章末話『ナオヤの戦果』・「あたしの名は」

 深く息を吸い込んだ瞬間に目がひらけた。

 叫びながら体も起こしていた。

 両側にいる女の子二人分の声を打ち消すぐらい。


「直也さん!」

「わーっ起キタ!」


 ここは。

 俺の部屋。


「なんで。どうして部屋に」


 そうだアイツ、くそッ。


 最後の記憶はマスクの女ビッグ・セックにかけられた言葉。

 兎羽歌ちゃんヘラクレスの声も聞こえたような。

 銃で撃たれたのも覚えてる。

 あの銃は映画でよく見かける、なんだったか。ベレッタMなんとか。二丁拳銃だったから特に覚えてる。


「よかった……本当によかった……」



 座ってる兎羽歌ちゃんの泣きそうな声。いや泣いてるのか。手で顔を覆ってる。


「タナカさん心配したよ。もうお昼だし」


 フライヤが座ってる。どうして部屋に。アイドルは緊張がとけたような顔でも可愛い。


 待て。俺はスーツ姿で撃たれた。

 けど今はスーツの下に着てたシャツだ。

 一晩以上寝てたのか。

 胸や腹をさすってもなんともない。

 めくって確認した。

 心臓の辺りに変なあとがある。かさぶたがはがれた時みたいな。


「タナカさぁん、オッパイ見えてる。女の子フタリいるのに」


 フライヤが呆れ顔で言うからシャツを戻した。兎羽歌ちゃんは顔を伏せてる。

 けど聞かなくちゃいけない。


「なにがあった」

「トワちゃんドコいったと思ったからわたし探してた。そしたら外でトワちゃんの叫び声きこえた。イッてみたら白いマント着たハダカのトワちゃんと倒れてたナオヤさん。ビックリした。アッ、呼び方ナオヤさんでいい?」

「それはいいけど。部屋に連れてきてくれたの?」

「ウン。わたし更衣室からトワちゃんの服運んで、警備の人にナオヤさん運んでもらった。会場に知り合いドクターいたから見てもらったけどダイジョーブ。気絶だって。だからタクシーでナオヤさんの家」

「そうか。助かったよ、色々ありがとう」


 肝心の倒れた直後が知りたかった。

 彼女が知るはずないか。それに知ってたら騒いでる。


「フライヤ、お騒がせしてごめん。呼び捨てでもいいよね」

「無事でヨカッタ。呼び捨てフランクもオッケー」

「フライヤさんあの……」


 フライヤはにこにこしてたが兎羽歌ちゃんは真剣な目つきだ。 


「直也さんと話したいことがあって」

「ン、じゃわたしはオイトマする」


 二人が立ち上がった。

 兎羽歌ちゃんが玄関まで見送ると、フライヤは俺に手を振ってくれた。振り返した。


「私からまた連絡するね。ありがとう」

「ウン、また話そっ」


 玄関から戻ってきた彼女に聞くことがある。


「俺が撃たれたあとどうなった」


 正座した兎羽歌ちゃんは一拍おいて話した。


「私無我夢中でした。直也さんに近づいた時は変身もとけてたけど、裸になったのも気づかないぐらい。だからあの、ビッグ・セックがまだ近くに立ってたのも気づかなかった」

「アイツなにか言った?」

「直也さんを『大した男だ』と言ってました」

「はっ。まあいいか、続けて」

「それから私のマントを持ってきてくれて。裸なのを思い出して、恥ずかしくて、けど悔しくて……」

「同性だからかもしれない。気にしなくていいよ。それよりも俺は撃たれたのにこうして生きてる。なにか見てない?」

「あのセックって人『興味がある』みたいに言ってて。そこからは言いにくいんですけど……」

「かまわないよ」

「折れた刃で自分の小指を切ったんです」

「切ったって」


 ヤクザ映画の指をつめるシーンが浮かぶ。


「ヤクザ屋さんの映画みたいに」


 答えてくれたイメージが同じで可笑おかしかった。


「けどヤクザ屋さんと違ってあの人は自分の目の前、宙でスパっと切る感じで。やっぱり普通じゃないです」

「それで」

「『これを乗せろ』って」

「乗せろ?」

「その……直也さんが撃たれた部分に」


 よくわからない。


「そしたら小指が溶けたみたいになって、傷口に入っていっちゃったんです。あの人は『これで死なない』とかわけのわからない話をしてきました。だけど私は直也さんが助かるならって必死で。心配だから離れられなかったし、あの人はそのまま逃げてしまいました。ごめんなさい!」


