第二話『スーパー脱衣』・「ちゃんと見て」

 お客さんを凝視してしまう。

 神内区の小さなスーパーにアイドルが?


 本物か。

 そっくりさん。

 撮影中で。

 ここ流原ルハラマート?


 エキゾチックな褐色の美少女で、長い黒髪と横顔を見てたら吸い込まれそうな気分になった。

 褐色の顔にある目の瞳はブルー。色合いは遠い国の青い海みたいだ。

 なのに気もした。

 テレビで見たから。けど映像と実物は全然違う。

 スカート姿の彼女はお菓子の袋の裏側を眺めてた。

 おしるこ味のポップコーン。

 自分で並べたのにそんなものがあるのかと驚く。

 外国の娘は変わったお菓子に興味があるんだろうか。

 それにしても口が小さい。なのに胸は大きい。やっぱり外国人は日本人と作りが違うのか。

 唐突に彼女の顔と口が動いた。


「マンビキ違いますよ」


 じっとこっちを見てる。


「あっいや」


 右側の青い眼差しが強い。


「店員サン疑ってるの」

「そうじゃなくて」

「ならナニ」

「フライヤさんかなって」

「そーならナニ」


 うわぁやっぱりフライヤなのか。

 どうしようスーパーアイドルに睨みつけられてる。


「なんでもないです」

「このフライヤがマンビキした?」

「思ってませんっ」

「ふーん。イチャモンつけてイヤらしいのするビデオがニッポンあるし」

「えっ。お客さんにそんなこと」


 このままじゃダメだ、騒ぎになる。場を収め――


 背後に気配を感じた。誰かに袖を掴まれてる。

 振り返ったら兎羽歌ちゃんだった。

 けど様子が違う。眉をひそめてうかがってる。


「直也さん。どうかしたんですか」


 声も低めで力がこもってる。


「少し行き違いがあって」

「トラブルですか。この子ってなんだか」


 兎羽歌ちゃんは感じでフライヤを見ていた。

 一方の彼女も青い片目をやや丸くして兎羽歌ちゃんを見てる。


「直也さん。事務所に行ってもらったら」

「ああなるほど。あのーじゃあ少しこちらへ」


 俺は彼女を誘導してバックヤードの事務所へ。兎羽歌ちゃんは小山先輩センパイと話をしてくれてる。




「わたしマンビキしてない」

「それはわかりました」

「疑ってるのでしょ。キブン悪い」

「すみません……」

「謝ってすむならケーサツいらないってニッポンあるし。わたしもケーサツは困るよ」

「はい」

「だからァちゃんと見てクダサイ。確認して。マンビキないの」


 彼女が服を、


「え、ちょっと、ちょまっ」


 脱い――


 一枚目はセーフ。下にシャツがあった。


「待って!」


 人の制止も聞かずにスカートがはらりと落ちた。


「お客さんっ」


 一刻も早く兎羽歌ちゃんに来てほしかった。

 シャツの下側から緑色の逆三角形がチラりと見えて、


 救いのドアの音がした。


「なにしてるんですか」


 入ってきた兎羽歌ちゃんが驚いてる。無理もない。


「わたしオソわれた~」

「違うッ」


 ぺろっと舌を出すフライヤを無視してから兎羽歌ちゃんに経緯を話した。


「なら私が確認しますから」


 毅然きぜんとした女性店員のかがみだ。

 事務所から退散した俺はドアの前で待った。


 時間にして十分。

 ドアから兎羽歌ちゃんが顔を出した。


「もう入っても大丈夫です」

「了解です」


 服を着たフライヤは事務所のソファーに座っていた。

 結果は万引きの品もなくて事実確認で彼女の気も収まったらしい。


「アハハハ。わたしニッポンでこんなのハツよ。ハプニング楽しかった~」


 笑いごとじゃない。外国人アイドルの変な実態を知って呆れた。

 けど複雑な気分は俺だけらしい。

