第二話『恋愛のゴング』・「秘密を見せるよ。全部」

「おーいナオヤ! バスケやろうよ!」


 寝てたのに甲高い女の子の声が聞こえて跳ね起きた。


「なんだ? バスケ?」


 また頭の中から声が、

 いやマスクは被ってない。


 昼すぎか。まだ体が重い。これはうつの時とも似てるな。

 今日も休んだし兎羽歌ちゃんはスーパーで来ないはず。


「おーいっ」


 ドアをガンガン叩く音。

 絶対兎羽歌ちゃんじゃない。


 玄関に着いて慎重にドアを開けると、


「アハハ、ビックリした?」


 昨日の子が無邪気に顔をほころばせてる。


「え。なんですか」


 暑さに合わせた薄着で目のやり場に困る。


「暑いからお部屋に入れて」

「は。それはちょっと」


 新手の押し売りか、にしても似てる。


「じゃバスケしよ」

「し、しないです」


 左側の目が前髪で見えないのも。


「じゃお部屋に」

「だからそれは」

「バスケしよっ」

「わかったって!」


 周りを確認してから彼女の腕を掴んで玄関に入れた。


「俺はなにも買わないですよお金もないので」

「なにそれ。誰かと間違えてる?」


 胸元がはだけてる格好で屈まれて、大きな胸の谷間が余計に目立つ。

 サンダルを脱いだ彼女がずかずかとあがっていった。

 ホットパンツの後ろ姿。師匠セックも同じ格好で入って来た日があったな。

 先に正座した彼女に座布団の上を叩かれた。


「ここ座って」

「はぁ」


 俺の家なんだけど。


「昨日隣に引っ越してきた者です。田中さんにお話があって参りました」


 扇風機を回してるから、風が彼女の顔に当たって前髪も舞った。


 黒い眼帯をつけてる。


「わたしフライヤです」


 眼帯。

 名前。

 二つで心が乱れた。


「フラ、フライヤは死んだ、はず。キミは肌の色も」


 白い。

 青い目も見てられない。

 目を伏せた。


「ごめんねナオヤ。今回はイタズラじゃない。わたしはフライヤなんだよ。けど本当は前のフライヤとも違う」


 なにが起こってる。どうなってるんだ。

 口にしたかったけど出なかった。

 フライヤの死に顔がよぎる。助けられなかったアイドル。女の子。今になって急にやりきれない。

 どうすれば助けられた。ヒーローになりたいのに。ヒーローなら。

 兎羽歌ちゃんに彼女の死を告げた時。あの子もショックだったろうに気丈だからしっかり手助けしてくれた。

 そのフライヤが生きてるって。

 死んだのに。諦めて割りきったのに。


「なんなんだ……」


 ぐちゃぐちゃだ。


「わたしはナオヤに真実を伝えたい。だからナオヤも……。あのね、今夜、マスクフェスの会場だったクラブまで来て。わたしの秘密を見せるよ。全部。お願い、と約束したの。ナオヤも約束して」

「……わかったよ」

「ありがと。トワちゃんにはまだ言わないで」


 彼女が立ち上がり、ドアへ歩きだした。

 なのに名残惜しそうに振り向いて、


「元気だしてね、ナオヤ」


 サンダルを履いて出ていった。

 出ていったって隣の部屋じゃないか。

 それでも俺は動けない。

 自分の力のなさを痛感した。







 クラブに着いた時にあの黒人もいないし鍵もかかってなかったのが不思議だった。

 だけどフライヤが生きてた話に比べたらなんともない。

 そう考えながら前には仮装した客が沢山いたフロアに立った。

 人はいないし明かりも少なくて薄暗い。

 前回と違ってスーツは着てない。信じたから武器もないし襲われたらヤバいなと頭によぎる。

 数メートル先から人影と気配を感じた。


「やあや、よくきたねナオヤ君」


 能面を被った女性。

 フライヤのマネージャー。いや前マネージャーか。


には言わずに来たみたいでよかったよ」


 女が能面に手をかけた。

 完全に外した時には思った通りだったと感じた。


「セック! なんでここにッ」


 オッドアイを光らせて素顔で微笑んでる。

 見慣れたフェイスベールも着けた。


「あたしの店なんだよ。オーナーってやつ。インターネットではなんでも買えるね。さて、今からナオヤ君に例の一件を話す。ハイタカの件のすべてを」


 なんでハイタカの名前を。

 瞬間的に浮かんだが、彼女がなにかを投げてよこした。

 金属が床を転がってる。


「ほら」


 促されて暗がりでも床を見た。


 あれは一ノ瀬ハイタカの、


 散弾銃タロン――


「これをなんであんたがッ」

「ハイタカはね、あたしが仕掛けた」


 続けざま、


「フライヤのマネージャーはあたし。引き継ぎに一ノ瀬ハイタカを推したのも動画を渡したのもあたしだ。ヤツが身につけていた装備やその銃も、あたしが全部用意した贈り物ギフト

「どうして!」

「キミだ。キミを今の状態まで引き上げたかった。ヤツのネックウォーマーも見たね。あれはあたしの”を入れて紫にしてやった。あたしの色」


 小指をちらつかされて、


「なんなんだよ好き勝手してッ」


 怒りが湧いた。


「まあ落ち着きなさい。言ったぞ、あたしは敵でも味方でもないって。善でも悪でもない。それにヤツはあたしが武器を頂戴したヤクザどもと繋がりがあった。ちょうどよかったんだよ。ナオヤ君との過去も調査済みだったからな」

「昔のことまでッ……」

「この計画、本来はトワカ嬢に用意したものだ。彼女を引き上げるために。けれど必要がなくなった。キミが現れたから。彼女は今はもうナオヤ君、キミと一緒に上がっていくみたいだからね」


 兎羽歌ちゃんの話をされても全然頭に入らなかった。


「なんで……ハイタカって名前にした」

「あたしが見極めたヤツの性質と立場や環境。しっくりくる名前だった。だけど最初はナオヤ君からなんだぜ」

「は?」

「ヤツを見てみたいだと思っただろう。ああこれはのほうがよかったかな?」


 急にプロメテウスの言葉を思い出す。


『セック細胞は脳へ移動。定着した現在――』


「くそッ、おい! 俺の頭の中を覗けるのかッ」


 食ってかかりそうになる自分を抑えた。

 師匠セックの強さは理解してる。力で勝てる相手じゃないって。


「まあまあ、ナオヤ君にもプライバシーは必要だ。心得てるよ。遮断する時はしてある!」


 息が荒くなるのを呼吸で沈める。


「呼吸法で落ちついてきた? ナオヤ君なら大丈夫だよ」


 だけどまだ肝心な前提が解決してない。聞かなきゃいけない。


「フライヤは」


 彼女は、


「どこにいる。フライヤと会うつもりで、話を聞くつもりでここに」

「もちろん知ってる。あたしも彼女と約束をした。今こそ約束を果たそう。安心しなよ、彼女はもう来てる」


 そう言った師匠セックのイタズラっぽい目に、

 俺は、

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