第四話『ヤンキー乱舞』・「ボクが、喰って、やろうか」
俺の部屋に女子がいる。
なんでこうなった。
彼女がドアから入って部屋にあがった。座布団を出した。
だから目の前に十歳も年下の女の子が座ってる。
そこじゃない。もっと前。
勤務が終わって、二人で一緒に歩いてきたからだ。俺のアパートまで。
近いからすぐ。
『近いですね』
覚えてる。家を聞かれて『すぐ近く』と言った自分の発言も。
「どうしました?」
彼女が聞いてくる。
「あ、私が男の人の部屋でどうしましたってそれも変……ですね」
見上げられて目が合う。奥行きのありそうな瞳。
「だ、大丈夫ですっ」
上ずった声がでた。
「ら、楽にしてください」
「はい」
安心したのかほっと息を吐いたのが見えた。脚も崩してる。
「男性の部屋に入るのは初めてで。よくわからなくて失礼があったらごめんなさい」
「問題ないです」
会話の間も彼女が部屋に訪れた経緯をたぐりよせていた。
*
『俺には目的があるんです。今後やりたいことが』
休憩室でうっかり口を滑らせたんだ。
相手は大上さん。
『すごいですね。私はそういうの全然なくて』
『そうなんですか? 大上さんも少しぐらいあるんでは……』
『ないんです。私には人生の展望や夢や目標とか、そういうのが』
寂しそうな顔つきを見てしまった。
仕事の関係上で大上さんとは雑談もして距離感も近くなった。けど少し前の自分を思い出して悲しくなる。
俺も生活保護を受けてるし生きがいもなくて絶望してたんですよ、なんて言えない。生活保護のセの字も口にだせない。
『私はただ毎日働いて生きてるだけで。田中さんは目標があってすごいと思う』
『そ、それほどは』
『どんな目標なんですか? ごめんなさい、そこまで聞くの失礼ですね』
『いえっ。秘密にしてくれるなら』
『もちろん言わないです! よかったら――』
休憩時間も終わるし職場は場所が悪いから話の続きができる場所で。大上さんは実家に住んでるから、スーパーからすぐの俺の家へ。
とんとん拍子の流れになったんだった。
*
「近々ヒーロー活動をしようと思って」
俺が突拍子もない言葉を口にしたから大上さんは目を丸くしていた。
「ヒーローってあの正義のヒーローですか? 悪者と戦う」
「そうです」
ますます驚きの表情を見せた。
笑われるかもと思ったが――
大上さんは笑わなかった。彼女は真剣な表情になって口を開いた。
「応援したい」
「え?」
「応援したいです!」
「えっ、ほんとに?」
「はい! そんな考えを持ってる人が近くにいるなんて。私には思いもつかない目標でした。すごいと思う!」
「そんな……まだ着手してないしで」
否定的な物言いではないけど応援もよくわからない。
「私にできるなら田中さんに協力したいです」
「マジですか。大上さんがそんなに親身になってくれるなんて」
「私はこれと言って時間の使い道もないので。暇人なんです私」
笑みをこぼしていた。
続けて言われる。
「好きなことはあるけど……」
「なにが好きなんですか」
「私は歌とパソコンが好きです。PC関係なら力になれるかも」
PCは得意じゃない。なら頼りになるかも。
それって相棒。パートナー。
閃いて未来が頭に浮かんだ。
映像が口から出る。
「それならいっそ。大上さんも一緒にヒーロー活動どうですか!?」
とんでもない提案をした。
彼女の表情に変化が起こるのも見た。
「すごい。それすごいです! 私もやりたいかも!? 考えてなかった」
「でしょ!」
「私でもいいんですか?」
「いいですよ一緒に!」
その時は嬉しくてテンションも上がって、彼女とタッチして両手を合わせた。
二人で立ち上がって一緒にワーッと喜んだのも気にしなかった。そんな経験は初めてだったのに。
大上さんもテンションが上がったから?
「あの! なら田中さんのお名前、直也さんと呼んでいいですか?」
「もちろんですよ仲間ならっ」
「じゃ私の名前もトワカって呼んでください!」
「了解ですトワカさんっ」
アハハハハと二人で笑い合ってから、俺が好きなのは裁縫やハンドメイドだと伝えた。
物を作るのは好きで今は資金集めをしてること。体作りをしてるのも伝えた。
兎羽歌さんは大げさに「凄い」「尊敬」「私も」と声をあげてたけど、そういう子なんだろうと解釈した。
まだウォーキングだけとは言えなかったが。生活保護の件も。
勤務終わりの夜の散歩は近くの公園によく寄っていた。
公園は小さいがアスレチックの遊具が置いてある。あれを使って体を鍛えられないか考えた。
遊具をチェックして夜空も見た。今夜も綺麗な月夜だ。
ふと集団が公園に入ってくる気配がして反射的に遊具の裏へ隠れた。
隙間から覗いてると一人の顔が灯りに照らされて――
佐藤さん?
周りの集団はあの
なにを話してるんだと思って耳を澄ます。
吊し上げか。
「おい佐藤。アイツ知り合いかなんかだろ」
「オレらは借りがあんだよ。やられた借りはきっちり返す。舐められるわけにはいかねえ」
「今日は
「誰なんだよあのデカイやつ。呼ぶか教えるかどっちだ」
囲まれた佐藤さんも声をあげた。
「ぼ、僕は知りません。その人も、なんの話かさえ知りません……!」
「んだとテメェッ」
「ちょっと待て」
リーダー格らしき男だ。
「この根谷が顔だしたからにはタダじゃ帰れねえ。わかるな、おれの面子がある」
「は、はい……」
「マジで知らないならお前に借りを返してもらう。慰謝料五十万」
「そんなっ」
「嫌なら手足全部折るか? 指をつめるか」
根谷が折り畳みナイフをチラつかせてる。
だが俺の目線はナイフより、彼らの近くにあるトイレの屋根へ向いた。
誰かいるのか。
月明かりをバックに人影が見えた。大きな体格。
瞬時に判断した。
ずっと会いたかった――
あいつ!
緑のパーカーを着てフードを被ってるのがわかる。
どうにかして近寄りたかった。隠れながら回り込むように少しずつ近づく。
大男が身を屈めたのが見えた。なんだ?
怪人物が巨体をものともせずタンッと跳ぶ。
巨体が不良の近くに悠々と着地した。
「マジか……!」
すぐ大男の体が回転して数人を弾き飛ばした。
まるで小さな竜巻! 声がでそうな自分の口をふさぐ。
残る不良軍団も騒ぎだした。
「なんだコイツどっから現れた!?」
「
「根谷さんコイツですよ!」
「格好もあの時と同じじゃねえかこの野郎ッ」
教えられた根谷が大男を睨みつけてる。声も聞こえた。
「コイツはタダ者じゃねえな。お前ら気合い入れろ!」
ナイフを構えて号令をかけている。
けど大男はひるまずにフードの向きで佐藤さんを少し見たのがわかった。
『しつこい、ヤツらめ』
腹の底から、いや地の底から響くような
近づいたから確実に聞こえた。
『ボクが、喰って、やろうか』
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