プログラム:カタオモイ

藤光

カタオモイ

 恋っていつの間にかはじまっていて、あるとき唐突に終わるものだ――そういったのは、彼。




「尾瀬といいます。桐山さんを担当させていただきます」


 出会いはなんてことない、美容師とカットを依頼したお客。彼はまだ若い男の子と言っていい年格好だった。そして、私はすぐにこの美容院にやってきたことを後悔し始めた。


 とにかく美容師としての所作が板についていないのだ。


 準備にはもたつくし、むっつりと無愛想で、カットの技術も下手、櫛の当て方は乱暴で、ブローのドライヤーは熱すぎた。


「熱っ」


 我慢しきれずにあげた悲鳴に、彼は何が起こったのか状況が把握できていないようだった。


「すみません……」


 とりあえず謝ってはみたものの、どうして謝罪しなければならないのか釈然としない彼の様子が見え見えで、それにまた腹が立つ。


 ――二度とくるか、こんなところ。


 と思ったけれど、しがないフリーターなどやっている私に、アパートから徒歩五分。フリーペーパーのクーポンで50%offの『cololo hair』は魅力的な美容院だった。




 二ヶ月後、ふたたび『cololo hair』にカットを依頼した私の担当に当たったのは、またしても尾瀬くんだった。


 ――最悪。


 素知らぬ顔で座っていると彼が現れて、優しく髪を撫でつけながら鏡の中の私に微笑みかけた。


「おはようございます、桐山さん。お元気でしたか」


 爽やかなあいさつと、にこやかな笑顔に虚を突かれた私は、目を丸くして鏡の中の彼を見つめた。ほんとにあの尾瀬くんか?


 前回の愛想なさが嘘のようだ。


 あいさつだけではない。カットする技術だってこの間とは全然違う。軽快にハサミを扱う手さばきは鮮やかで、最後まで不快なことはなにもない。すごく上手になっている。


 あまりに快適なので、彼にそのことを伝えると。


「ありがとうございます。ぼく下手くそなんで、いつも練習してるんです。ほめられて嬉しいです」と言って言葉少なに、はにかんでいる。


 年下に興味はないけれど、なんだかかわいいじゃないか。




 そんな私が彼のことを好きになってしまったのは、三度目に『cololo hair』へやってきたときのことだった。また尾瀬くんが私の髪をカットしてくれた。


「桐山さんって、仕事は何されてるんですか」


 心地よいくらい優しく、私の髪を扱ってくれる手際に、うっとりとしながらおしゃべり。すっかり打ち解けた尾瀬くんは意外に聞き上手で、私から色々と言い出してしまう。


「フリーターなの。趣味は小説を書くこと」


 嘘だった――。


 フリーターなのは本当。でも小説が趣味だというのは嘘。

 私は真剣に小説家になることを目指している。ライトノベル作家になるために、いまも小説を書いている。

 でも、そんなことだれにも言えない。


「ぼくも書いてました。知ってます? 角山ライトノベル大賞」


 もちろん知っている。ライトノベルを代表する新人賞だ。実は私も毎年応募している。最終候補には残るけれど、いまだに賞には手が届いていない。


「おととしの受賞作、ぼくの作品です」


 どきんと心臓が止まるかと思った。


 尾瀬ナナ――『マジカル・キッス』は、その着想と文体が選考委員から絶賛されたライトノベル大賞受賞作だ。その才能の前に私は打ちのめされたっけ。


 まさか、その尾瀬くんなの?


「桐山レイ――さんですよね、『魔導学院のアフタースクール』の。受賞できなかったけど、あの作品とても良かったです」


 まさかまさか、私のことも知ってた! みるみる自分の顔が赤くなっていくのを感じる――。嘘なんかつくんじゃなかった。恥ずかしい!




 でも、このことがあってから私と尾瀬くんの距離は一気に近づいたような気がする。彼のようなすごい才能がある人が、私の作品を読んでいてくれたことにも感激した。冒頭のようなクサイ台詞も、彼が使うとなんだか様になる。


 ――恋っていつの間にかはじまっていて、あるとき唐突に終わる。


『マジカル・キッス』にある主人公の台詞だ。

 魔法のKISSかあ、彼の言葉こそ魔法だ。

 私は舞い上がり、恋してしまっていた。




 二ヶ月後、『cololo hair』へカットにやってきた私の担当は尾瀬くんではなくなっていた。てきぱきとカットしてくれるけれど、どこか事務的な女性の美容師に尾瀬くんがどうかしたのか尋ねると。


「申し訳ありません。彼はメーカー修理に回っています」

「修理?」

「ええ。尾瀬――試行機体Oz-7は、修理に出ています。もともと、お客様に喜んでいただけるようプログラミングされたAIを実装していたのですが――」


 その後の会話は、上の空だった。


 どうやら尾瀬くんは、試行中のAI(人工知能)で、人間ではなかったらしい。顧客の情報に照らして、喜びそうな話題を振るよう調整されていたけれど、彼は少しやり過ぎていたようだ。


「なんだかOz-7に恋してしまうお客様が現れてしまって……」




 髪を切ってもらいながら、もう『cololo hair』には来られないなと私は考えていた。

 

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プログラム:カタオモイ 藤光 @gigan_280614

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