第三話『ヴィーナス芸能の群れ』・「田中か?お久しぶり!」

「どうして」


『意味がある――』


「なんでそんなコト、言うの」


『お前は約束――』


「ダメ、ダメだよ。わたしは」


『生まれてきた――』


「変えられない」


『ムダに――』


「わたしはわたし」


『無意味な生――』


「ちがう」


『虚しさを――』


「ゼッタイにわたし」


『役割と――』


「知らない、なにも知らない」


『もう理解――』


「聞きたくない」


『鏡を――』


「イヤだ……」


『見ろ――』


「あああ」


『それが――』



「これがわたしの」


姿



  *



 駅前はいつぶりだっけ。

 近場以外で久々の待ち合わせ。

 アパートかスーパーの前でもよかったんだけど。いやー昼間に前はまずいか。

 師匠セックの顔もちらつく。

 部屋の窓際に立つマスク女。

 監視されてるみたいでいい気分じゃない。大体師匠になったからってさ。

 あれから何回かやった訓練の記憶が蘇って師匠セックの言葉も浮かぶ。


『トワカ嬢は変身をしばらく控えよ。キミたちお互いのためだ』


 狼を真似する気満々だったのに出鼻をくじかれたな。


『ナオヤ君の浅い考えは読めてる。まず彼女の存在から感じな』


 結局兎羽歌ちゃんと手を繋いで見つめ合ったりして彼女も少し照れてた。

 師匠セックの指導はどうも方針や精神面だけで実技指導はしてこない。

 仕方ないから半ば俺がコーチングした。

 対面で同じ体操をしたり格闘技の動きやポーズを教えたりした。


『ナオヤ君は右利きだな。なら一か月で両利きを目指そう』


 無理だと反論したけど通じない。普段から左手を使えとアドバイスされた。


『あたしの弟子に相応しい深遠な“呼吸”の世界も教えてやる。いいかい。鼻と口は繋がってる。素質はあるよナオヤ君。上達すれば不随意筋の制御もできるかもね』


 理屈はよくわからなかったが強くなれるなら願ったりだった。

 兎羽歌ちゃんがトイレに行ってる合間も、


『トワカ嬢から聞いたぞ。ヘラクレスに金的蹴りしたんだって? あんたバカだねぇ』


 笑われたのを思い出す。


『だけどいい線はいってる。効きはしないが、間違えてはいない。そう、ヘラクレスはだからな』


 彼女はくすくす笑ってた。

 あの時のオスってなんなんだ。

 そりゃ男の意味だろうけど兎羽歌ちゃんは女子じゃないか。意味がわからなかったな。


『わからないってキミの顔、あたしは好きだね。いじりがいがあるよ。だから今の内に色々考えとくんだ。嫌でもわかる日がくるよ。の話がね』


 薄々感じてたけど師匠は人をおちょくるのがお好きみたいで。

 気高く振る舞ってるようでたまに下品で意地が悪い。性格がにじみ出てる目つきもある。


『さてとトワカ嬢。今の姿の時もなかなかいい筋肉をつけてる。柔軟な体だね』

『ありがとうございます。直也さんに触発されて最近鍛えてるんです。お腹も!』


 ほめられて嬉しかったのか兎羽歌ちゃんは服をぺろっとめくってた。

 大胆な行為にも驚いたけど腹筋が割れてたのはさらに衝撃だった。シックスパックがうっすらと。

 俺でも割れてないのに。


『いい子。ナオヤ君もトワカ嬢を見習うように。それこそ真似だよ』


 チクリと刺さる一言だった。

 割れるまでいってないのが見透かされてたのかな。あのパンチの段階で。


『トワカ嬢にも課題はある。あたしと戦った時の体毛の変質、局所的な。トゲのような。ならラテン語由来で“スパイン”と名付ける。ナオヤ君を腕で守ろうとした時には刀が腕を貫通した。使えなかったからだね』

