第24話
「果澄、三番テーブルにお願い」
「はい」
喫茶店で働き始めた当初は、客の元へ向かうたびに内心ドキドキしたものだが、今ではずいぶん慣れたと思う。目玉焼きが載ったナポリタンをテーブル席に
数名分のサンドイッチを手際よく皿に並べる翠子は、すっかり元気そうに見えた。本人の言葉を、ひとまず信じてもいいのだろうか。魚の小骨が喉に刺さったような気がかりは、テキパキと立ち働く翠子の姿を見るうちに、徐々に過去のものになっていった。
からん、からん、と木製扉のベルが鳴ったのは、そんな矢先のことだった。厨房から振り向いた果澄は、目を
「いらっしゃいませ……え?」
現れたのは、常連客の
「
「おねーちゃん、こんにちは!」
元気な挨拶を返す女の子は、五歳くらいだろうか。花柄のフレアスカートと
「は、はい」
「どうも」
浅く
「あの子は、
「あっ、うん、ごめん」
慌てた果澄は、急いでグラスに水を注ぎ、テーブル席に持っていった。こちらを見上げた佐伯は、いつもと同じ
「オムライス一つ、オレンジジュースひとつ。あとは、いつもの」
「はい」
「じいじ、アイスもたべるー!」
「クリームソーダは、ごはんを食べ終わったあとで、本当に食べられそうか、もう一度考えてからにしなさい」
ほのぼのとした二人の会話を耳に入れながら、オーダーを伝票に書き留めていると、熱い視線を感じた。日菜乃は、小さな頭を上に向けて、果澄をじいっと興味津々の目で見つめている。新種のカブトムシでも見つけたようなキラキラした眼差しに狼狽えた果澄は、いつも通りに一礼すると、厨房へと退散した。
「新しいお姉さんが、物珍しいのかもね。日菜乃ちゃん、果澄が『波打ち際』に来てからは、初めての来店だから」
「あんまり子どもと話す機会がないから、どう接したらいいのか分からない……」
「いつも通りでいいんだよ。子どもでも、大人でも、大事なお客様だってことは同じなんだから」
二つの卵を調理台に用意した翠子は、クロックムッシュ用の食パンに手を伸ばしながら、先ほど果澄が厨房に持ってきたばかりの伝票をちらと見る。そして、どこか試すような顔になると、楽しげに言った。
「ねえ、果澄。日菜乃ちゃんのオムライス、果澄が作ってみない? クロックムッシュと飲み物ふたつは、あたしが引き受けるからさ」
「えっ? ……私が?」
目を
「今までに何度も練習して、花丸の味になったことを、あたしが認めてるんだから。いつも通りに作れば、絶対に大丈夫だよ」
翠子に力強い笑みで言われたら、勇気が湧いてくるのはなぜだろう。少し前までは大嫌いな同級生だったのに、関係性が友達に移り変われば、言葉の受け止め方だって変化していくということを、今さらのように知った気がする。気づけば唇を引き結んでいた果澄は、やがてしっかりと頷いた。
「分かった。ま、任せて」
差し出したオレンジジュースのパックを、どこか好戦的な笑みで受け取った店主は、「頼りにしてる。いつも通りにね」と言い残すと、果澄が用意していたトレイにグラスを載せて、先にテーブル席へ運びに行った。果澄は、従業員用の手洗い場で手を洗ってから、一人で調理台の前に立つ。
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