第五話『北から来た者』・「地に足をつけた歩く獣よ!」
地下で個室の更衣室は珍しくて服を脱ぎながら見回した。
会場に入る時もドキドキしたな――
扉の前にガタイのいい黒人の警備がいて入場者をチェックしてた。
フライヤの名前を出すと電話確認後に通してくれた。約束がなかったら方向転換してる。
屋内を見た感じだと普段はクラブとして使われてるのがわかる雰囲気。広いフロアに結構な人数がいる。
俺たちは着替えたいから従業員に更衣室を尋ねた。
――でここに。
黒いスーツを着て、念願のメットを被って備えつけの姿見で眺めた。
プロトタイプに改良を加えた
各部プロテクターを滑らかにフィットさせて関節も動かしやすい。ダサかった青色も黒に。
鉄板は他にも。
とっておきを
肝心のメット。
サバイバルゲームで使われるフルフェイスを買って手を加えた。色もスーツと同じ黒で一部灰色を塗った。
眼部はバイザー系じゃなくてゴーグル系で両目の穴から見るタイプ。
メットは表面が
イメージはそう、
狼だ。
黒い狼の頭。
いざ被ってみるとまだ息苦しさを感じるな。この状態の
まあ見た目はキマってる。
自信満々で更衣室を出た。
ドアの近くに白いコスチュームを着た女子が立っていた。
一瞬誰かと思ってしまう。自分の恋人が待ってくれてたみたいな錯覚もあった。
錯覚から正気に戻ってもバニーがベースのヒーロースーツはちゃんと似合ってる。
「直也さんあの、顔も着けてみました。どうですか」
「はは~やっぱり似合うねぇ」
遂にフェイスガードのお披露目だ。
最初に感じたのがドクロ。
そりゃそう。スカルフェイスのデザインを選んだから!
姿が可愛くて色気もあるなら顔はドクロがカッコイイと考えたんだ。
「トワカちゃんカッコいいよ!」
「かっこいいなんてそんな。ありがとうございます。直也さんのも素敵です」
嬉しかった。自分の格好もだし彼女の姿もそうだ。
手間をかけた甲斐がある。
「俺の顔のデザインってわかるかな」
「狼、でしょうか」
「そう! これっきゃない」
「それって私の」
「うん。俺たちはパートナーだからね」
スカルデザインのフェイスガードの眼部で彼女の目が泳いでる。
困ってるのか照れてるのか。
「トワカちゃんのその目も可愛くていいね~」
「う、嬉しいです」
ほめたつもりだったのに彼女は黙ってしまった。
年下の扱いを間違えたかな。読めない。
「さてと。フロアにいってみようか」
「は、はい」
フロアは多くの客がいた。
照明はやや暗くて流れてる音楽もムーディー。
客たちはマスクだけ着けてる人もいれば全身コスチュームを着てる人もいる。
共通してるのは様々な仮面をかぶってる点。これなら俺たちも浮かない。
会場には色んなお面も展示してて眺めてるだけでも楽しそうだ。販売もしてるんだな。
急に兎羽歌ちゃんの声が聞こえた。
「フライヤさん」
「トワカちゃん!」
ドレスチックな洋装の女の子。普通と違うのは“
能面以外は綺麗な黒髪と褐色の首。
フライヤで間違いない。
「トワカちゃん素敵! 顔がホネでクゥール。タナカさぁんに作ってもらった服なのね。ウサギさんカワイイよォ。カレって器用だなァ。わたしのはどう。ニッポンのお面」
彼女が顔の能面を指差してる。
「素敵です。実物の能面は私も初めて見たかも」
「でしょ。ニッポンお面クゥール。カレにも見てもらおう、かな」
変わってるなぁ。
不意にフライヤが目の前に来て驚いた。
もう少しでキスしそうな距離。
お互いマスクだから安心だ。
「それ素敵だね、ナオヤさん」
さっきまでと様子が。意図を読もうとしても彼女の表情は能面で隠れてる。
「オオカミなのでしょ。わたしも好きだよこれ」
人差し指でメットの表面を撫でてきた。ゆっくりと。
金縛りみたいに言葉が出ない。
「黒くて強そうだから」
「好きよ。オオカミ」
指が俺の右手に、指の間に入り込んできた。
スーツ越しの感触なのが残念。なんて一瞬考えた自分に困惑する。
「ナオヤさん。ココ。すごく
背筋がゾクッとした。感覚の正体がわからない。
「直也さん」
兎羽歌ちゃんの声が一気に現実へ引き戻してくれた。
フライヤがパッと離れる。
「さてっ。わたしイカなきゃ。主催とお話。トワカちゃんとタナカさぁんはゆっくりしてー」
手を振るフライヤがまた旋風みたいに客の中へ消えていった。
「どうかしました?」
「いやなんでもない。フライヤってあんな感じだっけ」
「あんな感じって」
「なんとなく大人っぽくてセクシーな」
「うーんフライヤは元気なイメージかな」
「日本語も達者なような」
「彼女は日本語ペラペラですね」
「そうじゃなくて」
「
知らない声が会話に割って入ってきた。
正真正銘大人の落ち着いた口調。
「初めまして。あたしはフライヤのマネージャーをしてます。フライヤがいつもお世話になってます」
シックなスーツの女性が
変な感じだが全体的に一番近いイメージは『秘書』だな。
でも『
ここは年上として俺が。
「あ、大上兎羽歌です。こちらこそわざわざご挨拶ありが――」
年下に先を越された。情けない。
けど彼女の目が強ばってる。
「トワカちゃん? あ、田中直也です。フライヤさんとは仲良くさせてもらってて」
「お二人の件はフライヤからよく聞いております」
「直也さ、ん。この女の人の、から……」
「どうした?」
「どうかしましたか」
フライヤのマネージャーが笑ったみたいに声を出した気がした。
なんだ。
「……変、この人の体。あの、直也さん。ごめんなさい。私もう気分が」
返事するより先に彼女は駆けてった。着替えもせず出口に。
マネージャーには「すみません」と一礼して追いかけた。
階段を上がって外に出ると、向かいで彼女が座り込んでる。
「大丈夫? 急にどうしたの」
「ごめんなさい。私もう帰りたいです」
調子が悪いのか。無理じいはできない。
「じゃ帰ろうか」
言ってから振り返ったら、階段から誰かが出てくるのが見えた。
女性。
姿を見て連想したのはマントを羽織った冒険者だ。西洋ファンタジーのゲームに出てくるレザー仕様の装備みたいな衣装で。
鼻や口はフェイスベールで隠していた。
紫のベール。
女の両眼も見た。
「あたしの名はセック!
ベールの下から女の声が
「英雄の名は
なんだ。
ベールでよく見えないのに女がニヤリと笑った気もした。
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