第11話 (自称)最強の魔法使い
案の定、さっぱり眠れなかった。今更眠気が襲ってきて目を擦る。
目を覚ましたアーニャのひとこと目は心底嫌そうに「うわ」である。人の顔を見て。
「なに、顔ひっどいんだけど」
「いや……寝られなくて」
「意外と不安症なのですか? 今までのあなたからはそんなふうに思えませんが」
「気にしなくていいよ。どうせ行ったらわかることだし」
双子が同時に顔を見合わせた。
重い足を引き摺りつつ集合場所である墓地へ向かう。依頼主は墓地の管理人だそうだ。そこで詳しい話を聞くことになっている。
遠目からも目立つ赤いバンダナが見えた。ガイアだ。もう向こうのパーティも来ているらしい。
「随分遅いから逃げ出したのかと思ったぜ」
「あなた方がせっかちなだけなのです。色々と早い男は嫌われますよ?」
「よ、余計なお世話だ!」
意外と煽りスキルが高いのはアーニャよりルーシャの方かもしれなかった。ばちばちとガイアとルーシャが火花を散らしている。
「レイ」
「……リーダー」
背の高い男がこちらに歩み寄ってきた。
「こんなことになって悪いとは思ってるが、俺もあのふたりにはパーティにいて欲しいんだ。だからあの3人に乗った」
「当然だと思います。俺だってどうしてこんなことになってるのか、よくわからないんで」
答えながらチラチラと周囲に視線を向けるが、他の人影はない。
「ところで……新メンバーはどこに?」
「ああ、あいつなら後から来るって言ってたが」
ぱっと突然目の前に透明な膜が張ったのがわかった。何かと問う前にルーシャの声が聞こえる。
「――【リフレクション】!」
反射の魔法。何故そんなものをかけたのか、理由はすぐに判明した。空から真っ直ぐに自分に向かって光線が向かってきたからだ。胸のあたりを穿とうとしたそれは膜に弾かれて霧散する。
「誰なのですか、このような卑怯なことをするのは!」
はっきりと怒気を孕んだ声にガイアたちが震え上がる。その頭上から、空気の読めない朗らかな笑い声が降ってきた。
「はっはっは、へえ、やるねぇお嬢さん、僕の
態とらしくゆっくりと降り立ったのは、ぴっちりと髪を撫でつけたキザな男だった。目がチカチカするような派手な色の服に身を包み、先の反り返ったぴかぴかの靴を履いている。中途半端に顔立ちがいいのが胡散臭さに拍車をかけている。
「強化魔法? 今のが?」
「おっと、もっと強く感じちゃったかな? ン?」
「…………キモっ」
それ以外の言葉が思いつかなかったらしく、ルーシャが珍しくストレートに嫌悪を示した。
「やあ、随分と久しぶりだね、レイ。調子はどうだい?」
馴れ馴れしく話しかけてくる男を強く睨みつける。
「……たった今最悪になったところだ、お前のせいで」
「え、何? やっぱ知り合いなのー?」
今度はアーニャに向かってぱちんと指を鳴らす。
「そちらも可愛いお嬢さんじゃないか。はじめまして、僕の名前はアデル・オーブリー。気軽にアデルと呼んでくれ。素敵なキミなら特別だ、アルと呼んでくれてもいいさ」
「うわ、何こいつうっざ」
「さてさて、教えてあげようじゃないか、僕とレイの関係を」
アーニャの声は彼の耳には届かなかったようだった。
「僕とレイはね、同郷なんだよ。もっと言えば幼なじみというやつだね。お互いのことを幼い頃から知っているよ」
本当なのか、とルーシャに視線で問われ、小さく頷く。
「けれどいつしか僕たちの道は分かたれてしまってんだ。才能のあるものとないものは同じ場所を歩むことは不可能なのさ。ある日レイは追われるように故郷を出ていってしまってね……そして僕も彼を捜すために出てきたんだよ」
芝居がかった仕草で髪を撫でつける。
「僕の才能に気づかせてくれた人だからね」
よくもそんな顔でそんなことを言えるものだ。
俺から最初に全てを奪ったのは――お前のくせに。
「管理人の方が到着したようだが、いいか?」
リーダーの声が嫌な空気を少しばかり和らげた。皆が頷く。
