第5話 初クエスト受注

 感情の昂ったルーシャがまた魔法を放ちそうになったところでアーニャが我に返り、騒ぎを聞きつけたギルドの偉い人に面倒事はよそでやれと追い出されてしまった。2人は外に出て幾分か落ち着いたようである。ルーシャに至っては耳まで真っ赤にしたままこちらを一度も見ないし、時折ちらりと顔を上げるが目が合いそうになると顔ごと逸らす。こちらも何と言えばいいのかわからなかったのでちょうど良かった気もする。


 とりあえず自分たちの最初の問題は、どのクエストを受けるのかということだった。


「Fランクしか受けれないのがねー。登録した時はどのパーティも例外なく0ギルからスタートだから仕方ないけどー」


 アーニャがギルド本部の前に立てられた受けられるクエストの一覧が貼られている掲示板と睨み合っている。


「うげ、何これスライム討伐ー? 全然稼げないしただの時間の無駄じゃん。……うーん、こういうのって暇つぶしとかに受けるのかな」


 悪意は無さそうな呟きだった。だから恐らく狙ったわけではないのだろうが、ぐさっと胸にクリティカルヒットする。

 彼女たちはBランクに上がったパーティでちゃんと働いていたのだから突然だとは思う、思うけども!


「Eランクに上がるのっていくらだっけー」


「……一万ギル」


 ぼそりとルーシャが言う。


「ちなみにDは?」


「10万ギル。ランクが上がるごとに桁が一つずつ増えるのですよ、確か。だからAランクは一億ギルですね。Sランクだけは特別な昇格クエストがあるらしいと聞いたことがありますが」


「そーだっけ、覚えてないやー。んでも当たり前だけど飛び級するのはめんどくさいようにしてあるんだねー。だってこのスライム討伐だとしたら一匹100ギルだから100匹要るし、飛び級なんて千匹? 難しいことじゃないけどそんなに短時間に湧くところないだろうし、そもそもそんなに狩れなんて依頼されないだろうしねー」


「……え、難しくないか? だって100匹ってかなり多いだろ」


「一瞬で終わるでしょー、数さえ居れば」


 くあ、とアーニャがつまらなそうに欠伸を漏らした。一匹にも四苦八苦した自分からすれば信じられない言葉だが、きっと本当のことなのだろう。


「とりあえずFランクはさっさと抜けたいよねー。稼げるやつがいいから討伐系かな。採集系は論外で」


「それでいいのですよ」


 俺も一応頷いておく。


「うーん、どれもやっすいなあ。一番高いのはこれかな、『テンダーゴブリンの討伐』。討伐数の制限は無し、できるかぎりーだって。一匹250ギルでしょー、てことは40匹でいいから一回でいけそうじゃない?」


「しかも大量発生して困っていると書いてあるのです。飛び級も不可能じゃないかもしれないですね」


「じゃー決まりでいいよね? これ受けるって言ってくるー」


 たた、とギルド本部に入っていったアーニャが暫くして戻ってきた。


「依頼の場所の地図貰ったから、明日の朝またここに集合ねー」


 そのまま颯爽と立ち去ろうとするので慌てて止める。


「待て。……俺、お前に盗られてホントに金ないんだけど」


「あー、そういえばそうだったっけー?」


 アーニャが嫌そうに顔をしかめ、こちらに袋を

放ってくる。金が入っている袋だ。みすぼらしい傷み方と中身の重さの心許なさで自分のものだとわかる。


「……あのさあ、もし別に荷物ごと盗ること無かっただろ」


「わざわざ探すのめんどかったし、要るもんは返したんだからいーじゃん。ぐだぐだうるさいなぁ」


 やれやれと首を振られる。


「ま、気になんなくなるくらい稼いであげるからさ、それで勘弁してよねー。すぐに過去のことなんて忘れてアーニャのこと好きになるよ」


「この流れでなるわけないだろ!?」


「そー?」


 アーニャはどうでも良さそうに肩をすくめ、今度こそ身を翻した。

 ため息を吐きつつそれを見送り、頬の辺りに視線に気がつく。


「なに、ルーシャ」


「その、アーニャにお金を借りているのですか? それなら私に頼んでくれれば……」


「え、いやいや、そうじゃないけど」


 そう見えたのか。ただ盗られたものを返してもらっただけだ。が、それを説明するにはアーニャに殴りつけられた件の説明をしなければいけなくなる。


 全てを話してしまおうか。……いや、でもただでさえよくわからないことになっているのに今本当のことを――要するにアーニャはちっとも俺のことなんて好きではないということを――言ったらどうこじれるのか想像もつかない。というか俺、パニックになったルーシャに魔法で消し飛ばされるんじゃないかと思う。


