第3話 再会
あれから数週が経過した。仕方がないので今は採集系の雑用クエストを細々と受けて生活している。ろくな収入にはならないので今までの貯金を切り崩している状態だ。2ヶ月の期限もかなり迫ってきているのでそろそろ少し焦る気持ちもある。
もしそれまでに新しいパーティが見つからなければ、何か違う仕事をして食い繋がなければならない。王都から立ち去るわけにはいかないのだ。
食堂で野菜の欠片が浮いたスープをつつく。これと小さなパンで200ギル。一番安いメニューだが、これでも自分とってはかなり痛い。王都は物価が高いと思う。生まれが田舎だからそう感じるのかもしれないが。
ぼうっとしていると空いている席を探しているらしい少年がきょろきょろと周りを見回しているのを見つけた。まだ装備が新しい。王都には来たばかりなのだろう。
目が合ったので隣が空いているということをジェスチャーで示すがまるで恐ろしいモンスターでも見たように足早に逃げられた。それを見届け、がっくりと肩を落とす。
あんな子たちにも避けられているらしい。というのも、自分がフリーになったという噂があっという間に広がっているようなのだ。自分のパーティに入ろうとされては困るからと、声をかけようとすれば聞こえなかったフリをされ、まずそもそも物理的にも誰も近づいて来なくなっていた。おかげで混雑時にも関わらず長机にひとりで広々と使っている。
……くそっ、嬉しくない。当てつけのように真ん中に座ってやる。どうせ誰も来ないし。
初心者のパーティなら自分はいてもそれほど邪魔にはならないと思うのだけれど、ご親切なセンパイたちにあることないこと吹き込まれているようだ。
そんなに邪険にせずともいいだろうに。人間というのははぐれ者を爪弾きにして安心するものだから、仕方ないけれど。
仕方ない、と思う回数が増えていることには気がついていた。それが酷く虚しいことにも。
けれど、どうしようもないのだ。こんな扱いは幼い頃からずっとで、もう当たり前だと理解もしている。今更何にも怒りをおぼえることすらできない。ひたすらぐるぐるとスープを掻き混ぜる。
「あの、隣、いいですか?」
誰かが近くで話している。返事くらいすればいいのに。
「あ、の! と、な、り!」
耳元で大声を出され、飛び上がった。
「……え、俺?」
「そうです。他に誰に話しかけるのですか」
深くフードを被った、背格好から恐らく線の細い少女と思われる人物がどかりと勢いよく隣に座った。腕を組んで真っ直ぐ前を向いているのでこちらから顔は見えない。
「困っているようですね?」
「……まあ、それなりには」
新手の冷やかしだろうか。避けられているのもそこそこ気は滅入るけれど、これはこれで鬱陶しい。
「やはりパーティは組めていないようですね。予想通りなのです」
「お前……!」
正面から挑発されて思わず青筋を立てかけたが、ふと気づいて思いとどまる。
「まあ、あなたは魔法を使えないだけで? それなりに雑用には使えますし? その辺に気がつかないのは? 皆阿呆と言いますか何と言うか――」
「ルーシャ」
びくん、と少女の肩が揺れた。
「さすがに声でわかる。なに、冷やかし?」
ゆっくりとこちらを向く。可愛らしく整った顔がこちらを睨んでいた。こうして並んでちゃんと向かい合ったのはもしかすると初めてかもしれない。あまり視線が合うことがなかったので気がつかなかったが、綺麗な
特徴的な艶やかな
「べ、別に! あなたのことを心配してとか、そういうわけではないのですが! そんなひもじい食事をしているのが目に入ったので、施しでもしてあげようかななんてほーんの少し思っただけなのですけど!」
ふん、と顔を背けて、こちらに皿を押しやった。串肉が載っている。正直かなり魅力的だ。思わずごくりと唾を飲んで、はっとして押し返す。
「ななななんですか!? 私の肉は食べられないとでも言うつもりなのですか!?」
「いや、だってもう他人だし。そんなことしてもらう義理なんて無いしなあって」
「たっ、た、他人……」
なぜかルーシャがショックを受けたように固まった。たっぷり数秒そのまま動きを止めたあと、何事も無かったようにこちらを向くとこほんと咳をした。
「実は私も今、フリーなのです」
「は……フリー? なんでやめたんだ? あいつら、お前たちのことちやほやしてただろ」
