自分の道のりを行くために彼女から自由を奪った。人生を産んでも人生は与えてない。故に約束が活きる。役割を果たせば自由を与える約束」


「記憶は操作した。たまに心もね。当時の彼女は役割や約束を自覚してない。キミが彼女を責めるのはお門違いで、責めるやつじゃないのも知ってる。生い立ちを知れば余計に可哀想な子なのよ。察してるだろうが、彼女の生まれは人間とは異なる」


「そしてあたしのフライヤが偶像アイドルになった。人の世とはなんと皮肉。

 あたしの産んだ偶像トリック現代の偶像スターとは!」


「さあ続く場面を見せよう。作られた者がどう作られるか。スター星の命の生まれ。見守るべきを。約束の一部で彼女の望みだ」


 ふっと師匠セックの目が緩んだのが見えた。


「儀礼的なのは嫌い。さてとナオヤ君が見るのはだな。

 焼きつけろよあたしの魔法わざを。秘術で彼女が自由になる姿


「ビッグ・セックは自由を重んじる者。彼女に自由を約束した者。故に束縛からも解き放とう」


 言い終えた師匠セックがベールを外した、

 瞬間、

 見覚えのあるナニカが現れた。


 手首を切断した時、

 フライヤが頭を撃たれた時も、

 似た光景を垣間見て、


 合致した。


 ――銀色だシルバー


 彼女の全身がに。


 脈動するナニカに、

 変わり果てた。


 銀を混ぜた水のような、


 水の人形銀の人形


 異様な光景もすぐ終わって、




 




 立ってたのは、




 昼間の姿のフライヤだった。




「ナオヤわたしね――」


 なんで服まで変わった。

 細かい考えが駆け回る。


「服が。どうして」

「あ、服の説明すればいいね。ナオヤのスーツと仕組みは同じ。服にセックの細胞がかなり入ってるんだよ。彼女の意思で変わる。昔から時間をかけて変わる羽衣はごろもを作ったんだって」


 それで――

 マスクフェスで彼女フライヤが立ち去ったら違う服の彼女セックが現れた。

 

 戦った時の彼女セックの格好も。


 兎羽歌ちゃんがマネージャーを見て反応したのも。

 性質を感じたのか。

 そうだよ彼女フライヤと初対面の時も。


 彼女セックが初めて俺の部屋に入った日。

 直前に彼女フライヤは帰った。


 さっき散弾銃タロンを持ってたのも。

 事務所にフライヤがいたからか。


 色々なことが納得いく。


 思い返せば、

 

 ――


「わたしも今は力の一部を許されてる。服装も少し変えられるよ」

「プロメテウスになった時から」

「うん。ねえ、ナオヤは前のわたしのほうが好き?」

「ああ、それは、いや」

「よかったぁ。だけどね、肌の色ならこうやって――」


 彼女が左手で右手の先から体をなでていく。

 指に沿って肌が褐色に染まっていった。


「元のわたしに戻れるよ。けどアイドルはもういらないから。わたし失踪しちゃった。肌を変えたのは他の人にバレないように。ナオヤの前ならこの姿でいられる。ややこしくてごめんね」


 驚くよりも冷静に別の疑問を感じていた。

 俺の推測が正しいなら、


「眼帯を。外してほしい」

「そっか。うん、見せるね」


 フライヤが黒い眼帯を外し、

 右手で前髪をかき上げた。


 思った通り、


 


「セックやヘラクレスと同じ瞳」

「うん。わたしはセックだから」


 薄暗い中で黄色の瞳イエロー青い瞳ブルーと同じく輝いて綺麗だった。けど憂いも感じる。


「わたしがヘラクレスの秘密も教えてあげたいけど、知らないの。知ってるのはセックだけ。ごめんね」


 悲しげな表情が明るくなって、


「わたし自由になった。これで普通の女の子になれた。ナオヤのおかげ。わたしを自由にしてくれたのはナオヤなんだよ。彼女が言ったまま、ナオヤはわたしの騎士ナイト


 少しだけ気が楽に。


「だからわたしは……ナオヤが好き。大好き。わたしはナオヤのために産まれてきて死んだんだ」


 なにかが胸に刺さる。


「ナオヤとこれからも一緒にいたい。プロメテウスの時もナオヤをサポートできる」


。感動の再会はよかったかい」


 一瞬で彼女セックに戻っていた。


「ナオヤ君、彼女はもう自由だ。自由に生きられる上でキミを選んだ」


 彼女フライヤ彼女セックじゃないか。

 彼女セック彼女フライヤ

 どう解釈したら。


「彼女はキミのものだ。存分に可愛がってやるがいい。それとな一ノ瀬との関係は気にしなくてよい。ヤツの相手をしてやったのはあたしだ。彼女に似た姿の別人だったと思いなよ」


 彼女セックがまた銀の液体シルバーになって、

 水から脱皮したみたいにフライヤが飛びついてきたから、


「トワちゃんにどう伝えるかはナオヤに任せる!」


 首に腕を巻かれた勢いでダンスみたいに回りながら、


「わたしの命はナオヤにあげる。ずっと仲良くしてね」


 彼女セックと同じ囁き声ウィスパーだと感じた。

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