彼に連れられてやってきたのはかなり歳を召した老父だった。杖をつきなが少しずつ歩く。確かなこれではモンスターが跋扈している中墓地の管理をするのは無茶だ。
「本日は誠にありがとうございます。〈至高の黄金〉と〈二律背反〉の方々ですな。この墓地の管理人をしております、ネセル・ユークスと申します。この度はここに出現するモンスターを掃討して頂きたく依頼を出しました」
思いの外しっかりとした声で老父は言う。
「モンスター共が主に姿を見せるのは日が落ちてからです。危険なので、入口は現在は締め切って立ち入り禁止にしております。そのため、現在中がどのようになっているかは正直もうわかりません」
ユークスさんは大きな墓地の周りを囲んでいる壁を見つめた。彼の守ってきた場所は、今ではモンスターの巣窟になっているのだ。それを自分の手で取り返せないことはどれほど悔しいだろうか。
「もう私の手には負えません。モンスターが出ては皆は安心して眠りにつけはしません。どうか、この墓地に平穏を取り戻してください」
日が落ちる頃ユークスさんに入口を開けてもらうということになり、その場は一旦解散となった。
「レイ、あれが言っていたことは本当なのですか?」
余程気に入らなかったのだろう。ルーシャはアデルのことをあれ呼ばわりしている。
「……まあ」
「あなたがあれほど嫌がっていたのは、自称最強の魔法使いとやらがあれだとわかっていたからだったのですね。でも、なぜ?」
「あの時ガイアが言ってただろ、居眠りの魔法で人を昏睡させかけたこともあったとか、って。あの話に心当たりがあった。……俺がこの体質に気づいたのもあいつがきっかけだったんだ」
あまり愉快な話ではないが、あとからアデルの口から知られるよりは幾分かマシだろう。
「確かに俺たちは幼なじみではあったけど、ちっとも仲良くなんてなかった。あいつは昔からあんなふうに悪意なんて欠片も無いような顔をして近づいてくるんだ。あの日も……取り巻きを引き連れて、俺のところに来て」
重い口をこじ開ける。
「それで……無理矢理俺に【ナップ】の魔法をかけた。知ってるだろ、相手をほんの少し眠らせる居眠りの魔法だ。確かに本来ならほんの悪戯で済んでたのかもな。けど俺は丸一週間目が覚めなかった。目が覚めたら同じ曜日なのに日が違うんだ、はは、びっくりだろ?」
「レイ」
「ああ、怖かったよ! ……怖かった。暫くは魔法を見るだけで震えてた。けど、なんか説明できないけど変な感じがしてさ。比較的仲がよかった気の弱い子とかに頼んで少しずつ実験して、それでわかったんだ。『俺はどうやら魔法の効きがやたらいいらしいぞ』、って」
名前を呼ばないで欲しい。最後まで話させて欲しい。そうでなければ、もう一生言えなくなる気がした。
「最初は嬉しかった。魔法が使えない自分にも何か取り柄があったんだって。けど、もうその頃には何故かアデルが皆に褒めそやされてた。すごい魔法の素質だって。俺の言葉を聞いてくれる人なんか、信じてくれる人なんか、いなかった。〈役立たず〉の俺の味方なんて元からいなかったんだから、当たり前だったんだけどな。間抜けに眠りこけてた出来損ないの俺はあいつと比べられて、更に蔑まれた。親だったはずの奴らさえ、俺のことを白い目で見る。……もう耐えられなかった」
燻る感情を逃がすために、ふう、と息を吐く。
「この体質に気づかせてくれたのには感謝してる。けど、故郷から完全に俺の居場所を奪ったのはあいつだった。……俺はずっと全員手当り次第僻んでんだよ、狡いなって。世の中を恨んでる。そうやって生きてきたから、しょーがない、まあそんなもんだろ、って諦めることばっか上手くなってさ。そんな感じ」
何も言わない2人にへらりと笑いかけた。
「ちっとも面白くない、しょーもない話だろ?」
「……そーだね。しょーもないね、ほんっとしょーもない」
アーニャが黄金の瞳を眇めた。そうだ、俺はそんなふうに素っ気なく言って、笑い飛ばして欲しい。そうすればまた、思い出したように頭をのぞかせたこの憤りは押さえ込める。
「あんたの周りの奴らは、皆ホントにしょーもない奴らばっかだったわけだ」
