第12話 共同クエスト①

「では、開けます」


 ユークスさんが改めて集まった面々を見回した。皆が頷いたのを確認して彼は壁に手を触れる。


「【プロテクション】、解除リリース


 ヴン、と景色が揺らぐ。溶けて消えるように、一角の壁が無くなった。


「さあ、入口は開けました。残念ながら私は戦闘に使えるような魔法が得意ではありませんので、一緒に入ることはできません。しかし、微力ながらお力添えをさせてもらいたい。【暗闇を滅し、あたたかな光を分け与えよ――ブレッシング】」


 初めて聞く魔法だった。きらきらとした無数の小さな光が降り注ぐ。それは皆の体に落ちると、すうっと吸い込まれていった。腕や足を見てみるが、もう何の変化もない。


「あまり使い勝手が良いものではないので、使う人は少ないようですね。私の使える数少ない強化魔法ハイ・マジックの一つです。気持ちばかりですが」


「いえ、とても助かります。……じゃあ、行くか」


 リーダーが先導し、〈至高の黄金〉が墓地の中へ入っていく。


 俺たちも、と言おうと振り返ると、アーニャが嫌そうに顔をしかめた。


「あんたに言われなくても行きますうー」


 すたすたとためらいなく暗闇に足を踏み入れるアーニャを慌てて追う。後から優雅な足取りでついてきながらルーシャが指を振った。


「随分と暗いのですよ。明かりをつけますか。【ライト】」


 小さな光球が指の先に現れ、ふわりと浮く。一人に一つつくってくれたようで、俺のそばにも光球が飛んでくる。


「ありが――」


 視界が明るくなった瞬間、ぱ、と空洞の瞳と視線が合った。


「うわああああああ!?」


 後ろに飛びすさりながら咄嗟にナイフを振るう。切っ先が当たった感触がしたが、嫌な手応えだ。


「何ですか、レイ!」


「な、なんか、目の前に……」


 ルーシャに従って光球が大きく視界を照らした。あらわになるのは異形の姿。体を構成しているのは薄汚れた骨だけだ。そのくせ嘘みたいに意志を持って自立して、剣と盾を持ってこちらを空洞の瞳で見つめている。


「スケルトンか!」


 スケルトンは盾を剣で叩いた。カンカン、カンカンカン。金属音が闇に吸い込まれていく。


「正確にはスケルトン・ウォーリアーなのですよ。面倒な部類なのですが、レイのせいで仲間を呼んでいるようですね」


「……え」

 

 ――カンカン、カンカンカン。闇の中から、いくつもその音が返った。それが彼らの中での合図なのだとやっと気づく。

 ガチャガチャと耳障りな音が地響きと共に無数に近づいてくる。カンカン、カンカンカン。こちらに向かって整然と並んだスケルトンたちが揃って盾を叩いた。


 現れた数は……三十より多いか。


「これで全部? 依頼は掃討だしー、ちょうどよかったんじゃなーい?」


「まあそうなのですけど……【叩き潰せ、退けよ――クラッシュ】!」


 ルーシャがスケルトンの一団に向けて魔法を放つ。恐ろしい速度でぶつかった衝撃波によってばらばらになって地面に落ちる。


「やった……のか?」


「いいえ。むしろうまく躱されたと言うべきなのです」


 言葉通り、骨がぴくりと動いた。かたかたと振動を始めると糸に引かれるようにして元の位置に戻り、何事も無かったかのように剣を構えた。


「スケルトンにとっては物理的なダメージはほとんど効きません。パーツさえ全て残っていれば彼らは不死身といっても過言ではないのです。逆に言えばパーツが一つでも無くなれば途端に元の姿に戻れなくなるのですが」


 ルーシャが拗ねたように頬を膨らませた。


「厄介なことに、奴らは魔法に対する耐性もあるのです。追い詰められればあのように崩せばいいだけですし決して強いわけでは無いのですが、面倒なモンスターなのですよ。……大っ嫌いなのです」


