第4話 新パーティ結成?

 翌朝。ギルド本部の扉を開けた瞬間そこにいた全員から一斉に視線を浴びて思わず固まった。


 まず思い浮かんだのはやはり昨日盗られた登録証で何か悪事を働かれたのだろうか、ということ。もしそうだとしたらどうすればいいのだろうか。文字通り無一文なので賠償金とか払えないんだけれども。

 我に返って恐る恐る足を進めてみると、視線も一緒についてくる。


 カウンターにいつか親切な対応をしてくれた眼鏡の女性を見つけて声をかけた。


「あの……俺、何かしたんですかね?」


 彼女は困ったような表情を浮かべて少し視線をずらす。まるで俺の背後に何かいるような。


「レイ」


 すぐ後ろから冷え切った絶対零度の声が聞こえて、本能的に飛び上がった。


「待ってたのに、遅いじゃないですか」


 傍からはギチギチと音が聞こえそうに見えるだろうと思えるくらいにぎこちない動きで振り返る。


 予想通りそこに立っていた黒髪の少女がにこっと笑った。


「ずっと待ってたのですよ?」


「俺を?」


「はい」


 上目遣いで可愛らしく微笑まれるものの目が笑っていない。


「……いや、なんでだよ。もう話は終わった、よな……?」


 何と言うか、この双子と関わると面倒事に巻き込まれる。予感ではなく確信だ。昨日考えてちゃんと断ったのだからもう声をかけるのをやめてほしい。

 あとあの妹――アーニャは普通に怖いし。なんか俺勝手に目の敵にされてるし。


「そうですけど、冷たくないですか? 私たちは今日からずっと一緒に行動する仲なのに」


 すこぶる不満そうにぷうっとララが頬を膨らませた。


「……え?」


 思わず嘘みたいに耳に手を当ててしまう。今のは聞き間違いだろうか。いや、そうだ。きっとそうに違いない。


 そんな俺をルーシャは怪訝そうに見た。


「もう登録も済ませておきましたよ? 私と貴方とルルで」


「……は……?」


「やっぱり気が変わったと言っていた、それであなたから代理で登録証を預かってきた、とアーニャが。確かにこれがあればパーティの新規登録もできますし。一度断った手前、気まずかったのですよね。だからまぁ、直接来なかったのは許してあげますけど」


 まったく心当たりのないことがつらつらと語られる。これ返しますね、と登録証であるカードを手に乗せられた。本当に返してもらえるとは思っていなかったので間抜けにぽかんと口を開けてしまう。慌てて登録証を見るとパーティ名の欄が更新されていた。

 ――〈二律背反〉。

 可愛らしくない名前だが、誰がどのような気持ちで決めたのだろうか。


「姉妹を離すのは心苦しいからアーニャも私たちと同じパーティにするようにと言ってくれたのは、私としてもとても嬉しいのですよ? でっ、ですけど、まあ、その、私としてはふたりきりでも……」


「ま、待て待て待て待て!」


 慌てて手を振って制止するとルーシャはきょとんとした顔をしてこちらを見た。


「俺はそんなことひとことも――」


「言ったよねー?」


 ぽんと肩に白い手が乗る。このアーニャによく似た、けれど能天気な声は阿呆を装っているだけなのだろうということは昨日わかった。

 何も言えず動けずにいると強く力がこもる。細い指が服越しに肉にめり込んでみちみちと骨が軋む音がした。全身がまた痛みを訴えて呻き始める。


「言、っ、た、よ、ね?」


 低い声で言われたそれが最終通告だということがわかったので激しく頷く。と、ぱっとその手は離れた。


 首だけで振り返るとやはりアーニャである。ルーシャに見えないよう死角の背中の方で手を執拗に拭っているのは俺も見なかったことにしたい。


「おいアーニャ、俺はパーティを組むなんてひとことたりとも言ってないだろ……!」


 思わずぐるりとルーシャから顔を背ける。アーニャに近づきひそひそと小声で問うと嫌そうに距離を取られた。


「大人しくそういうことにしといた方がいいと思うけどなー。あんたもそろそろパーティ組めないと困る頃じゃない?」


「まあ、確かに……それはそうなんだけど」


「ラッキーなくらいだと思うけどなー。別にあんたに何の不利益もないんだから、とりあえず乗っかっとけばー?」


「う、うーん」


 改めて言われるとぐらりと揺らぐ。それでいいのか? と若干釈然としない気持ちながら首を縦に振りかける。


「そ、れ、にー」


 楽しそうにアーニャが僅かに懐からカードを覗かせた。所有者の欄は――レイ・エドック。それは先程受け取ったのとそっくりのものだ。はっとして自分の手に持っているものをよく見ると細かな部分に違いのある偽造品だった。