「その……お前にとって、アーニャってどんな奴?」


「え? うーん、そうですねぇ、ずっと一緒にいるので改めてとなるとぱっと思いつかないのです。でも、大切ですよ。何よりも、いちばん。いつも自由気ままでびっくりすることはあるのですが。……さっきみたいに」


 唇を尖らせながらもその眼差しは柔らかい。


 双子の姉妹と俺では、信頼度が全く違うのだとわかった。もしかするとルーシャは俺の言葉なんて微塵も信じないかもしれない。何なら妹を悪くいうなとボコボコにされるような気もする。


 まああいつも一応姉を思ってのことでもあるし、と自分を納得させつつ、アーニャがしようとしていることを正直に話すのは今はひとまず断念することにした。


「あ、あの。レイはアーニャみたいな子がタイプ、なのですか?」


 そんなわけあるか、と叫びそうになる。顔がいくら可愛かろうと実は計算高いあんな猫かぶりは自分には無理だ、手に負えるはずがない。できることなら全力で否定したい。

 何を言っているのか、というつもりで眉を上げたが、その反応が気に食わなかったらしくルーシャが捲し立てる。


「だって嬉しそうだったじゃないですか! だ、だっ、だだ抱きつかれて!」


「いや、嬉しくは……?」


「わ、私は全然積極的じゃないですし、お、おも……いかもしれませんし、面倒臭い、かもしれません。自分が素直になれないのは自覚しているのです。……アーニャみたいに可愛らしくできたらどれだけいいか」


 小さな声でそう言って視線を落とした。


「ルーシャ?」


 ぱっとルーシャが顔を上げ、赤くなりながら口を開く。


「とにかくっ、このような形でこの気持ちを伝える気は全くなかったのですが……こうなってしまった以上、しかと見ておくがいいのですよ! 私があなたの隣に相応しいということを!」


「はぁ……?」


「アーニャよりテンダーゴブリンを狩ってみせます! ええ、200匹、いや400匹は余裕なのですよ!」


 俺は一体どんな奴だと思われているのだろうと少し不安になる。別にそんな凛々しくなくていいのだけれど。むしろ少しくらいか弱い方が。


 ――という本音は当然届くはずもなく、気合十分に肩をいからせて歩くルーシャの背も見送り、ため息を吐いた。



✱✱✱


 翌朝、ナイフなどの調達してギルド本部の前に行くともう2人はやって来ていた。


「早いなあ……」


「あんたが遅いんだけどー。ほらさっさと行くよー。今回だけで稼げるだけ稼ぐんだからねー」


 2人が持っていた荷物が当然のように渡され、それほど抵抗なく受け取ってしまった。大して量はないのでまあ良しとする。自分が一番重装備だ。

 地図を持っているアーニャの先導で歩き始める。依頼の場所まではどうやら徒歩で行ける距離らしい。【フライ】を使わないのは魔素の温存か、もしかすると俺に気を遣っているのか……いや、ないか。


「でもなんだかこの依頼、FランクとEランクを間違えて出されているような気がするのですよねえ。確かにテンダーゴブリンは弱いですが、数が多ければ初心者には厳しいのですよ」


 ルーシャが顎に指を当てる。


「大量発生なんかだとイレギュラーが起こる可能性もありますし、危険だと思うのです」


「まあいーじゃん、Fランクのにしては割が良くてラッキーだったしー。結果的にアーニャたちが受けたから被害者出さずに済んだってことでさー」


「そうですね、そういうことにしておくのです」


「……テンダーゴブリンって強い?」


「んー、弱いゴブリンの中でも更に最弱種ですから。テンダー柔らかいと言う名前がつけられてますし、単体なら何の障害にもならないのです。というか戦ったことなかったですっけ?」