「はいはい、アーニャの出番ねー」


 アーニャがスケルトンに飛びかかる。ぐっと拳を握り後ろに引くと前に真っ直ぐ突き出した。ばきっとヒビがはいり、頸が砕ける。瞬間、ごろりと頭蓋骨が落ち残りの骨もぐしゃりと地にこぼれた。

 さすがに顔を引き攣らせながらルーシャを見る。


「……俺さっきナイフで殴っても全く効いてないっぽかったけど?」


「アーニャと比べるのがおかしいのです」


「それは確かに……それはそうか」


 そんなことを話している間に気づけばスケルトンは全てただの骨に成り下がっていた。まだ暴れ足りなそうに首を回すアーニャが丸いものを拾い上げる。


「んじゃー、とりあえずこれらは回収しといてー」


 ほいほいと雑に投げられてくるのはスケルトンの頭部。うげぇ、とは思いつつそれをできる限り見ないようにして背嚢バックパックに入れる。

 ルーシャは横で手を当てて小さな耳をそばだてているようだった。


「まだ何か来るようなのです」


 確かに足音が聞こえる。今のところ全く戦力にはなっていないが一応ナイフを構える。近づいてくる。姿が見え――


「【ライトニング】」


 てから、ルーシャが魔法を放った。わざと足元に向けて。


「ひ、ひいぃっ!」


 情けない声を上げて飛び上がったのは夜目にもわかる派手な色の服を着た男だった。ぴかぴかに磨きあげられていた靴は泥に塗れて見る影もない。盛大に尻もちをついてこちらを見上げる。


「……アデル?」


「な、ななななんだよ! ビビらせやがって!」


 どうやらいつもの気持ち悪いキザな話し方ができないほど動揺しているらしい。


「あらら、最強の魔法使いさんだったのですね。ついつい、か弱い女の子である私は怖くて魔法を放ってしまったのです。お許しくださいね?」


 良く見えないのをいいことにルーシャは口元を明らかに歪めている。


「まあ、もっとも最強の魔法使いさんなら私の魔法程度大したことはないのでしょうけれど?」


「あっ、ああ、もちろんだとも……」


 アデルがちらと地面に目をやった。【ライトニング】が直撃したところは深々と抉れ、未だに煙を上げている。


「こ、このくらい防げたに決まっているよ、ハ、ハハ」


 顔が明らかに引き攣っている。ルーシャがかなり凄いのだろうということはわかっているのだが、近くに比べる相手がいないので物差しがなかったのだ。自称最強の魔法使いとやらのアデルから見てもやはり桁違いのものなのだろうか。


「ところでほかの人たちはどこなのですか?」


「い、いやぁ……どこだろうねえ」


「はぁ……こんなすぐはぐれられるなんて、むしろ才能かもねー」


 アーニャがこれ見よがしに手を広げてため息をつく。


「まさか怖くて逃げて走ってたらはぐれたとか?」


「な、ななななななにを!」


 ……図星だったとしても、もう少し上手く隠せないものなのだろうか。


「そーだよねー? このくらいで怖いとか言わないよねー? 最強の魔法使いさんが、ねぇ?」


「はっ、はは、当然さ!」


「じゃあ私たちか弱い女の子なので、あれ、よろしくお願いするのです」


 ルーシャが指さしたのはこちらに向かって飛んでくる火の玉だった。確かウィル・オ・ウィスプと呼ばれるモンスターだったはずだ。


「ま、任せなよ。【ウォーター】!」


 明らかにがたがたと身体を震わせながらアデルは前に出る。へっぴり腰で手を前に出す。その手からほんの少し水が飛び散る。


 ……だけだった。


「何を遊んでいるのですか? 早く魔法を使ってください」


 眉をひそめたルーシャが急かす。どうやら彼女の中ではあれは魔法に分類されないらしい。


「あ、ああ。【ウォーター】! 【ウォーター】!」


 いくら叫ぼうが威力は増すことはなく、それどころかその声で他のモンスターも集まり始めた。


「……あなたは一体何をしているのですか?」


 冷ややかなルーシャの声にびくりとアデルが肩を揺らす。


「ぼっ、僕が得意なのはこういうやつじゃないんだよ! もっと異常状態にさせるとか、そういうテクニカルな魔法だ!」


「【ウォーター】」


 ルーシャがウィル・オ・ウィスプに向かって無造作に魔法を放った。現れた水の弾はろくに見もしなかったくせにまともに命中する。ウィル・オ・ウィスプはきぃきぃとやかましく悲鳴を上げた。炎に醜い顔を浮かび上がらせるとルーシャに飛びかかろうとする。


