第二章:トリックスター
第一話『フライヤ・ハス、神内(こうち)へ』・「兎羽歌、って呼んでください」
「当番組でも以前お伝えしましたね。本日はスタジオにご本人様がお越しになってます。では登場してもらいましょう。北欧から現れた話題沸騰中の褐色の美少女アイドル、フライヤ・ハスさんです!」
「はじめまして~よろしくお願いしマッス」
「はいよろしくどうぞ。さあ真ん中へ。日本語はOK?」
「オッケーでーす。頑張ってベンキョしました! きくも話すもヘーキなんです」
「ペラペラだ~勉強家ですねぇ。えーと、フライヤさんは今十九歳」
「ハイ~。あとチョイでわたしもハタチでーす」
「はーい。さて。黒くて長い髪と小麦色の肌が輝く容姿という雰囲気で。スタイルも抜群ですねぇ」
「ありがとございマース! 髪はまたかえるかも~。衣装コレ今日のは胸に自信ありますヨ!」
「あら大胆だ。ファンが喜びますね。フライヤさんといえばなんといっても今は前髪で隠れてる左目の黒い眼帯。向かってですね。ご本人からだと右目。眼帯のアイドルとは非常に個性的です」
「ハイです。凄くファッションで! ファンの人もこれスキみたい~」
「なかなかないですものね。海外の方らしいブルーの瞳も素敵です」
「ありがとございマッス!」
「フライヤさんのような欧米の女性がアイドルとして日本で
「ソですね、日本に現れてから色々大変デス。けどやりがいあってタノシ~」
「それはなによりです。では一旦CMを挟みまして。彼女のアイドル活動の密着映像をお送りします。これはファンの人なら必見やぁー。ではフライヤさんからも!」
「ハ~イ。チャンネルはそのまま~。アナタの
*
プライベートで兎羽歌さんと二人になるのは緊張する。前とは違う意味で。
数週間たっても十歳年下の彼女がまだ怖いのか。
仮にそうでも理解を深めたかった。
だからこそ今日は午前が休みの彼女をまた部屋に呼んだんだ。
「トワカさんに色々聞きたい。今後のために」
顔色をうかがいながら聞く。
「いい?」
「はい、私も話したいです」
「ほっとした。まあ今日こそはだけど」
「あの、直也さんの口調……」
「なに?」
「敬語じゃなくなってる」
「タメ口は気になるかな」
兎羽歌さんがうなずいたから思った。意外と細かい部分を気にする子なんだな。
「俺らって殴り合ったんだから……もう敬語はいいかなって」
「そういえばそうですね」
ばつが悪そうに彼女がつぶやいた。
けど騙されたとかはもうすんだ話。結果オーライで気にしてない。俺は元気。
彼女が吹っ切れたように口を開く。
「ならいっそ、」
今でも信じられない。この子がヘラクレス。
過去のやり取りの裏側で、しかもフードの下は、
「兎羽歌、って呼んでください」
へ?
「呼び捨て?」
「ダメですか」
「呼び捨てはちょっと。一応職場の先輩だから……」
彼女がしゅんとしてる。
気の毒になった。距離を縮めたくて気を使ったんだろうな。
俺から別の提案をした。
「じゃあ、トワカ“ちゃん”で」
兎羽歌ちゃんがぱぁっと明るくなる。
「大丈夫です!」
問題は片付いたみたいだから本題に入りたかった。
――彼女は
人狼とも呼ばれる。
満月や月夜の晩に変身する魔物。
襲われた人間も人狼になる。
不死身の肉体。
銀製の武器が弱点。
俺の知識はこれぐらい。
「月夜でなくても変身はできますよ。いつでも」
あっけらかんと言われた。
「関係ないのっ?」
「関係ないです。直也さんと顔を合わせた時はいつも夜だったから、それでかな。お昼だと目立つし……。けど私、お月様は好きですよ。気分は良くなるかも」
ニコニコ笑う兎羽歌ちゃん。
「それなら不死身の肉体と銀製品は」
彼女が人差し指を振りながら説明してきた。
「銀は経験ないからはっきりとは言えないですけど、多分大丈夫です。おうちでたまに銀食器を使ってるし、銀のアクセをつけても平気」
銀のアクセをつける子なのが意外だ。
そう思って見てたら、彼女は腕で自分の肩を抱いた。
「体は多分……不死身、に近いです。昔わかること、あったから……」
「それってどんな」
「今は話したくない」
気まずい空気が流れた。
「直也さんには! 気持ちに整理がついたら」
「わかった。その時でいいよ」
瞳の奥に感じる空洞や自分にはなにもないって言葉。やっぱり
「話を変えよう。公園で『誰にも言うな』って言われて速攻本人に言っちゃってた。あの時はごめん」
頭をかいて謝った。
彼女が首を横に振ってる。
「ううん、いいんです。私も言っちゃっただけで。脅したりしてごめんなさい」
「うんいいよ。そうだ『体つきが変わった』って言われたのも変だと思った。鍛えてたけど服でわかるぐらいじゃなかったからね。あれはデマカセだった?」
「なんとなくなんです。自分でもよくわからないけど、勘がいいのかな。私は体型とか少しの違いでも感じるのがあって。見た目なのかな。気配やオーラとかなのかも」
自分の体質や能力をちゃんと把握してるわけじゃないのか。
「ちなみに『
「今はうまく言えないです。変わるとそんな感覚があって。もしかしたら匂いで起きるのかな。けど人を食べなきゃ生きていけないとかはないです。普通の食べ物でも平気だしサラダも美味しいですよ」
至極当然な話を彼女は真面目な顔で口にしていた。俺もきっとこんな顔してる。
「じゃあ匂い。匂いでわかるとも言ってたね。狼人間の嗅覚で一種の超感覚なのかな」
「それもなんとなくなんです。よくわからなくて。前は変身しても感じなかったんです。また変身しても多分すぐには感じないと思う。まだ鋭くないのかも。ごめんなさい」
「いいよ、わからないなら仕方ない。俺が感じる変な匂いの件だけど」
「あっごめんなさい! 私そろそろ午後の出勤に」
「ああ、なら今回はこれで。いってらっしゃい頑張って」
「ありがとうございます! お話の続きはまた今度必ず」
部屋から急いで出ていく彼女を見送った。優しい気持ちで送り出せてよかった。
翌日も変わらず俺はスーパーにいた。
機械みたいに商品を棚へ運んでる。
ヘラクレスの一件が片付いたから辞めてもよかったが、兎羽歌ちゃんもいるのがやめない理由になった。
作業中にお客の一人へ視線がいった。
お菓子を手に取るミニスカートの女の子。
彼女の姿を捉えたのには理由があった。
スーパーではまず見かけない華やかな服装で、店内の雰囲気とかけ離れてる。
それに
褐色の肌。
左側の目が隠れてる長い黒髪。
見えてる右側の目は青い。
それだけじゃない。
初めて見かけたのに見覚えがあった。
うとい俺でも知ってる。
この子は多分――
人気アイドルの、
フライヤ・ハスか。
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