第三章:ヴィラン

第一話『トワカの決断』・「弟子にしてください」




 春はもう終わりなのに俺の部屋の窓際には変な女が立っている。

 今日の格好はタンクトップにホットパンツ。夏にはまだ早いがかなり露出度が高い。

 けど一貫して紫のフェイスベールは着けていた。


「ここは眺めがいいね。ベランダがないのは残念。キミらが働いてるスーパーはアソコか」


 グラマラスで黄と青の瞳オッドアイ変な女セックはまぶしそうに目を細めてる。

 午後からバイトだってのになんなんだもう。

 あれからたまにずかずかと部屋に入っては居つく。

 格好も最初は革鎧で次はジーパンだったが、黒いスーツを着てたりロングスカートだったり。今回は胸元や太ももがあらわだったりで毎回落ちつきがない。

 こっちは正座で気持ちを落ちつかせながら言ってやった。


「その格好で寒くないの? 夏にはまだ早いけど」

「全っ然」


 イタズラっ子みたいに言われた。


「ナオヤ君さ。師匠に『あんた』とは何事かな」

「それは」


 まだ了承してないのに。


「……わかった。だけどセックさんの格好はどうにかならないですか」

「格好もやり方もあたしは常に自由だ。この世界でビッグ・セックを縛れる鎖はない。それに」


 それになんだ。


「ナオヤ君。あたしのことは師匠と呼びな。うーん、セックネエさんでもいい。それかセッちゃん」


 自分は自由でも他人には要求するんだな。

 セックは唇に当てて「ふーん」と悩んでる。妙な違和感もあった。


「あたしの肉体年齢はキミより一つか二つほど下のはず。だから。寂しい独り身のの部屋にこんな格好でいてやるんだ。感謝してほしい」


 意味のわからない自信満々のアピール。

 俺は二十九で男子って年齢でもなければ口調や性格も同年代とは思えない。

 よく喋る女は大人しい兎羽歌ちゃんとは大違いだ。どっちかといえばフライヤに近い。


「弟子よ。刺激が足りないならもっと近くで見てみる? ほら」


 そういえばセックの名字はフライヤの名字と同じだった。北欧系の名字みたいだけどたまたまだろうか。だけどあの別の名前、あれは一体。

 フライヤのマネージャーがセックじゃないのか。先日聞いてもはぐらかされたけどあの態度なら。そうじゃなくても姉妹とか。今度フライヤにも聞い――


「ナオヤ君にサービス」


 四つん這いで近づかれて、彼女が右手の指でタンクトップの胸元を引っ張ってる。

 ノーブラなのか。豊かな胸が全部見えそうになる。けど指を近くで見た瞬間、違和感の正体がわかって思考が切り替わった。


「ああーこれ」


 残念そうに身を引いて小指を立ててきた。


「先日はナオヤ君に見せびらかしたくてそのままだったが元に戻した。あたしはニッポンのヤクザでもないから不便なんでね」

「どうやって」

「お腹のお肉をちょっと」


 タンクトップをめくって聞いてきた。


「どうだい前よりスリムになった?」


 まるでセクシーポーズだな。

 かける言葉が見つからない。

 話を聞いてもわけがわからないけど、手術みたいに別の部分から肉を移植して元に戻したのか。


「スリムかなんてわからないよ。俺は、師匠……の前の体型とか知らないから」


 口に出すと恥ずかしい。これは『姐さん』か『セッちゃん』も視野に入れないと。


「ふむ。まあその調子だ。では師匠らしく、弟子に英雄色を好むのこの道のイロハを教えてやろう」


 突然チャイムが鳴ったから助かったと思いながら玄関へ急いだ。

 ドアを開けると、


「こんにちは直也さん」


 軽いお辞儀をされて穏やかな日常を感じた。

 だけど兎羽歌ちゃんの顔は真剣そうに見えた。




「私も、弟子にしてください」


 部屋にあがった兎羽歌ちゃんはセックの元で言い放っていた。


「最近直也さんから事情は聞きました。その、戦った人に言うと変だけど……直也さんに怪我をさせたのは私の力不足でした」

「ほう」

