第9話 嫌な予感

 視線が突き刺さる。それは恐らく彼女たちも同じはずなのに、飄々としている。常に注目を集めているから慣れっこだということか。


「いやぁ、美味しかったねー」


 ほくほく顔のアーニャ。というのも、ボスゴブリンがかなり高かったのだ。まあ、Bランクのクエストで対象になるくらいなので当たり前ではあるのだけれど。


 戦績、テンダーゴブリン54体、ファイティングゴブリン29体、ボスゴブリン一体。ファイティングゴブリンやボスゴブリンは依頼はされていなかったが、そのうちの一環として認められた。

 ボスゴブリンはBランクでも強敵とみなされているらしく、20万ギルと高値がついた。そしてストラウンさんが追加報酬として10万ギルも出してくれた。実際は何日も滞在しなかったのだが、このように根本的な解決をしてくれた方が何倍も助かった、とのこと。

 合計32万8000ギル。一度のクエスト――それもFランクのパーティが稼いだ金にしては破格もいいところだ。また一万も10万も余裕で上回ったので、これに従ってランクが上がった。現在〈二律背反〉はDランクだ。


 低ランクのクエストには低ランクのモンスターしか出ない。その当然の仕組みにより、どれだけ手練だろうと一度のクエストでランクが上がるパーティはそうそういない。飛び級をするパーティはほとんどいない。それも、3人の少数となれば。たまたま高ランクのモンスターと出くわした、それを倒すだけの実力があった……多少はそんなイレギュラーが重なった結果ではあるにしろ、だ。


 注目を集めるのは当然のことなのだ。それも容貌が良く目立つ白黒の双子と、〈役立たず〉とパーティを追い出されたはずの悪評で有名な俺。皆気になっているのだろう。


「良い気なもんだな、〈役立たず〉」


 聞いたことのある声が刺々しく後ろから後頭部を小突いた。嫌々ながら振り返る。


「……レナト、ルーク、ガイア」


 かつてのパーティの面々が俺を睨みつけていた。出っ歯のレナト、髪を逆立てているのがルーク、そしてスキンヘッドに赤いバンダナを巻いているガイアが口を開く。どうやら3人の中でも力関係があるようだ。今更ながら初めての発見だった。


「まだ名前は覚えてくれたんだな。女にうつつを抜かしてすっかり俺たちのことなんて忘れちまったかと思ったぜ」


 斜め後ろでアーニャが首を傾けたのが気配でわかった。かなり不快そうだ。


「なあ、アーニャにルーシャ。どうせこいつに脅されてんだろ?」


「……脅す?」


「じゃなきゃこんなやつ――」


「残念ながらさぁ、アーニャたちはこいつに脅されるほど弱くないんだけど。アーニャが言うこと聞くとしたらルーシャだけなんだけど」


 アーニャが何故不機嫌なのか理由がわからず戸惑うガイア。


「あ、ああ。ボスゴブリンを倒せるぐらいだからな。お前らが思ってた以上に実力があったのはわかったよ。だからこそ、Bランクのパーティに帰ってきた方が丁度良いだろ?」


「へぇ、弱すぎて敵を倒すの遠慮しなきゃいけないようなパーティに? 意味不明過ぎるしー」


「な……」


 驚きのあまり言葉が紡げないようだった。ぱくぱくと口を開け閉めさせている。


「こ、告白したとかいう噂だってデマに決まってるだろ、なあ!?」


「いいえ? ああ、あの場に居なかったのですか。事実なのですよ、紛れもなく」


 平然と答えるルーシャにぽかんと口を開ける。


「は、はぁ……? 〈役立たず〉、だぞ……?」


「まぁた、ですか。あなたがたも飽きませんね」


 ふわりと彼女の髪が浮き、急激に温度が下がる。それに彼らも気がついたようだった。


「身の程を弁えているの方が随分マシなのです。比べるべくもないのですよ、雑魚。役立たずと罵って良いのは、役立たずじゃない者だけなのです。当たり前でしょう? あなたたちも私から見れば役立たずに変わりないのですが」


 冷たい瞳で男たちを見下す。 


「ああ、それとも役立たずの加減を比べなくてはいけないのですか? ほんの僅かな違いでそこまで驕ることができるのは凄いですね」


「こ、の……アマが! 下手に出てやれば調子に乗りやがって――」


 激昂しかけたガイアの鼻先にルーシャが紙を突きつけた。


「そんなに言うならこの際白黒つけるのですよ」


「……クエスト、『墓地の掃除』?」


「美味しいと思って見つけておいたのですが、丁度よかったですね。依頼内容は文字通り墓地の掃除です。隣街――リンドゥスにある大規模な墓地で、モンスターが大量に発生し管理が難しくなっているらしくて、その掃討を依頼すると。対象はBからDランク、加えて複数パーティの参加ありのクエストなのです」