 悪態をつき、持っていたカードを折って投げ捨てる。やはりそう簡単に返してくれるはずがなかったのだ。

 これを渡してきたルーシャの表情はとても演技には見えなかったので、全てアーニャがひとりで企んだことだろう。


「本物はここにあるからねー。返して欲しいならアーニャから力ずくで奪うしかないけどー、あんたにそんなことできっこないでしょ? ていうかしないもんねえ、初めから」


 に、とアーニャが笑った。嗤った、と言った方が正確かもしれない。


「それにさ、どーせ〈役立たず〉のあんたは取り返したとしても期限が伸びるだけなんだから、このまま大人しくこのパーティにいた方がいーでしょ」


「ぐっ」


 胸を押さえる。図星だ。どうせ自分とパーティを組む人はいないだろう。


「いーじゃん、ちょっと僻まれるくらい我慢しなよねー。大丈夫ー、ルーシャのためだし、死なない程度には守ってあげるよ?」


 どうやらアーニャには何が心配だったのかちゃんと伝わっていたらしい。


「……なんでここまでするんだよ」


 呻くように言うと、アーニャはひょいと軽く肩を竦めた。


「アーニャはね、ルーシャが何より大切で大っ好きなの。だから幸せになって欲しいし、好きな人がやっとできたなら誰より応援したいの。本当は、ね。けど、ルーシャはあんたみたいなのには任せられない。よりによって、あんた、みたいな……」


 ぶつんと言葉を切って睨みつけてくる。当然自分のような役立たずは嫌なのだろうと納得したのだけれど、どうやら少し違うようだった。瞬きの一瞬の間に消え去りはしたが、その大きな黄金の瞳に悲しみのような色が過ぎったのだ。


 疑問を抱く俺をよそに、ぱ、と先程までの表情が嘘のようにアーニャは満面の笑みを浮かべる。


「それでねー、アーニャは考えたの。きっと好きな人が目の前で妹を好きになれば、目が覚めるんじゃないかなーって」


「……はぁっ……!?」


「ルーシャはああ見えてすっごく頑固なのー。だから例えわたしがいくらあんたの悪口を言ったって、きっと聞きやしない。けど、その目で見ればわかるはずだから。……誰でも同じだって。一時の気の迷いだって」


「さっきからずうーっと2人でこそこそと、何を話してるのですか?」


 拗ねたようなルーシャの声が背後からかかる。アーニャは振り返らず、さっきはあんなに嫌がったくせにぐっとこちらに身を寄せた。あっ、と小さな声が聞こえた気がした。


「アーニャはね、抜けてるルーシャと違っての。ほら、しっかり近くで見て。……アーニャたちって、結構可愛いでしょ?」


 今ごく近くにあるその顔は、確かによく見れば人形のように整った、それでいて無機物にはありえない愛嬌のある顔立ちだった。十人が見れば十人が好意を抱くだろうと思われる。〈至高の黄金〉の面々がちやほやしたのが今ならわかる気がする。


 黄金の瞳が細まり、蠱惑的に輝く。魅入られ、まるで獣に見つめられた獲物のように体が動かなくなる。ルルがゆっくりと指先で払った漆黒の髪から形容しがたい甘い匂いがして、思わず少しだけくらりとした。


「こうされて満更でもないくせに。どうせ、あんたも一緒なんだから」


 薄く笑みを浮かべたまま吐き捨てられた言葉に思わず声を返す。


「……何と?」


「あんたは知らなくていいの」


 今までのアーニャといえば、いつもへらへらふらふらとしてとにかくモンスターを狩っている印象しかなかった。これは思っていたのと随分違う。


「アーニャーっ!?」


 ルーシャが俺とアーニャの間に強引に身体をねじ込んできた。べりっ、とアーニャを引き剥がす。


「悪ふざけはいい加減にするのですよ!」


「ええー、悪ふざけー?」


 可愛らしく首を傾げると姉に向かってアーニャはにっこりと微笑んだ。


「違うよー、アーニャは本気なの」


 そう言ってぎゅっと俺の腕に抱きついてきたので目を白黒させる。


「はっ!? おい!?」


「ちょーどいいからここにいる皆にも言っとくねー。アーニャはコイツ……じゃなかった、レイのことが好きなのー。だから一緒にパーティ組むから。皆、誘ってくれてたのにごめんねー?」


 いつの間にか周りに人だかりができていた。主にむさ苦しい男共だ。彼らが「なんだとおおおお!?」などと呻きながら頭を抱えて頽れる。


 俺はといえばアーニャの言葉を聞いてやっとここに来たときの視線の正体を理解していた。今までの無関心にほど近い薄っぺらな侮蔑とは違う、明確に俺個人に向けられた嫉妬や羨望。