「一緒にヒーロー活動頑張ろうってなったのに。これじゃダメなんです。セックさんが強いのは感じました。だからお願いします。戦い方を教えてほしいです」

「トワカ嬢の謙虚な姿勢、嫌いじゃないな」


 いかにも尊大な態度だけどセックは喜んでるみたいだった。


「しかしこの偉大なる英雄が知らない事情もあるようだ。二人の今までのあらすじを聞かせてもらおうじゃないの。そこのナオヤ君も話すならね。話はそれからだ」


 セックに色違いの片目で目配せをされた。

 兎羽歌ちゃんの懇願するような目も見たらギブアップするしかなかった。




「――ヒーロー活動ねぇ。だからあんな珍妙な格好をしていたのか。キミらは変わった子たちだな」


 あんたよく言えるな、と口から出そうになった。


「よかろう。キミらのヒーローとは英雄にも似る。ならば偉大なる英雄であるこのあたし、ビッグ・セックにも通じる道」


 兎羽歌ちゃんの表情が跳ねるように明るくなった。


「ありがとうございます! 私頑張ります」

「気が早い。いくつか条件がある」

「はいっ」


 彼女たちはやる気満々みたいだ。

 置いてかれてる気分になった。


「あたしの教えには素直に従え。このビッグ・セックには膨大な知識と経験がある。質問はしていいが幼いキミらに口答えする権利はないよ」

「はい」

「教え以外でもあたしは多くの事実を知っている。それをどれだけどのように話すかはあたしの気分次第。勝手に期待はするな。特にトワカ嬢に関しては。そうブラックボックスというアレに例えておこうか」

「わかりました」

「最後に、あたしは善人ではない。悪人でもない。自由を重んじる者だ。善も悪もすべては気の向くまま。これを肝に命じるんだよ」

「あの、だからセックさんは匂いがしないんでしょうか。えっと私が変身した時の話です。けどちゃんとはわからなくて」


 そうだ彼女は嗅覚が鋭いし悪人も感知できる可能性がある。


「このあたしがトワカ嬢の力に対してまずマヌケな情報を与えるわけがない。教えだ。匂いに頼り過ぎてはいけない。有利に働いた時だけ反応すればよい。トワカ嬢は人なのだから、注意が散漫であたしを捉える動きも鈍っていた」

「そうだったんですね。わかりました」


 兎羽歌ちゃんと違ってセックから変な匂いがしないのも彼女の力なんだろうか。

 よくわからないが戦った時にも匂いについてそれらしいことを言われた。いずれ教えてもらえるんだろうか。


「ふむ。さっきの話の中のマイティモードだったか。なぜ使わなかったの」

「当たらないと思ったんです」

「正解だ。あたしに動きを殺した攻撃は通用しないね。だけど半分は不正解」


 セックは鋭い眼差しで続けてきた。


「当たらなくともマイティモードを使わなければならなかったよ。これが正しい」

「よくわからないです」

「戦い方の問題よ。手札はすべて有効に使うべし。いずれわかるようになるさ。トワカ嬢、あたしが刺した腕を見せてみな」


 兎羽歌ちゃんが袖をめくった。


「うむ。傷もないし問題ないね。体はちゃんと働いてる。さてとナオヤ君」

「え。あっはい」

「キミからはまだちゃんと『弟子にしてください』を聞いてなかった」


 軍門に下るしかないのか。


「弟子……に、してください」

「よかろう。ではあの叫び声『ゲイン』とはなんだ」


 答えに詰まった。


「私も気になってました。直也さんが叫ぶ時の」

「あたしにも思い当たる節はあるがね。まあいいさいずれわかる話だ。キミらはそろそろ仕事の時間だろ」

「はい」


 俺たちはバカみたいに同時で返事をした。


「さあさあさあいってらっしゃい。続きは帰ってからね」


 まるで近所のおばちゃんかと感じながら、彼女の言葉に従ってスーパーへ出勤する。


 今後は一体なにを教えられるんだろうか。

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