「いやまあ、そんなことはないと思う……」


 自分が入った時には〈至高の黄金〉はすでにDランクだったのでテンダーゴブリンをメインとして対峙したことがないのも訊いた理由の一つではある。

 自分にとってはスライムだろうとテンダーゴブリンだろうとボスゴブリンだろうと、何だろうと歯が立たないことに変わりがないので、強い人の意見が聞きたかったというのがもう一つだ。まあルーシャがそう言うなら大丈夫なのだろう。


「正直なところお前らがどのくらい強いのかわかってないんだけど、実際どんなもんなの? 俺より全然強いのはわかってるけどさ」


「うーん、まあ〈至高の黄金〉は今頃困ってるだろうねー。Bランクなんかですらろくにクエストがこなせなくてさー。あんな奴らでもランク上がったのはアーニャたちがいたからってとこもあるからねー」


 なんか、とは随分な言い草だ。それだけ実力差があったということか。自分にとっては誰もが強く感じるのでそこまでわからなかったけれど。


「なんか面倒事なりそーだから本気あんま出してなかったしねー。足引っ張らない程度でやってたよ」


「なんでそんなパーティにいたんだよ。お前らが引く手数多だったっぽいのは十分俺もわかったし」


「王都に来た時最初に誘われて、まーいっかって軽い気持ちで入ったの。あんたが入ってくるほんのちょっと前だったかな。長く居るつもりじゃなかったんだけどねー」


「まあその辺は色々とあるのですよ」


「へえ……でももっと強いパーティに入ればもっと稼げたんじゃないのか?」


 アーニャとルーシャが顔を見合わせる。何かを確認し合っているような目だった。


「冒険者たちってそればっかだけど、アーニャたちは別に稼ぎたくて冒険者やってるわけじゃないから」


「え、じゃあ……」


「冒険者に男が多いのはあんたでもさすがに知ってるでしょ。アーニャたちがちやほやさそれる原因の一つでもあるしー。その理由は知ってる?」


「……考えたこと無かったな」


 アーニャが予想通りだと言わんばかりに馬鹿にするような顔で肩をすくめた。


「そもそもこんなことするの、何かしら事情があって元いたところにいられなくなった爪弾き者か、よっぽど『命の宝珠ソウルズ・オーブ』が欲しいかどっちかでしょー? まーあとは腕に自信があるアホ? 真っ当に仕事して普通に生活する方がずっと良いに決まってるもんねー。この仕事、危険を冒しただけお金を稼げるって仕組みなんだから」


「別に女だからって男に劣るところはないのですし。体力も魔法で幾らでも補えますし、魔素が多いのは女の方とも言われるくらいなのです」


「なら――」


「簡単なことだよ。寄る辺のない女には、男と違って冒険者なんて命賭けなきゃいけないような危険なことしなくても効率よく稼げる方法があるの」


 言わんとしていることはわかってしまった。それでも自分が言うのははばかられる。


 暫くじっとこちらを見つめていたアーニャが「根性無し」とぼそりと呟いた。


「体売るとか、金持ちの愛妾になるとか、ねー」


 そして何の感慨も無さそうにさらりとそう言う。


「まーアーニャたちの見た目ならそっちの方が絶対稼げるし? 金持ちに援助してもらう方が楽だしねー」


「じゃあお前らがそれをしてないのはなんでだよ、媚び売るのが嫌だったとか?」


「別に、そういうわけじゃないけど……」


 有り得そうだったから言っただけだったのに、アーニャが珍しく口ごもった。


 でもそうなると、彼女たちは『命の宝珠』を欲して冒険者をしているのだろうか? それなら尚更自分なんかをパーティに入れるべきではなかったような気がするけれど。


 勢いのなくなったアーニャの様子を見て、あまり過去を詮索するのも良くなかったかと反省する。自分だって昔の話をほじくり返されて良い気はしない。


 ……まさか、思いの外この双子のことを気になっていたのだろうか。


「まーいーじゃんそんなことはさあー。ほら、そろそろ着くよー」


 不自然にアーニャが声を張り上げる。


「ここ、ここ。城壁の外で育ててる農家さんたちの依頼みたいだねー。近くの森から最近ゴブリンがすごい湧いて、被害も出てるんだってさ。これ以上状況が悪くなる前に数を減らして欲しいってー」


 なるほど、大きな畑が広がっている。王都では十分な土地が無いのでということか。


「了解なのです。今はいないみたいですけど、とりあえず話を聞いてみましょうか」


 ルーシャが大きなログハウスを指さした。

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