 どうやらこの双子は自分が思っていた以上に人気だったらしい。勧誘していたにも関わらず〈役立たず〉ごときとパーティを組んだようなので恨まれていたのか。


 ――そして、誰よりも困惑していたのはルーシャのようだった。


「あ、アーニャっ! 本当なの!? そっ、そんなことひとことも言ってなかったじゃない!」


「うん、言ってなかったけどねー」


「ふぇっ……?」


 平然とのたまわれてルーシャは変な声を上げ、両頬を手でおおってわたわたと右往左往する。暫くそれを繰り返して落ち着いたらしく、数度深呼吸をすると少しばかり冷めた目でアーニャを見た。


「……でもあなたたち、全然仲良くないですよね? 無視というか、何ならむしろ文句を言っていたような気がするのですが」


「それはー、あれだよ。嫌よ嫌よもなんとやらーって言うじゃーん」


「今まではとてもそのようには見えなかったのですが?」


「心の中に秘めてたって言うか何て言うか? そんな感じだよ、うん多分」


「そう、なのですね……」


 ルーシャは深刻そうな顔で俯く。まさかとは思うがアーニャの適当な言葉で言いくるめられたのだろうか。


「その、アーニャは。本当にレイのことを、す、すすっ、すき、なのですか……?」


「まあ、そういうことになるかなー。けどさー、ルーシャには関係ないでしょー?」


「へ」


 ぱちくりとルーシャが瞬く。


「だってルーシャは別にコイツのこと、どうとも思ってないんでしょー? 言ってたじゃん、自分で。断じて違うって」


「そ、それは……」


 アーニャはどうやら言質を取ろうとしているらしい。ここでルーシャが「そうなのです」とでも言えば、何か言われる度に、でもあのとき好きじゃないって言ったよね、とでもこれからずっと持ち出すつもりなのだろう。

 そしてきっとその思惑通りに答えるはずだとアーニャは踏んでいるのだ。


「わっ……私は!」


 ルーシャが大きく息を吸った。


「私も! レイが好きですっ!」


 ぎょ、とアーニャが目をひん剥いた。周囲もまたざわめき出す。


「る、ルーシャ? なに、言ってるのー?」


「好きだと言ったのですよ! レイを! 好きだと!」


 やけくそのように喚いて、ルーシャが俺に抱きついた。アーニャが抱きついたとは反対側に。


「う、うっそだー。なんとも思ってなーいって言ってたじゃーん」


 やはりこの返しは想定外だったらしく、アーニャは焦った様子で声を上ずらせている。


「本当なのです! 嘘だと思うならここで証明してみせるのですよ!」


「う、うわうわうわ待てよお前ら! 落ち着け!」


「落ち着いてるのです!」

「落ち着いてんじゃん!」


 双方から明らかに落ち着いていない声が同時に飛んできた。


「えー、ルーシャは重いしめんどくさいよ? 大人しくアーニャにしときなよー、ねぇ?」


 きゅるんと上目遣いで見られるがアーニャのぶりっ子にも結構慣れてきた。重くないというかそもそも好きじゃないだろお前の場合は。


「な、おも……っ!? い、いえっ、あなたは私がいないと駄目なのですよ! わかってるのです!」


 確かに〈至高の黄金〉で武器にたまに魔法をかけてくれていたのは随分助かりはしたけど。いないと駄目とまでは、うーん。


「いや、というかちょっと待てよ。そもそも2択っておかしいだろ? おかしい、よな……?」


「他にだれがあんたみたいなやつ好きになるの」

「それにはまあ同感なのです」


 双子がそっくりの顔でこちらを見る。


「……俺のこと好きって話だよな? なんか扱いおかしくないか?」


 アーニャが視線を逸らした――のはまあいいとして、ルーシャまでも逸らすとはどういうことか。


「まっま、いーじゃんそんなことはさー。んで、とりあえずアーニャたち3人でパーティを組むのはもう納得でいいよねー」


「え、納得?」


 事情がわかっていないルーシャが首を傾げ、一拍宙を見つめた後ぽんと手を叩いた。


「ああ、なるほど。まだこの気持ちを信用していないということなのですね」


 何がなるほどなのかが全然わからないのだが本人の中ではなにやら自己完結したらしい。


「じゃあ、とにかく一度クエストを受けてみません? そうすればわかってもらえるはずなのです。私の方が役に立つと」


「へーえ。ルーシャったらそーゆーこと言うんだ」


 何かアーニャの中でスイッチが入ったようだった。ばちばちと火花が散る。


 その間に挟まれ、そして周囲のもはや敵意剥き出しの視線に刺され、まさに針のむしろである。


「【ワープ】……」


 今消えられたらどれだけ良いだろうと発動するはずもない魔法を口の中で呟く。

 俺はそっと目を閉じて現実逃避に走った。

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