第五話『敵はハーキュリーズ?』・「弁慶みたいなやつ!」
死角から大男を凝視していた。
やつは月明かりと公園灯の下。
だけど深々と被ってるパーカーの影に隠れて顔は見えない。近づいたのにくそッ。
大男は長
普通だと外では見かけないゴムのような質感の手袋も着けてる。手がデカいからか?
見ていたら、視界から大男が消えた。
すぐ
不良の一人が地面にへばりついてる。殴られた? 速すぎてモーションが見えなかった。
佐藤さんが逃げていく。
ひとまずよかったが、すぐに見る方向を変えて目を凝らす。
大男がホップするように動くのが見えた。瞬間に右腕で殴られた不良が
次のステップと同時に別の不良が左腕で殴られた。ゴウンという音でそいつもふっ飛ぶ。
ジャンプする音がしたと思ったら、大男が離れた不良の前へ着地してもう殴りつけていた。
近くの不良たちへ右拳と左拳、右拳と左拳、一人ずつ順に一瞬。
あっという間に七人の声が消えた。
俺も声を失う。
残ったのはリーダー格の根谷か。
「この野郎テメエッぶっ殺してやるぞッ!」
根谷が雄叫びをあげてナイフで飛びかかっていた。
本気で殺す気か!? 刃で突こうと――
だがヤツのナイフが届く前、持ち手を大男が殴りつけた。根谷のモーションよりずっと速く。
ゴウンと殴りぬいて根谷の腕が曲がる。
絶叫した根谷が座りこんでる。腕が大きく歪んでるのが見えた。
近づいた大男はヤツの脚を片手で持ち上げて、自分の
「てめ、やめ」
根谷が言い終わるよりも早くボギィッと鈍い音がした。やりやがった……!
大男が絶叫する根谷の
俺は移動して聞き取りたかった。ドスの効いた唸るような声を。
『今度、現れたら……両腕と、両脚を、折る。指も全部、折る』
夜でも根谷の顔が真っ青になってる気がした。ヤツは大男の顔が見えてるのか?
『いや、悪さでき、ないように……やっぱり、
パァンと平手打ちの音がして根谷が気絶した。
息をのんだ。遊具の裏から覗いてるがもうかなり近い距離だ。
心臓の高鳴りで気づかれないかと心配になるぐらい。
大男がふと肩を揺らして立ち上がった。
『見てたな』
独り言か?
『誰にも、言うなよ』
違う、俺に言ってるんだ。
大男はすでにこちらを向いてた。
フードの中は真っ暗。けど見られてる。
真っ暗なフードの中で光る、
二つの眼――
目が合った
振り向かずに走れ。
ランニングを思い出せ。
あれより必死に脚を前に!
まだ相手にならない。今はまだ――
背後で
翌日の俺は何事もなかったように仕事をした。佐藤さんはさすがに休んでるか。
なんにせよ伝えるべきだと思った。
「あの、大事が話がありまして」
「はい。なんでしょう」
彼女は年下なのに相変わらずなんでも受け入れてくれそうな雰囲気がある。
これが母性的な子ってやつなんだろうか。
「あ、あの」
「はい」
いやそんなのはいい。
邪念を振り払ってしかるべきことを言う。
「すみません、ここじゃちょっと……けどお話したくて」
「ああ、そうですね、今は仕事中ですから終わったら例の場所で」
例の場所。少しの間どこかわからなかった。
だから兎羽歌さんの
俺の部屋にまた女子がきている。座ってる。俺も座ってる。
二度目となれば混乱もせずちゃんと流れも覚えてた。
二人ともスーパーの制服のままだが兎羽歌さんが部屋にいるのは新鮮な気分。
「それで大事なお話って」
正座の彼女がまじまじと見つめてくる。焦らしちゃいけないな。
やつは『誰にも言うな』と言ってたが従うつもりは毛頭なかった。
「実はですね。ルハラマートの近所に
「弁慶?」
「そうなんです。弁慶みたいなやつ! 大男がっ」
兎羽歌さんは困ったような顔をした。
まあそうなる。
だから俺は立ち上がって必死に
きっとオタクみたいな早口の熱弁になってた。
「――という話なんですが」
理解できますでしょうか。とは続けなかった。なかば無理だし笑われても当然。
けど彼女は
兎羽歌さんが顔をあげた。
「了解しました。直也さんがヒーロー活動を目指すきっかけは、その怪人物……だったんですね」
すんなりで拍子ぬけだ。佐藤さんの件はもういいんだろうか。
「そうです。今はまだどうにもならないですが」
「どうするつもりなんですか」
「俺はあいつと対戦してみたいんです。今はまだ勝てそうにないけど、できれば捕まえたい。何者なのかを問いつめたいんです」
「そう……なんですね。けど危険じゃないかな」
百も承知だ。人生が変わる目的ができた時から。
「人間離れしたやつですから。けどあんなのと出会う経験なんて滅多にない! だからこそやらないと。ヒーロー活動なんて到底できないと考えてます。それにこう見えても昔は少し
兎羽歌さんは黙ってしまった。なにを考えてるんだろう。
沈黙がだんだん辛い。話題を振ろう。
「け、けどいつまでも『怪人物』とか『大男』って呼び方は不便だなぁ。なにか適当な呼び方ってあります?」
「……弁慶でいいじゃないですか」
「弁慶はちょっとシャキッとしてないなって。海外の名前のほうがいいかもなんて」
彼女が強い目で見つめ返してきた。
「じゃあ、ハーキュリーズ」
「ハ、ハーキュリーズ?」
「あ、そうですね、ごめんなさい。ヘラクレスのことです」
「ああっヘラクレス! なるほど弁慶よりはいいですね~」
これ以上の呼び名もないから『ヘラクレス』に決まった。と言っても兎羽歌さんと話す時にしか使わないが。
「あの……」
彼女がなにか言いたげだ。
「なんです?」
「私、」
一拍おいて彼女の口から力強く言葉が出てきた。
「この世には不思議な出来事があると思ってます。そのヘラクレスや他にも……。だから直也さんの話も信じます。あっ違う違う、もしこの件がなくても直也さんの人柄は信じてます!」
気がぬけたような気持ちになった。肩の力もどこかぬけた。この子に話してよかったと感じた。
けど話してる間も、あの変な匂いは鼻の奥まで入ってきていた。
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