第二話 『人生再起動!』・「俺の人生は!変わる!」
人生初の試みとして軽いウォーキングを始める。早朝の散歩と言い換えてもいい。
散歩はうつにも効くと医師に聞いた記憶もあるし一石二鳥だ。
興奮したからなのもある。危機感かもしれないし不安なのかもしれない。
とにかく立って歩きたい気分だった。
ジャージを着た俺はアパートの階段を降りた。道路の向こう側、スーパーの裏手も見える。
裏手に不良軍団の残骸は見当たらない。目覚めたやつらは尻尾をまいて退散したんだろう。
俺はといえば混乱でよく眠れなかった。
緑色のパーカーの、フードをかぶった大男。
一体何者だったのか頭から離れなかった。
スーパーからは離れるように道路沿いを歩いた。
とりあえずぐるっと回ってアパートに戻るコース。
朝の匂いと自由な空気を吸うと体が軽くなった気がした。
学生時代はよく
けど頭はクリアになっていく気がした。
たしかに新型うつにも効くかもしれない。結論づけながら歩く。
歩きながらまたフードの大男の行動を思い出す。
何者かはわからない。だがやった事実は明白だ。不良に痛い目を見せた。
やつらは溜まり場を変えるしかないだろう。少なくともスーパーの裏手で恐喝する事件はなくなる。
想像するといい気分になった。
早起きなスズメも鳴いてるな。今なら歌声みたいにも聞こえる。
対面から歩いてくる人物が見えた。
例のスーパーの制服で上着を羽織ったスカート姿の女の子。
出勤か。制服まで着てえらく早い気もする。
向かってくる子はいかにも地味で存在感がないタイプ。髪をアップしてまとめてる以外は目立つ部分もない。
あの子、店の中で見かけたっけな。記憶の中を探りながら通りすぎようとする。
働き者だな俺と違って。
何気なくチラリと目が合った。
案外
ごく自然に視線を外されて、
俺も
すれ違う瞬間――
なにかが
違うか。
気がしただけで、なぜだか匂いだとわかった。
香水とは違う、
妙に古めかしい、
生臭いような、
けど新鮮で嗅いだ経験もない、
落ち着くけど胸騒ぎもする、
変な匂いだと気づいた。
やっぱり香水か。
俺が振り返って見てると女の子はすたすたと歩いていた。
彼女はキョロキョロと安全確認してから、道路を渡りスーパーへ向かっていく。
あんな地味な雰囲気の子でも刺激的な香水をつけるもんなんだな。
ナンパした経験はないけど俺がしたくなるのはこういう時だろうか。女の子の後ろ姿を見ながら思った。
まあ見ず知らずの他人で無関係だしどうでもいいな。
気分を切り替えた。
勢いがよすぎたのか次の気分では走り出していた。
前を見て腕を振る。
これだとウォーキングじゃない。
ジョギングだ。
走りたくなったから、感覚を理由にとにかく走った。
――走れ!
自分に命じた。
けど二十九歳はやっぱりもう年かな息がすぐあがる。
走ってる最中にコースも変えた。
新たな目的地へ向かう。
苦しかったけどなにかの意地が体を支えた。
意地の先にあったのは、
脳裏に浮かぶ、あいつ。
あの大男!
そうだ。
俺ができないこと!
できない。
くそッ!
やったな。
すぐ近所で!
なんなんだ。
悔しい!
情けない。
なんでだ!
わからない。
わからないけど嫌だ!
今さらどうして。
なにが起こった!
わからない。
だから!
走るしかない。
くそッ!
五分以上は走って神内川の前まで辿り着く。
めちゃくちゃ息が苦しい。
川を見ながら
こりゃ明日は筋肉痛になるな。と感じて少し後悔もしたが、いい気分でもあった。
なにかをやりきった感覚と自分で目標を決めてそこへ到達する快感。
最近の神内川や河川敷は案外綺麗だ。こうなると清々しいな。
ふいにだった。
ここなら……だったらまだ――
バカっぽい考えだったが俺は周りを見回した。
人通りは少ないし民家からも距離があるな。
大丈夫じゃないかここなら。
ささいなキッカケがあればと思っていた。あれもこれも解決するような。
キッカケが少しでもあれば変わるかも。
今までは尻込みしてたけど、今ならほんの少し。
また脳裏によぎった。
大男の行動。
うつも凌駕するような流れに乗るのは今しかないと思った。
立ち上がる。
この時。
それで俺は目をつむった。
拳を強く握りしめる。
爪が食い込むぐらい。
だから叫ぶんだ。
「俺の人生は! 変わる!」
さらに両腕を掲げて。
胸を張って。
もっと大きな声で!
「俺の人生はーッ! 変わるッ!!」
腹式呼吸でもなく喉で声を出した。
急に叫んだから喉が痛いけど変な気分でまだイケる。
俺はイケる。
これで!
「くそおおおおおおーッ!」
まだイケる!
「おおおおおおおおーッ!」
雄叫びをあげろ。
「ああああああ!」
頭の中が弾けて、またふっと言葉が浮かんだ。
「――――ゲインーッッ!!」
言った途端にきびすを返して猛ダッシュ――
速く!
もっと速く逃げろ。
恥ずかしい!
早朝から河川敷でバカみたいに叫んで恥ずかしい。
恥を振り払うみたいに脚を動かす。
やっぱり息苦しかったが、可笑しくて晴ればれした気分になっていった。
ウォーキングは初日から失敗した。
走っちゃダメなんだ。
けど次からはちゃんと歩けばいい。
手応えはあった。
今後も定期的に歩こう。
夜は窓際に待機した。
夕飯も窓の外の景色を見ながらだった。
スーパーの営業時間も終わったが、やっぱり不良軍団の姿はない。予想通り懲りたんだな。
それでも俺はずっと窓から覗いていた。静かに観察していたかった。
パーカーの怪人物がまた現れないか。どうなるのか期待したんだ。
答えは明白だったのにそれでも待っていたかった。
翌日もやっぱり寝不足で、ふらついてもスーパーの裏手に来ていた。
不良軍団がたむろっていた場所だ。怪人物の痕跡がないかと少し探した。
期待は簡単に外れて俺の気持ちに沿うような痕跡はなかった。
買い出しも兼ねてスーパーの入り口側に立つ。
自動ドアの隣。ガラスの張り紙にも自然と目がいった。
『従業員を募集中』
張り紙の内容に目を通して、考えるべき今後があると俺は悟った。
足を自動ドアの前に置く。
まずは買い物からだ。
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