『はい。あんなに硬くなる変化は初めてで。スパインは、とっさでした。だから張りつめた気持ちが弾けるみたいにスパインが使えないのも感じました』

『持続力がないんだよ。じゃないからだ。あたしはその理由を知ってる。鍛えられない理由も。代わりに頭を使ってタイミングを考えるんだ』


 兎羽歌ちゃんは熱心に聞いてたな。二人は師弟らしい会話をしてた。


『こらナオヤ君キミも同じだよ。戦いでは常に頭を使う。力を入れるタイミングや技を出す機会を考え――』


「直也さん。お待たせしました」


 急に声をかけられて我に返った。

 そもそも彼女との待ち合わせだ。


「直也さん? どうかしました?」

「あっ考えごと。俺もさっき来たところだから大丈夫」

「それならよかったです」


 今日初めて見る兎羽歌ちゃんの笑顔。

 つぶやきも耳に入った。


「怒ってるのかと思っちゃった。考えごと、気になるけど」


 君の体だよと言える空気ではない。


「トワカちゃんの今日の服は感じが違うね」


 だって格好がいつもより女の子らしかったから。


「これっ変ですか?」


 地味な制服や私服じゃなくてフリルが可愛らしい白のワンピース。

 まるでよそゆきだ。


「変じゃないよっ。可愛らしくて」

「ありがとうございます! よかったぁ直也さんに気に入ってもらえて」


 ドキッとした。

 だから言い訳みたいに、


「ただいつもと印象が少し違うから驚いた。俺がこういうのに免疫ないだけかな」


 口走ってしまう。


「大丈夫です。私も普段は飾り気がないから。こんな時ぐらいはオシャレもしなきゃって」


 そっかぁそうだよね。だって今日は行くところがあるんだから。

 俺は普段着だけどさ。


「じゃあ行こっか。フライヤのライブ」

「はい、行きましょう」


 俺たちは歩きだした。

 女の子とこうやって一緒に歩くのはどれぐらいぶりだろう。

 彼女の歩幅はやっぱり小さくて、ゆっくり歩かなきゃいけないと感じた。

 ライブが始まるまでに時間はあるからゆっくりでも大丈夫。

 隣で歩く兎羽歌ちゃんの存在を感じながら空気を深く吸って、静かに吐きつつ歩調も合わせた。







『みんなー! 今日はキテくれてあッりがとーっ』


 華やかな衣装のフライヤがマイクで叫ぶと会場がドッと湧いた。熱気も感じる。

 今日二回目のビックリだ。

 こういうライブには慣れてないから一歩引いて見てしまう。


『はじめての人もこんチわー! イッパイ楽しんでってネー。一緒にもりあがロウっ!』


 曲が始まってフライヤが歌いだす。

 アイドルらしからぬロックな曲。

 テレビで他の曲なら聴いたけど生歌でも上手い。ダンスも。

 それに結構激しいなぁ。

 体のキレがよくて褐色と健康美が弾けてる感じ。

 俺の周囲でもファンが跳ねてる。振動が地面からじかに伝わる。

 そういえば彼女の熱烈な支持者は“フラニスト”と呼ばれるらしい。

 フラニストのこの熱量で改めて感じた。本物のアイドルだったんだ、フライヤって子は。

 やっと実感がわいた。

 隣を見たら兎羽歌ちゃんも歌ってるみたいだ。色んな音で声は聞きとれないけど、ウサギみたいにちょっと跳ねながら。

 歌が好きなだけはある。

 会場のボルテージも上がった。







「ヤッホーートワちゃん! ナオヤさんまホントにきてくれたー! うれしー」


 フライヤと親しい俺たちは彼女に呼ばれて特別に舞台裏まで来れた。

 アイドルと生で面会なんて。

 彼女を近くで見ると衣装のデザインは華やかなだけじゃなかった。胸元や太ももが露出しててセクシーな臨場感がある。

 そばには社長らしき雰囲気の壮年の女性がいてこっちを見てる。

 フライヤの近くにはもう一人、若い男が――


「フライヤさんすごかったです! 私感動しちゃった!」

「ありがとトワちゃんっ。もーーうれしーよー」


 盛り上がった二人が手を合わせて跳ねてる。様子が視界には入ってたが、俺は若い男と目が合っていた。

 目が離せない。

 頭の中で嫌な感じの曲調のロックが鳴り始めた。

 若い男ソイツがなにかを思い出したような顔になる。


「もしかして、田中か? お久しぶり! 懐かしいなぁ、元気してたか」


 遂に声もかけてきた。

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