第13話 共同クエスト②

 モンスターと遭遇する度、アーニャの脚が砕き、ルーシャの魔法が吹き飛ばす。その残骸をあとから俺が回収する。

 どれくらい繰り返しただろうか、かなり重くなってきた背嚢バックパックにルーシャが【フロート】をかけた。


「もう結構な数だと思うけど、全体の数が分からないっていうのが困るな」


「んー、ていうか向こうのやつらに全然遭遇しないけど、ここそんな広いのー?」


「いえ、たぶんそうではないと思うのですよ。……【サーチ】」


 ルーシャが目を閉じる。その小柄な体躯が朧気に光を帯び、それが波紋のようにどんどん広がっていく。しばらくしてゆっくりと開かれた双眸は爛々と輝いていた。


「あちらはあちらで戦っているみたいですが、何やら苦戦しているようなのです。どうやらもうそのモンスターたちで最後のようですし、私たちも行きましょうか」


「おっ、横取りかー。楽しそーじゃーん」


「アーニャ、いくらなんでも私だってそこまでがめつくはないのですよ。横取りもなにも、多分このままだったらどうせ全滅して終わりだと思うのです」


 アーニャに茶々を入れられ、ルーシャはぷくっと不満そうに膨れる。


「何がいた?」


「〈至高の黄金〉と――あれは恐らく、リッチなのですよ」


「リッチ、って確かBランクのモンスターだっけー? 何でもモンスターで唯一魔法と明確に呼べるものが使えるとかー?」


 俺もその存在は知っている。けれどBランクで対象になるモンスターに当然会ったことがあるはずもない。


「姿も人間によく似ているのです。本体の強度はさほどないので単体ならばボスゴブリンより多少劣りますが、どうやら5体はいるようなのですよ」


「は……あんなのに近いヤツが、5体……!?」


「だから全滅すると言っているのですよ? もしかすると今の魔法も気づかれたかもしれないので、もうさっさと行くのです。【往くべき路を、択び導き指し示せ――ガイドポスト】」


 パチン、とルーシャが指を鳴らすと、彼女の足元から光の線が現れた。それは迷いなく真っ直ぐに伸びていく。

 それを辿り始めたルーシャのあとを慌てて追いかける。奥へ奥へと進み、並ぶ墓石も途切れた頃――ぞわりと、悪寒が背中を走った。


「【リフレクション】!」


 ルーシャがばっと開いた手を伸ばす。その直後、不可視の壁に黒い光が激しくぶつかった。ばちんと両者が相殺し合う。


 ぼろぼろのローブのようなものを頭からすっぽりと被った何かがその中からじっとこちらを見つめていた。赤い光が怪しく揺らぐ。

 その手に握られた木を捻じ曲げたような杖の先におどろおどろしい黒々とした光が灯った。


「お前たち、逃げろ!」


「……リーダー」


 いつか自分を追い出した男が足を引き摺りながらこちらに叫ぶ。その足元で4人転がって呻いていた。レナト、ルーグ、ガイア、そしてどうやら再会できたらしいアデル。


「皆負傷しているし、もう俺たちは長くはもたない。 リッチが5体もいる! せめてお前たちだけでも――」


 リッチが杖をこちらに向けた。光が大きくなりぶるぶると震える。それを見たリーダーが目をつぶった。

 ……だが俺は、そんなことをする必要がないとわかっていた。


「【ファイア】!」


 爆発音がして、もうもうと煙が起こる。ルーシャの魔法とぶつかり互いに消失したのだ。


「逃げる? 逃げるくらいなら最初からそうしているのです。むしろ私たちは望んでここに来たのですから」


「……俺たちを……助けに?」


 アーニャが心底意味がわからないというようにぎゅうっと眉をひそめた。


「はあああー? ばっかじゃないの。なんであんたたちなんかを助けなきゃいけないのー?」


「私たちはただ、モンスターを倒しに来ただけなのです」


 清々しいまでに言い切る姉妹に呆気に取られて口を開ける〈至高の黄金〉の面々。


「さぁ、邪魔なのですよ。あなた方はすっこんでるのです。うっかり当たっても私は責任持たないのですよ」


 彼らはすっと気負いなく佇むルーシャから何も言わずただ距離を取った。


「【燃えよ燃えよ、断罪の炎よ。全てを呑み込み焼き尽くせ──】」


 ごう、と空気が唸る。ちりちりと火の粉が舞い、掠める熱さに目を眇める。ルーシャは一体のリッチを見据え、拳を突き出した。


「【ヘル・フレイム】!」


 恐らくそのリッチも何か異変には気がついていたのだろう。回避行動を取ろうとした様子はあったが、全ては無駄だった。

 足元から突如現れた炎の渦がリッチを捉える。荒々しく燃え盛ると、ぐしゃりと押さえつけた。リッチが藻掻くが、炎はその体を絡め取り決して離さない。あっという間に消し炭になり、からん、と虚しい音を立てて地面に杖が落ちる。