「……は?」
「面白みのない、そんなクソみたいなところ抜け出してきて正解だったんじゃない? って言ってんのー」
「そうなのですよ。少なくとも、私たちは別にあなたを要らないとは思わないのですから」
アーニャもルーシャも、不思議そうにこちらを見る。
「何なのですか? まさか本当は私たちもあなたを嫌がっているのではないかとでも思っていたのですか? それなら心外ですね。そんな無駄な気を遣うほど私たちは優しくないのですよ」
「ちょっとルーシャ、私たちって一括りにしないでくれないかなー」
いつもと変わらない2人に思わず声を荒らげる。
「……嘘つけよ。お前らだってそんな力があって。だから俺みたいなやつ、下に見てるんだろ!」
「ま、そりゃ多少は当たり前じゃん。なに甘えたこと言ってんの? みんな平等とか無理無理ー。生まれもったものはしょーがないしー。理不尽とか言ったってねえ、そんなもんだしー」
嫌味をあっさりと返されて鼻白んだ。
「けど、それをどう受け取るかはその人次第じゃん。あんたは諦めるのばっか上手くなったんでしょ。ならとりあえずそれやめてみればー?」
アーニャはふてぶてしく肩をすくめる。
「嫌なら嫌って言いなよ。狡いと思うならそう言いなよ。初めから意味ないって、誰も聞いてないって諦めずにさ。もしかしたら誰かちゃんと聞いてるかもしれないじゃん。……アーニャとか。る、ルーシャも!」
とってつけたように姉の名前を並べるアーニャに笑ってしまった。珍しく顔を赤くしている。
「とっ、とにかく! あんたのそれは自衛なのかもしれないけど、アーニャは嫌いだから。それだけは言っとく!」
「……ありがとな」
「ふん!」
思いっきり顔を背けられたが、その仕草も今は微笑ましいだけだ。
「こうして話してくれたのです。ひとつ、私も改めて言っておきます。私があなたに魔法をかけないのは、あなたが嫌だからでも、あなたのことを疑っているわけでもありません。できない、いえ……できなくなったのです」
唐突に語られるルーシャの秘密の片鱗にはっと顔を上げる。
「モンスターと対峙しているときは何の問題もないのですが、人に魔法をかけることがどうしてもできないのです。強化魔法も、治癒魔法ですらそうです。レイが異端だと言うなら、欠陥を抱える私だって爪弾きにされて然るべきなのです。他の誰しもが」
内容も衝撃的だったが、彼女の言わんとしていることがわかって唇を噛んだ。どうしてこう、この双子は。
「誰しも得手不得手があると、そう言ったのはあなたなのですよ、レイ。あなたはあなただけの力があるのですから、もっと胸を張るべきなのですよ」
ルーシャは綺麗に笑った。綺麗としかいいようがなかった。まるで無垢な子供のような、無邪気な顔で。
「だから、まずはあなたにそんな考えを植え付けた諸悪の根源にぎゃふんと言わせてやるのです。……いえ、それでは足らないのですよ。うぎゃあと言わせてやりましょうか」
「いやいやー、ぐぎゃあ、だよー」
「まあ、最善は声も出せないくらいにボコボコにすることなのです」
恐ろしいことを言いながら、2人がこちらを見る。きらりと瞳を悪戯っ子のように輝かせて。
「今はまだ足りない部分は、私たちが手を貸してあげるのです。狡いと思うなら、自分だって狡いことをすればいいのです。あなただって、あれに腹が立っているのでしょう?」
「……ああ。俺は、あいつに怒ってる。ずっとだ。一回でいいから、参ったか、って言ってみたい」
「参ったか、ねぇ。まあ言えるよ、アーニャたちがいればね」
「はっ、凄い自信だな」
彼女たちは何でもないように軽い口調で言うから、本当にできそうな気がしてしまうのだ。
俺は久しぶりにちゃんと笑って、悪魔のように囁く彼女の手を取った。
小さくて細い手は、とてもあんなふうに暴れる少女のものとは思えないもので、壊れそうなその手をそっと握った。
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