YプロリレーNo,9

西井ゆん

2000光年のアフィシオン

第一話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890555572

第二話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890620812

第三話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890623821

第四話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890651852

第五話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890658871

第六話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890674081

第七話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890732551

第八話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890737795



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「知の至宝とは、これまた大げさに言ってくれるね。そんな大層な人間など、この世のどこにだって、きっといないさ」

 私はただ、誰でもできることを誰でもできるようにしただけだよ。


 深く笑ったその表情。 

 目の前で変わったその感情の変化を見て、俺はより、疑惑を確信に固める。


 その目は——光がない。


 固定された視線の先は宙に向いていて、とても危うい印象が濃い。


 しかしそれでも。

 彼は目の前の状況はしっかりと把握しているのだろう。

 例えばミゼラリ——と、そう彼が呼んだ少女が、今何をしているのか。

 どんな表情で、どんな疑問を、そしてどんな物体に向けて問いかけているのか。

 それらすべてを理解し、咀嚼し、

 そんなことが、どうしてかわかった。

 彼を見た俺には——それがわかった。


「……いや、違う」


 自分の考えに首を振る。

 唐突に首を振る。


「違う。そうじゃない」


 そうだ。

 違う。

 違う。

 違う。

 全然、違う。


 現実を、見ろ。


 後ろを振り返らないで。

 前を振り向かないで


 現状の打開策を、

 現状を。 

 確かめろ。


 今を——見ろ。


 そう言い聞かせて、

 自分に深く言い聞かせて、

 俺は見た。

 改めて、

 前を見た。


「……初めまして。ツルゲネフ……


「ああ。初めまして。アルバくん。君に会えて光栄だよ」


 その言葉を受けて、受け取って。


 俺はまた——言葉を掛ける。

 とうとう我慢できず。

 感情を制御できていないことを感覚的に捉えながら。

 今度は視線をそらして。

 彼をまっすぐに見ずに。

 まるで——

 俺は言葉を出す。


「……久しぶりだな。——


「ああ。久しぶり。アルバトロス。ずっと会いたかったよ」

 元気そうで何よりだ。


 その最後に出た言葉は、果たしてに向けられたものなのか。

 あるいはに向けられたものなのか。


 それはきっと重要なことではないのだろうけれど——しかし。

 俺にはとても気になった。


「…………」


 気恥ずかしさを残しながら。

 心の中が蠢きながら。

 それはとても知りたい事だった。


「…………ぁ」


 口は動かない。動かせない。

 聞きたいことはたくさんある。


 なぜ俺を置いていった。

 今まで何をしていたのか。

 どうしてそんな痛々しい姿になっている。


 それでも——どうしても言葉が出てくれない。 

 出ようとしてくれない。

 俺は、思わず唇をかんだ。


「——少しいいかね?」 


 そんな独特の緊張感の中。 

 目の前の老人は声を出す。

 それだけで、なぜか空気は弛緩した。


「ちょっと……難しく考えすぎだな」


 目を細めて、優しい表情になる目の前の老人は。


「世の中ってのはもっと単純で、わかりやすく、明快なものなんだ」


 ほとんど死んでいるように儚げで。


「そして——私のやることだって、何も変わらない。難しく見えるだけのものを——ただ簡単にするだけだ」


 ほとんど生まれたてのように、生命力があった。


 「だから——」と彼は続ける。

  

「だから、私は君にも同様にしてあげよう。簡単に、これからの道を整えてあげよう」


「……簡単に」


「ああ。そうだ」


 彼は満足げに頷く。


「君が今悩んでいる選択肢はきっと細かくはいろいろあるだろうけれど——それでも基本はたった二つだ」


 一本欠けているその四本指の内、二本を掲げて彼は言った。


「——か」

 

「…………」


「まあ私としてはどっちでもいいんだ。結局本質的にはその二つは両方君で、どちらも変わらないのだから」


「…………」


「しかし、ここにきてから、そのどちらで私と対話をするのか。それにずっと君は悩んでいる。周りはもちろん。私のような視覚障害者にさえ、簡単に捉えれてしまうほどに、な」


「…………」

 

 セリフを受けて、俺は周りを見る。

 そこには俺を不安げな視線で見つめるダラックマ《堕落熊》と三女の姿。

 何か言いたげなその四つの瞳はただ光に反射し揺れるだけで、俺と同様その口は動くことはない。


 ふと。

 足元に柔らかい感触を感じた。

 視線を向ける。

 なんてことはない。

 先ほどのボールだった。

 その転がってきた方向に視線を向けると、老人とともにいた少女が、感情の見えない表情で俺の方をじっと見つめていた。


 その目元の釣り上がりは——どうしてだろう。とても見覚えがあった。

 

