I am not her heroine

夢見アリス

第1話 I am not her heroine

「好きです」

 これほど端的かつ分かりやすい言葉もないだろう。

 伝えられた言葉の意味は理解できるのに。

「好きです」

 分かってないと判断したのか、もう一度同じ言葉を繰り返した。

 私は思わず天を仰いだ。何が起こったのかと。

 目の前の美少女は私に好意を告げているこのシチュエーションは何だ、と。

 放課後の屋上に呼び出され、告白されるなんて今どき漫画でもない気がする。

「えーと、藍川さん」

「唯織です」

「……唯織」

「何でしょう?」

 ぶすっとしたかと思いきやキラキラとした目で見つめてくる。

 相変わらずのマイペースなその感覚に思わず気圧された。

 藍川唯織。私の1つ下。

 縁あって仲良くなり学校ではよく話す部類の後輩にあたる。

 そして学年で1番の美少女と名高い。

 数えきれない告白は好きじゃないから、の名の下に切り伏せられてきた。

 そんな彼女が、だ。

 私のことを好き? 冗談じゃない。

「あの、私は美人でもなんでもないんだけど」

 違う、そういうことが言いたいのではない。

 自分が美人かどうかなんてこの際どうでも良いのだ。

「何で私?」

 ぐるぐると回った言葉は端的な質問に行き着いた。

 その言葉に彼女は笑った。

 ちょうど屋上の向こうに沈む西日が彼女と重なる。

「先輩だからですよ」

 表情は見えない。それでも彼女が笑っていることだけはよくわかった。

「先輩は私のヒーローです」

 大層な言葉とともに西日の煌めきは遠くに落ちていった。

「随分な過大評価だと思うけど」

「先輩は過小評価しすぎです」

 お互い譲らない評価基準は方やニコニコと、方や苦虫を潰したような顔をしていた。

 こんな平凡な私がヒーロー? しかも学校でも指折りの美少女の?

