第25話
緊張感が喉元を締めつけたのは、一瞬だった。熱したフライパンにバターをひと
赤い具材に白いごはんも飛び込ませると、並行してボウルに割り入れた二つの卵を、
ふわふわと波打つ満月の半分に、チキンライスをさっと載せて、フライ返しを使って包み込んでいくと、笑みが
隣に立った翠子は、焼き上がったクロックムッシュに包丁を入れたところだった。果澄の調理に合わせて、出来上がりの足並みを
「お待たせいたしました。クロックムッシュと、オムライスです」
熱々の料理をテーブルに並べると、日菜乃にまた見つめられた。一礼してから立ち去って、また振り返ってみると、目が合った。再び
厨房に向かう果澄の背後で、二人が「いただきます」とそれぞれ唱えている。ほどなくして、日菜乃の不思議そうな声が聞こえた。
「あたらしいおねーさんが作っても、おねーさんといっしょの味なの、なんで?」
「それは、あのお姉さんが、いつものお姉さんと同じ味を作るために、とっても頑張ってきたからだよ」
息を吸い込んだ果澄は、振り返る。佐伯と目は合わなかったが、口元にケチャップをつけた孫を見下ろす横顔は、僅かだが照れているように見えた。そんな祖父を見上げた日菜乃は、とびきり眩しい顔で笑っている。
「おいしい!」
空へと高く弾んだボールのような感想が、胸に真っ直ぐ飛び込んでくる。きっと今の果澄も、頬を分かりやすく
平静を装って厨房に入ると、翠子が清々しい喜色を美貌にのせて、果澄を迎えてくれたから――居心地のいい場所を作るパートナーにだけは、今にも溢れそうな嬉しさを、そのままの強さでさらけ出すことを己に許して、果澄も満面の笑みを返したのだった。
*
からん、からん、と木製扉のベルを鳴らして、行きと同じく帰りも手を繋いだ二人は、喫茶店の外に出ていく。店内に吹き込んだ秋風は、まだ九月の名残で暖かいが、じきに冷え込んでくるのだろう。
「ありがとうございました」
二人の背中へ伝えると、果澄を振り返った日菜乃は、空いたほうの手を振って「ばいばい!」と言ってくれた。佐伯も、果澄に会釈してくれる。非日常の終わりを感じながら、果澄は厨房へ引き返した。店内は書き入れ時で
「日菜乃ちゃん、美味しいって言ってくれてたね」
「うん。すごく嬉しかった。……翠子。料理で、誰かに喜んでもらうことって、こんなに嬉しいことなんだって……私にも分かった」
翠子は、少し驚いた様子で目を見開いた。やがて花のように微笑むと、トッピング用のマシュマロとチョコスプレーを準備し始めた。
「あたしも、初めて分かった気がする。あたしにとっての好きなことを、果澄も好きになってくれることって、こんなに嬉しいことなんだって」
「……もう。いつも大げさなんだから」
手元の食器に集中した果澄は、
「翠子?」
翠子の手から、マシュマロとチョコスプレ―の袋が落ちていた。空っぽの両手は、エプロンを押し上げる腹の膨らみに添えられていて――深く俯いた横顔は、呼び掛ける果澄を振り向かない。
「翠子っ?」
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