「幅があるね?」


 ルーシャがこちらに頷く。


「ウィル・オ・ウィスプやスケルトン、アンデッドなど、モンスターのランクに幅があるからのようなのです。低ランクのパーティも参加可能とのことで、まあそのせいか何があっても責任は取りませんと何度も注意書きがあるのですが」


 ルーシャがガイアを見た。そしてその少し後ろに立つレナトとルークを。


「同じクエストを受けませんか? そしてより実績を残した方の要求を飲むことにするのです」


「何でも?」


「はい」


 3人は嫌らしく笑みを浮かべた。何やら相当自信があるようだ。


「その勝負受けてやるよ。しかし早まったなぁ、お前ら。そいつの空席はもう埋まってんだよ――最強の魔法使いでな」


「最強?」


「田舎から来たらしいが、その実力は折り紙付きよ。何でも子供の頃から魔法の威力が桁違いだったらしくてな。居眠りの魔法で人を昏睡させかけたこともあったとか」


 ガイアは不敵に笑った。


「本当にいいのか? 人数も違うが後から不公平とかなんとか吐かすなよ? 今なら誠心誠意謝れば許してやらんこともないが」


「たった今最後の慈悲が消し飛びました。さっさと消え失せるのです、下衆が。当日は目にものを見せてやるのです」


「…………フン。怖気づいて逃げ出すなよ」


 僅かにルーシャの気迫に怯えたように身を引いて、鼻を鳴らすと3人はギルド本部を出ていった。まるで見本のような小物だ。


 ――が。


「あのさ……やめないか? 俺なら幾らでも土下座でもなんでもしてくるし」


「はー? どこにやめなきゃいけない要素があるのー?」


「いや、だって」


「もしかしてあの最強の魔法使いとやらを心配しているのですか? あんなの嘘か誇張に決まっているのですよ」


「嘘つくならもっと上手くやればいいのにねー」


 つまらなそうにアーニャが言うが、たぶんあの言葉は嘘ではない。自分が思っているのが正しいとすれば、だが。


 あいつには……一番会いたくない。


「安心するのですよ。仮に多少実力があろうと、あんなパーティにうっかり入るくらいしか見る目がないのですからたかが知れてるのです」


「なに、もしかして知ってる人とかー?」


 こんなときばかり鋭いアーニャにぎくりとする。


「……イヤ、ソンナコトハナイケド?」


 思っていた以上に片言になってしまい、ルーシャも眉をひそめた。話題を変えようと思考を巡らせる。


「でっ……でもほら、さっきはああいうふうに言ってくれてスカッとしたよ。ありがとな。女の子に庇われるなんて、かっこ悪いけどさ」


「べ、別にあなたのために言ったわけではないのですよ、勘違いしないで欲しいのです! 前のパーティにずっと腹は立っていたので、言いたいことを言ったまでなのです」


「それでも嬉しかったし。なんかこうやって3人も悪くないかなと思えてきたよ」


「現金な奴だねー」


 アーニャはけらけらと一頻り笑うと、耳に口を寄せて来て声を潜めた。


「けど忘れちゃ駄目だからね? アーニャを選んでって言ったこと」


 耳にかかるぬるい息から努めて意識を逸らし、アーニャを引き剥がす。


「そんなこと言われても俺は……お前も選ばないし……どっちも選ばない。どうせあいつだって本気じゃないだろ。お前がそんなふうにしなくてもそのうち俺なんか飽きるだろうし、それを待つ方が早いんじゃないか?」


「ふぅん。ま、そう思うならいーけど」


「……私を除け者にするつもりなのですか?」


 アーニャはふっと視線を逸らし、拗ねて頬を膨らませるルーシャに抱きついた。


「そんなはずないじゃーん。隣街リンドゥスに行ったらせっかくだし観光したいねーって話してただけー」


「いいですね。じゃあ一日前とか、早めに行くのですよ」


 きゃっきゃっと楽しそうに話し始めた2人を後ろから見つめる。髪色や結ぶ位置を除けば恐ろしくそっくりだ。


 なぜか構ってくるこの2人も、あの扱いを目の当たりにすれば俺の見方は変わるだろう。それならせめてそれまではこのままの関係でいたい。そんなことを考えてしまった自分に、知らない間に随分双子に絆されてしまっているのだなと苦笑する。


「じゃあまた、出発の日に」


 ルーシャが俺の腕を引いた。


「そう言えばレイってどこに住んでいるのですか?」


「ギルドが安く貸してくれるところ。確かひと月一万数千ギルくらいの」


 そう返すともじもじと指を絡め合わせてつま先を見つめる。


「その、いつかパーティのホームを買うのはどうですか? もちろん今すぐは無理なのですが、クエストをこなして……お金が貯まったら」


「いいかもな」


 幾らぐらいを貯めるつもりなのかはわからないが、どうせその頃には一緒にはいないだろう。だから軽い気持ちで同意する。

 嬉しそうに笑うルーシャにほんの少し罪悪感が芽生えた。

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