「なっ……は、ぁっ……? いち、げき……!?」


 愕然と呟いたのは〈至高の黄金〉の誰だったか。


「一体目は不意をつけましたが、恐らくもう上手くいかないのです。警戒されてしまいました」


 冷静に視線を逸らさないルーシャの言う通り、残りの4体のリッチたちは固まってこちらに揃って杖を向けている。一体が杖を振ると半透明の障壁のようなものが現れた。


「恐らく魔法攻撃を阻害するものなのです。けれどこれなら関係ないのですよ、【クラック】!」


 ルーシャが地面を叩いた。そこを起点として亀裂が入り、リッチたちの足を取った。


「アーニャ!」


「言われなくてもわかってる!」


 先んじて走り始めていたアーニャが跳び上がる。ぐるりと体を回して勢いをつけるとリッチたちの中に飛び込んだ。散らばった内の一体リッチの頭部に彼女の踵がぶつかる。


 あの屈強なボスゴブリンでさえ怯ませたはずの彼女の蹴りを、しかしリッチはよろめいただけでこらえた。


「かっったあ! 何これ! 生き物の硬さじゃなーい!」


「物理攻撃に対しても魔法で更に耐性を増していると……アーニャの攻撃すら防ぐとなるとかなり厄介なのです」


「はー最悪! めんどくさすぎるんだけどー!」


 アーニャはそうとうご立腹のようで、さほど効果が無いとわかってからも続けて殴りつけた。幾度か目で、ぐしゃっ、とリッチの顔に拳がめり込む。


「……お?」


 きょとん、と一瞬動きを止めたアーニャがにやりと笑った。


「なるほどなるほどー、さすがに耐えられる限界はあるわけだー」


 肘で頭を叩き潰しトドメを刺す。リッチは残り3体。


「【溶ケヨ】!」


「おっと」


 振りかざされた杖から飛び出した黒い光をアーニャが躱す。ぴょんぴょんと後ろに跳ぶとこちらに戻ってきた。


「人族メ! 我ラノ仲間をヨクモ!」


「なーんだ、喋れるんじゃん?」


 舐め腐った顔のアーニャをリッチたちが睨みつけた。


「コウナッテハ我ラも手ヲ抜イテイルワケニハユカヌ。人間ヨ、後悔スルノダナ……アノ世トヤラデ!」


 不気味な声で叫び3本の杖が掲げられる。その先にそれぞれ黒い光が灯り、ぶわりと黒い靄がかかった。容赦なくかかる圧。


「【【【陽ノ光ニ虐ゲラレシ闇ヨ、我ラガ声ニ応エヨ】】】」


「う……」


 3体の声がぶつかりあって歪む。その気味の悪さに思わず耳を塞ぎ、吹き飛ばされないようにと蹲る。


「2人とも、私が守るので近づくのです」


 ルーシャが珍しく余裕の無い顔をしていた。


「【【【月スラ慄キ姿ヲ見セヌ。漆黒ノ闇、今コソ我ラの刻ダ】】】」


 まるで言葉に呼応するように、本当にふっと真っ暗になった。闇夜を僅かに照らしていた月が隠れたのだ。闇の唸り声がきこえた。そうとしか表現できなかった。


「【【【闇ヨ、残リシ光ヲ喰ライ尽クセ】】】!」


 今までとは比べ物にならないほどの黒い光の濁流がこちらを飲み込もうと大きく顎門を開いた。


 引き攣った悲鳴が聞こえる。〈至高の黄金〉のいる方からだった。どうやらリッチたちは彼らも見逃す気は無いようだった。

 自分はルーシャの近くにいれば恐らく心配要らないだろう。けれど、彼らは? 身を守る術の無い彼らはどうなる?


 自分が気にしてもどうせ何もできることはないくせに、そちらを見てしまった。

 だから、目が合ってしまった。かつての幼なじみと――いや、と。


 アデルと俺はちっとも仲良くなかった。いや、。だからきっと、今もそう思っているのは自分だけなのだろうけれど。それでもずっとずっと小さな、難しいことを知らなかった頃の自分たちは確かに一緒に笑い合っていた。何も知らなかったあの頃は。

 いつから彼はあんな蔑むような目をして自分を見るようになったのだろう。大人の言葉が理解わかるようになった頃か。他人の目が気になるようになった頃か。明確な区切りは無かったような気がするけれど。


 思えばアデルも可哀想な奴だったのかもしれない。自分のせいで勘違いして、皆にちやほやされて思い上がった、哀れな奴だったのかもしれない。


 俺が消えて欲しいと望むべきなのは……本当に、あいつなのだろうか。


 アデルの口が微かに震える。


 『た』『す』『け』『て』


 ――と。そう、見えた。


「……は、は」


 乾いた笑い声が勝手に転がり出した。馬鹿だ。本物の馬鹿だ。自分が虐げた相手に、助けを求めるなんて。


 ……馬鹿だ。


「レイっ!?」


 気がつけば、飛び出していた。かかっていたはずの圧力はどこかへ消えてしまった。ルーシャの悲鳴が背中を叩いた。全てが酷く間延びして見えた。


 黒い光と、〈至高の黄金〉の間に割り込む。


 せいぜい、皆罪悪感でも劣等感でも抱いて生きていくといい。そんなつもりじゃなかったって、俺なんかに助けられたって。そう一生ほざきながら。


 お前たちなんて助けたいわけがない。

 そんなに俺はお人好しじゃない。


 でも。強い相手に呆気なく消されて綺麗に死ぬなんて、誰が許しても俺が絶対に許さない。自分の過ちに気づいてから死んでくれなければ。


「参ったか!」


 酷く驚いた顔が痛快だった。自分を見捨てたこいつらに、一番屈辱的なことをしてやったのだ。苦悩して、後悔して、そうでなければ俺は報われない。俺は襲い来る漆黒に目を閉じた。

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