 それってどういう。


 玄関のチャイムが鳴った。

 出ないと。


「誰か来たな。トワカちゃんはちょっと待っててね」

「立っても平気ですか」

「ありがとう。平気だよ。痛くもないし。そこでくつろいでて」


 本当に普段と変わらない体調だった。歩き方も問題ない。

 フライヤが戻ってきたのかもしれないとも思った。ドアを開けるまでは。


「ハイ、ナオヤ君。あたしがお見舞にきたぞ」


 玄関先にいたのは――


 ラフなジーパンを履いた白人。

 髪はミディアムでデコ全開。

 黄と青のオッドアイ。

 鼻と口を覆う紫のフェイスベールを着けた女が立っていた。


「直也さん。その人!」

「やあやトワカ嬢。まあ叫ばないの。今日は戦いたいんじゃないんだ」


 玄関でなだめるように両手をあげるマスク女。


「あたしは武器も持ってない。お話をしにここへ来たんだ」


 なんだこの女。

 こんな女をいきなり信じられるか。殺されかけたのに。

 けどもう一人の俺がささやく。

 ヘラクレスと同じでこれは絶好の機会だと。

 平然と受け入れて。だから招いてもいいと判断した。


「ナオヤ君の返答は」

「いいよ、どうぞ」


 油断しなければいい。

 上手く話せれば謎も解けるかもしれない。


「お邪魔する」


 セックは部屋に入ってくるなり、


「では早速だけど。トワカ嬢には少し退出してほしい」

「あの、直也さん」

「このナオヤ君と話がしたいんだよ」

「トワカちゃん。ちょっと散歩でもしてきてくれないか」

「……わかりました。もしなにかあったらすぐ電話してください」

「ありがとう。かけるよ」


 気にしながらも部屋を出る兎羽歌ちゃんを見送り、セックに向き直った。


「どうやって俺の家を」


 目が笑ってやがる。


があるんだ。あたしには人智の及ばぬトリックがある。まあそれはいずれ教えてあげる」


 “あげる”に妙な艶があった。


「そうか。けどこれは絶対に答えてほしい」

「言ってみな。全部は教えてあげないけどね」


 イタズラな口調にイラっとするが聞いた。


「なんで俺は生きてる。あんたに撃たれたのに」

「あたしが助けた。このビッグ・セックが」


 彼女が胸を張った。大きい。

 革の鎧だと気づかなかった。今の服だとプロポーション抜群でグラマーなのがわかる。


「どうやって」

「あたしのこの指が中に入った」


 右手の欠けた小指を見せつけてくるから目をそらした。


「どういうことだよ……」

「あたしには得意な分野がある。特に秀でている。よって小指、それが今はあんたの皮膚と血管と心臓の一部になった。この偉大なる英雄の肉を与えたんだ。ナオヤ君、男のあんたにね」


 笑ってる。尊大な笑い方。


「弾も出しておいたから心配しなくていい!」

「なんでそこまでする?」


 セックが見据えてくる。


「気に入ったからだあんたを」


 目力に気圧されそうになった。


「トワカ嬢。元々あの子が本筋だったが。ふむ、あんたはに似てるんだな。があの子と一緒にいる。可笑しな話だ。だからか、まあいいとにかく気に入ったんだ。キミは見込みがあるぜナオヤ君」


 またもイタズラっぽく笑いながら。

 わけはわからないが敵意もないのは理解した。


「わかったよ。じゃ休戦ってことで。そもそもあんたが襲ってきた理由もこっちは知らない」

「知りたいか。まあ教えてあげるよ、追々おいおいだがね。けど条件がある。休戦以上のな」

「どんな」

「あたしはずっと昔から旅をしてきた。だからこんな出会いは希にある」


 彼女が息継ぎをして、


「あたしの弟子になるんだ」


 告げてきた。

 脅迫みたいに。


「このビッグ・セックが師匠筋になるのだ。光栄だろ」


 師匠って。この女の弟子に。

 言葉を失った。


「感激してものが言えなくなった? さて。師匠になるなら改めて自己紹介をしよう」


 丁寧なお辞儀。


「あたしの名は、セック・ハス。けどこれは今の名だ。あたしには別の名がある。では、」


 紫のベールを外した。

 予想通りの美男子にも見えそうな美女の顔。

 それからまるで囁き声ウィスパーみたいに――


「僕の名前はロキ。今後ともヨロシク」



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