 今どきヒーローを自称するバカはいないけれど、ヒーローと称されるやつも珍しいだろう。

 一体私が彼女に何をしたのだろう。

「覚えてませんか先輩」

 夕暮れが終わろうとしているときに風がひゅうっと舞った。

「私、先輩に助けられたんですよ。ここで」

 ちりん、と風鈴の音がした気がした。



 あれはいつだったか、そう、春の話だ。

 4月になり、新入生が入ってきて間もないころの話だ。

 私は教室でも適当にクラスメイトと話し、適当に生きてる人間だから親しい友人はいない。

 もちろん部活にだって入ってないから後輩もいない。

 そんな私は決まって昼は屋上の階段で食べることが多い。

 小説なら学校の屋上は開いているのに、と何度思ったか分からない。

 そして今日も今日とて変わらず屋上の階段に行くと、1人の少女が膝を抱え込んで座っていた。 

 私はそれを見て教室に戻る選択肢も考えたが、それはそれで話しかけられるダルさを考えてそのまま隣に座ることにした。

 こういう悩み事ありますオーラのやつは基本的に話しかけない。

 面倒ごとにはかかわりたくないタイプなのだ。

 もぐもぐとパンを食べてひと眠りした後私は階段を下りた。

 彼女はまだ抱え込んだままだった。

「ねっむい……」

 次の日も昼休憩に屋上へ続く階段へ行くと彼女はいた。

 今さら気にしないがおそらくいじめかなんかだろうと予測を立てていた。

 首を突っ込む気はないけど彼女はこうして毎日嫌々学校に通ってるのだろうか。

 狭い区域内と言う世界で1人怯えて暮らしているのだろうか。

 そんなことを考えていると彼女は顔を上げた。

 涙で顔を濡らした綺麗な顔がそこにはあった。




「えっと」

「……」

 目線が合った以上、何かを話そうとしてみるが今一言葉が出てこない。

 しどろもどろになりながら出てきた言葉はこんにちは、という変哲もない挨拶だった。

「……」

 彼女は返してくれはしなかった。

 前髪が目元まで降りていてよく見えないけれど顔立ちは綺麗だった。

 小顔で白くて手足も細い。女

 子の理想体型とはこういうのを言うのかもしれない、なんてぼーっと見ているとまた顔を伏せてしまった。

「予鈴鳴るけど」

 思わず声をかけた。始業まであと5分だ。

 先ほど胸につけていたリボンを見る限り1年生のようだ。

 ここから教室までは5分ぎりぎりといったところかもしれない。

 彼女はここから動こうとしなかった。

 そしてそんな彼女に段々イライラしてきた。

 いや、半分八つ当たりだ。

 人の快適空間に侵入しこちらが声をかけても無視する。

 そしてそのぐずぐずと閉じこもった精神が気に入らない。

 この八つ当たり以外何でもない感情をぶつけたくなってしまった。

 スマホで友達にメッセージを送り再び座っていた階段に戻った。

「ねぇ」

 声をかけるとびくりと肩を揺らした。

「いつまでそうしてんの」

「……学校が終わるまで」

 か細くて消え入りそうな声が聞こえた。

「暇だね」

「……」

 うつむいた顔は上がらなかった。

「どうでもいいけどここ、私の昼休憩の場所だからどっか別で泣けない?」

 心底冷たさを孕ませて言ってみた。

 中々冷たいことも言えるのだなと自分の演技力に自画自賛してしまった。

 そしてそれは効果があったようで、悲し気に顔を歪ませてこちらを見た。

「私にはもう行く場所がありません」

「そんなことないでしょ。教室がダメなら保健室、それが嫌なら空き教室でも使えば?」

「先生には会いたくないです。空き教室も誰かが入ってくるかも」

「ここにもばっちり私がいるんだけど」

「……」

 すぐに俯く顔に面倒だなと頭をかいた。

「まあ何があったか知らんけど学校変えるか自宅で大検取れば? 今どきそんな人ザラでしょ」

「でも……」

「こんな狭い箱庭でうだうだ苦しんでるの、だるくね? それに1年でしょ? まだ半年も経ってないのに苦しいならここは合ってないよ」

 ちょっと言い過ぎたかもと思いつつ同時に正論過ぎたなと後悔した。

 人には人の理由がある。それが一時の感情だったとしても。

 先生にも親にも知られたくない、ああいう人たちは物事を大きくして生徒同士の勢力図を歪ませる。

 この子は1人で闘っているんだろう。少なくとも学校に来ている時点で立ち向かっていることは分かる。

「先輩は……」

「ん?」

「先輩はこの高校楽しいですか?」

「いや別に?」

 その言葉が意外だったのか彼女は大きく口を開けた。

「私、部活入ってないし親しい友人? みたいなひともいないし。あ、別にぼっちとかじゃなくて休日に遊ぶような人的な意味ね」

 何に言い訳してんだか、と思い一度咳ばらいをする。

「学校の目的って色々じゃん? 部活とか大学とか恋愛? とか。別にこの学校がすべてじゃないんだし。私的には卒業したら会わないだろう人のことなんて興味ないけどね」

 べらべらと話しすぎたかなと思っていると彼女は髪の下の大きな目が輝いて見えるほどキラキラとさせていた。

「先輩はすごいですね」

「いや、どこが?」

 今の話にすごい要素あったか?

「私は学校は行くべきところで何でもやれないといけないと思ってました。けど違うんですね。学校は色んな目的があっていいんですね」

「高校は義務教育じゃないしね。堕落して留年しようと東大行くために頑張ろうと個人の自由だと思うけど」

 その言葉を受けて彼女はすくっと立ち上がった。

「先輩、ありがとうございました!」

 一礼をして彼女は階段を駆け降りて行った。

 あっという間に見えなくなった彼女に頑張れ、と謎のエールを送ってサボった残りの授業の時間を寝て潰すことにした。

 それ以来彼女は階段には来なくなった。

 きっと上手くやれてるんだろう。この学校かは分からないけれど。

 そしてちょうどそのころから1つ下に美少女がいると噂が立ち始めた。




「あの時の……」

「はい!」

 だからか、と納得した。

 偶然図書館で一緒になったりして、声をかけられたことがきっかけで親しくなったのが彼女だった。

「雰囲気違いすぎて分かんなかった」

「先輩のおかげです」

 あのころとは違い目元は隠れていない。優し気に、清楚さすらまとった彼女。

「先輩の言葉で私は普通でいることを止めたんです」

「普通でいること?」

「何でもこなそうとする自分。分け隔てなく、みんなと合わせる自分。そういうのを取り去ったんです」

 彼女は大きく腕を広げて嬉しそうに話す。

「世界はここだけじゃない。たぶん2年後には顔も名前も忘れるような人たちから何を言われたところで気にできるほど私は私を捨ててなかったんです」

 いつかメッセージのグループからも抜けてしまう。個人メッセージは知らない人にカウントされブロック、または既読すらされぬまま消えていく存在。

「ずっと先輩だけを見てきたんです。先輩の言葉が私の心のカタチをしてる。そんな先輩と一緒にいたいと思うのは変ですか?」

 ぎりっと噛み締めた奥歯が鳴った気がした。

 この子は私の何でもない言葉に形づくられた儚い子。

 そんな人を私は――。

「先輩? 好きですよ」

 天使の微笑みを携えた彼女はゆっくりと近づいてきた。

「私はあなたのヒロインになれますか?」

 そう告白した唯織の眼は少し潤んでいて私は何も言い返すことができなかった。

 ヒロイン?冗談でしょ。

「っ……なれるよ」

 そう返事をすると彼女は嬉しい、と泣きながら微笑んだ。

 可愛くて綺麗で壊れ物のように繊細な笑い方だった。

 唯織は目を閉じて初めてのキスを交わした。

 触れただけの唇は少し冷たくて心まで凍りそうだった。


「これからよろしくお願いしますね?」

 後ろで手を組んで恥ずかしそうに言った。

 今日は帰りましょう? と手を繋いで屋上を下りた。

 見つめる彼女の目が痛い。

 何でもない私の人生観に騙された哀れな子。

 早くフッて。お願いだから。

 だって、私、私が本気にしちゃう。

 優しく笑う横顔が、真剣に本を読む顔が、嬉しそうに駆け寄る彼女に恋をしたのは私だ。

 あぁ、そんな目で見つめないでよ。 

 きっと私はガラスの靴なんて履けやしない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

I am not her heroine 夢見アリス @chelly_exe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