「【万物の源たる水よ、その身を求める姿に変えよ――ヴァーサタイル・ウォーター】」


 しかしそれを許すはずもなく、続けて勢いよく飛び出した水の鞭が火の玉を絡め取り締め潰す。暫くもがいていたが、やがてじゅっという音をして消え去った。あとに残ったのは小さな石だ。


「これが本体か」


「そのようなのです。火打石のようなものなのかもしれないですね」


 頷き、ルーシャはくるっと振り返る。


「私は残念ながらこのような無粋な魔法しか使えませんので、他のモンスターをあなたのお得意なテクニカルな魔法とやらで止めていただきたいのですが?」


 わざとらしく同じ魔法、重ねて上位の魔法を使っておいてよく言うものだ。


「あっ、ああ……任せてくれよ、お嬢さん」


 しかしうまく引き下がれないのがこのアデルという男だ。自己評価が高すぎるというのも困ったものなのだな、と思う。


 前方に現れたのはアンデットだった。半ば崩れていてわかりにくいが、この姿はおそらく生前はリザードマンの一種だったのだろう。


「ふっふっふ、僕も出し惜しみしているわけにはいかないようだねえ! 見せようじゃないか、僕が使える最強の魔法を!」


 足を激しくがくがくとさせながら顔だけは余裕綽々に笑う。もしかすると彼は自分が震えていることに本当に気づいていないのかもしれない。


「【地に伏し目を閉じ、永遠とわに眠れ――エタニティ・スリープ】!」


 確かに先程の魔法よりは威力が違いそうに見える。アデルの指から飛び出した光がアンデットに向かい、ぐるぐると頭上で高速で回るとその体に吸収された。一瞬の後、アンデットが崩れ落ちる。


「ほ……ほーらね! 見たか!」


 一体誰に対して言っているのかわからないが、アデルは得意満面だった。小躍りしそうな勢いでこちらに向かってポーズを取る。


「ええ、さすが素晴らしいみたいなのです。じゃああとは一人で頑張ってください。私たちは私たちで忙しいので」


「……え、あ、いや……」


 途端にしどろもどろになるアデル。しかし開き直ったようで腕を組んだ。


「あんな魔法を使ったら、もう魔素が残っているはずないだろう? 一人では無理だ!」


で、ですか?」


 同じ言葉なのに全く違うように聞こえるのは何故なのだろうか。


 はぁ、とルーシャがため息をついた。すっと表情が消える。直接向けられているわけではない俺ですら息が止まるような、冷めた瞳だった。


「皮肉を言うのも疲れるくらいなのですよ。まったく、思い上がりも甚だしいのです。田舎者の阿呆、外界を知らず、なのですね」


「な、何を言ってるんだ……魔法が使えなければ僕はどうすればいいんだ!」


「さあ? もちろんあなたにはわからないでしょうし、私にもわからないのです。それはきっととても困ることなのでしょうけど――」


 そう空々しい口調で言って、可愛らしく小首を傾げる。


「だから、どんな思いで過ごしていたのか、こうして思い知ればいいのでは? せいぜいパーティの方々と合流できるように頑張ってください」


 呆然と立ち尽くすアデルの後ろで、アンデットが起き上がったのが見えた。魔法の効き目はその程度だったらしい。


「残念ながら、私は怒っているのですよ。かなり」


 言い捨て、彼女は髪をなびかせてくるりと背を向ける。それを当然のように即座に追うアーニャ。


「なあ……」


 縋るように見つめられても、手を貸せるほど俺はお人好しではなかった。顔を背け、夜闇に煌めく白銀の髪を追いかける。


 仕方ないだろ?

 だって俺も、魔法が使えやしないんだから。

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