 俺はボールを軽く握って持ち上げ、彼女の方向に投げる。

 意外と飛んだそれは彼女の頭の上を飛んで行く。

 それを追うように、その少女は背を向けた。

 視線をボールから離さず、追いかける。走る。


「「「……あ」」」


 若い衆三人(ぬいぐるみ一匹あり)の声が被った。

 

 ……コケたのだ。

 それも結構派手にコケたのだ。

 ゴスロリ風のスカートを翻して。

 頭の上のカチューシャをひっくり返し。

 胸元にある『ミゼラリ・ウザス』のプレートをひん曲げて。

 顔から地面にダイブしたのだ。


「…………」


 しばらく固まったままの少女は。

 しかしその後、すぐに顔をぬぐって、立ち上がって。

 ミッツアミヌやダラックマ《堕落熊》の声に聞く耳を持たず、差し出された手に見向きもせず。

 自分の格好などに気を止めないで

 汚れた顔など見向きもしないで

 また、歩き出す。

 壁の近くに転がるボールに向かって、

 ゆっくりしっかり——歩き出す。


 そして、ボールを手に取った。

 それにようやくたどり着いた。

 

 感情の見えない表情はあいも変わらず動くことはないけれど。


 それでもなぜか——少し嬉しげに見えた。


 暖かく見えた。

 

「…………」


 それらを見て。

 一連を見送って。


 少しだけ微笑んで。

 下を向く。

 目をつぶって下を向く。

 

 一呼吸。

 吸く。

 吐く。

 肺の中を、入れ替える。

 緊張が——いつの間にかなくなっていることに気づいた。


 全く。

 ほんと……敵わない。

 

 俺は——いつも周りに助けられてばっかだ。


 フラン、ミッツアミヌ、フォッカ、ミゼラリ。

 はたまた死にかけのジジイにまで。


 ほんと……いい加減にしなくちゃいけない。

 そろそろ……自分でなんとかしなくちゃいけない。

 いい加減——ボールぐらいは自分で取りに行けなきゃいけない。

 

 俺は視線を戻した。

 そこにはもう——はいなかった。


「——なあ


「なんだ。


「教えてくれ」


「何を……いや、どっちを、かな?」


 何かを含んだセリフの中、は問いを含んだ笑みを浮かべた。

 俺は答える。


として……。俺のこと——。今までのこと——。俺を捨ててから、今日まで過ごした日々のこと——」


「…………」


として……。ウザスのバカ親とツインテリナが何をしているのか——。フランは元に戻せるのか——。俺の敵は一体何なのか——」


「…………」


「そんなことは——全部どうでもいい」


「……ふむ」


「聞きたいのは——たった一つだ」

 目を見て。

 俺は聞いた。


「どうすりゃ全部うまくいくのか、とっとと教えろこのハゲ」


 ——なるほど。

 確かにが言った通り、世の中ってのは存外単純なわけである。



*****



「——キャストそれぞれの目的を整理してみろ」


「目的?」


 その後。

 ひとしきり笑った後に親父が言った言葉がそれだった。


「ああ」


 反復させた言葉と傾げた首の動きに対して、満足げに頷いた親父は続ける。


「その各々の『目的』——言い換えれば最も大切な存在——を分析してみろ」


「大切な……存在」


「そうだ」


「それらすべてを、分析して。……で、どうなる?」


「知らん」


「…………」


「まあ落ち着け、そんな目で私を見るな。……だからさっきから言ってるだろう。私は特別難しいことができるわけじゃない。ただ『難しい物事を簡単にする』程度のことしか私にはできないんだ。そして今は——その方法をお前に教えているに過ぎない」


「…………」


 まあそうか。

 と、無理矢理に納得をして腹を収める。

 彼は続けた。


「……で。そのというやつはその一歩目なんだ。後はその集めた『目的』と『大切なもの』の妥協点を探して辿って最後、その問題の核心を見つける。それを解消する努力に全労力を向ければ——それだけで、問題は全部解決する」


「……それだけ?」


「それだけだ。というか古来から世の中の問題はほとんどこのパターンで解消可能だ。解けない問題というのはそもそも、それが問題になることもないからな」

 リンゴが地面に落ちる——そのことを今まで誰も問題視してこなかっただろう?


 彼はゆっくり口角を上げた。


「…………」


 なんだか丸め込まれている感と、騙されている感が半端ないのは置いておいて——ともかく、だ。


「要は——俺は何をすればいい?」


「ウザス大佐、我が国の大統領、謎の敵機『マニューバ』、そこにいる君の大切な人と、四人の妹たち。そして——何より君自身」

 それら全員の『目的』と『大切なもの』を整理し、それらの最大公約数を求めて——


「最後、その実現への努力をする」


 ほら、簡単だろう?


 彼はまた、最初の時と同様の優しい微笑みを見せた。

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YプロリレーNo,9 西井ゆん @shun13146

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