 兎羽歌ちゃんは和やかな表情。

 反面フライヤはよく喋る。

 俺は黙って二人を眺めた。


「聞いてタナカさぁん。わたしビックリ。この子トワカちゃんと、フライヤ同い年っ。キグーってやつ?」

「フライヤさん日本語上手ですよね」

「すぐマスターしたよ。フツーは交流してマスターするらしいケド。ニッポンにはおトモダチいないの。そだ、いいこと思った」


 無邪気な彼女が黒髪や褐色よりも明るい口調で声をあげた。


「お二人サンはわたしのおトモダチなって!」

「えっ」「ええッ」


 兎羽歌ちゃんと俺がハモったみたいになった。


「じゃハイこれ。フライヤの番号とアドとIDの名刺。ハイ、タナカさぁんにもこれ」


 素早い彼女が連絡先を渡してきた。


「それからァ」


 もしてきて、


『アレ仕事水着だから、気・に・し・な・く・て・ダ・イ・じょーぶ』


 囁き声が脳の芯まで響いた。

 これがスーパーアイドルの囁き声っウィスパー


 離れ際の一瞬。

 彼女の揺れる前髪から、

 なにかが覗いた。


 黒い眼帯だ。

 案外ゴツい。

 黒髪で目立たないけど普段も着けてるんだ。

 直後に俺はシャキッとした。眉をひそめて怪しむ兎羽歌ちゃんを見たから。


「ジャー仕事戻らなきゃ。このマートまたクルかも。こなくてもテルかメッセしてっ」


 手を振った彼女がウインクして旋風みたいに出ていった。

 なんだったんだ。


「フライヤさん感じしたけど話すといい子でしたね」

「そうかな。まあトワカちゃんも」

「なんですか」

「ヘン、なんでもない」

「いいですけど。フライヤさんの職場は近くなのかな」

「もしかして知らないの。最近人気のアイドル」

「アイドル」


 彼女が首をかしげた。


「今度教えるよ」


 やっぱりこの子はどっか天然かも。


「そういえば直也さんって携帯は持ってるんです?」

「一応は。古い型だから連絡用にしか使ってない。ネットが必要な時は図書館のパソコンとかで。苦手なんだけどね」

「苦手なんですね。メールはできるんでしょうか」

「できるけど、どうして」

「直也さんといつでも連絡とれるようにしたいなと思って」


 連絡手段か。了承して番号やアドレスを交換した。

 フライヤ・ハスの件がきっかけでまた距離が近くなったような。

 けどもっと早くこうすべきだった。俺たちは仲間なんだから。







 あくる日の夜、事前にメールでやり取りしたからこの前の話の続きを俺の部屋でする流れに。

 それで私服の兎羽歌ちゃんが座ってる。

 私服の彼女も地味な印象。俺も人の服装は言えないが。

 今回はお互い勤務後だから時間の問題もない。問題ないと言っても彼女には門限とか。


「大丈夫です。うちの親は放任主義なので。あの、」


 ならよかった。と思ったが夜に若い子を部屋へ連れ込む自体どうなのか。

 兎羽歌ちゃんが俺の心の声をさえぎって、


「あの、これってまず服を脱いだらいいと思うんです」


 とんでもない言葉を口にしていた。


「破れちゃうので。前は勢いで変身しちゃって制服がボロボロ。予備があったからよかったけど」

「そうか……」変身後の都合か。


 俺と違って今回の彼女は冷静みたいだ。

 ちょうどいい。スーツも今夜試せる。

 示し合わせて立ち上がって互いに背を向けた。

 ゴソゴソと服を脱ぐ音。

 背後にある女の子の気配。

 さすがにドキドキする。


「俺の部屋、狭くてごめんね」

「うん……ちゃんと見て……くださいね」


 男のロマンもそこで終わり。


 

 


 あの音が聞こえてきた。

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