お前たちとはルーシャとアーニャ、2人の少女のことである。モンスターとの戦いに明け暮れているとは思えないような見目麗しいうら若い少女たちは、むさ苦しい男たちに一国の姫とばかりにもてはやされ甘やかされていた。
「確かに楽は楽でしたけど、ずっとやめようとは思っていたのです。私たちの
随分な言われようだ。さすがに可哀想になってきた。
「パーティ名を決める話し合いに参加してない俺は初耳だけど、あの名前はそういうわけだったのか。……ん? 私たち?」
「そうですよ。何言ってるのですか」
首を傾げられたので同じように首を傾げる。
「まあ、そんなことはいいのですよ。ええと、その……とにかく、ですね」
ルーシャは何か言い淀むようにもごもごと口を動かし、やがて上目遣いに俺を見た。
「その、もし、どうしても困っているようなら、パーティを組んであげなくもないのですよ? 誰もあなたと組もうとせず、そのせいでこんな食事をしたりひもじい思いをしたりと生活に困っているようなら、その、私が――」
「まっ、こーんなにお膳立てして骨折り損なんてなったら目も当てられないもんねーっ!」
ひょっこりと唐突に彼女の後ろにもう一人現れた。高い位置で結んだ漆黒の髪が耳のように揺れる、見覚えのある姿。
「アーニャ? なんでお前まで」
「あんたがとうとうパーティから追い出されてさー、ルーシャがなーんか色々やってんなって思ったらこそこそあんたがいかに役に立たなかったかって話を丁寧にして回ってるしー。それとなーくその噂広めるように立ち回ってるしー」
「おい、ルーシャ……?」
元から嫌われ者である自分にそこまでして追い打ちをかけなくてもいいじゃないかと思う。彼女だけに対して特別何かをしてしまったおぼえはないのだけれど、役立たずの自分はやはりいるだけで不快感を与えていたのだろうか。
「それはまあっ、その、べっ、別に誰かに
「もちろんわかって……え?」
視線を向けると猛烈な勢いで顔を赤らめられたので予想していなかった反応に驚く。
「え? あれっ、そういうやつ……? なんか思ってたのと違うんだけど、それってまさか俺のことが」
「今のは例えばの話ですからね。断じて違うと言ってるのですよ私は」
ほんのちょっと調子に乗っただけなのに物凄い形相で睨まれた。そうやって過剰に反応すると逆に怪しいですよとは言えるはずもなく。
命の危険を感じてそっと口を閉じる。
「もうもうアーニャったらまったく本当に何でもかんでも話すんだからもうもうもう」
ルーシャが早口で唸りながらアーニャに飛びかかってぎりぎりと首を締めた。そこで、アーニャの瞳もルーシャと同じ黄金色だということに気がつく。
「まったくはこっちのセリフだよー。昔から素直じゃないんだからねー、ルーシャ姉さんは」
「姉さん?」
「あれ、あんたは知らなかったんだっけー? アーニャとルーシャは双子の姉妹だよー。一応ララが姉さんで、アーニャが妹」
そう言われて改めて見るととても似ている……というかそっくりだ。いつも微妙に機嫌の悪そうな顔をしているルーシャ、あっけらかんとした顔のわかりやすいアーニャ、表情の違いはかなりあるが。
「……知るわけないだろ、ろくに話したことなかったんだから……」
「そんなことすら知られてなかったのかー。そー思うとパーティのメンバーだったのにおかしな話だよねー。まーアーニャは気持ちよくモンスターさえ
「いい加減黙るのですよ、アーニャ。それ以上話すようならその無駄口ばかり叩く口に永遠にチャックを」
ふわ、とフードがはためいて外れた。あらわになった
「【
「うわ、ごめんごめんこんなとこで
強力な魔法を使う時、行使者の体内から漏れ出た魔素が風圧を生み出す。それがオーラと呼ばれるものだ。故にこれが発生すれば危険だということは見れば誰にでもすぐにわかるもので。
どうやら役立たずの俺と何を話しているのかと周囲の人間は聞き耳を立てていたらしいが、突然
ルーシャは我に返るとすとんと腰を下ろし優雅に指で髪を梳いた。ただ今更それで誤魔化されるような騒動ではない。よく見ると小刻みに肩が震えている。
「……外で話しましょう」
ごく小さな声で言って素早く立ち上がる。その小さな耳がほんのり赤く染まっていた。
「あーあ、アーニャたちそれなりに目立つんだからすぐに噂になっちゃうだろーねー。〈役立たず〉にあの双子が絡んでたーって」
どうやら自分が目立つという自覚はあるらしい。いつも頭の悪そうな言動をするが、本当はそこまで阿呆というわけでもないのかもしれない。
「噂じゃなくて事実になればいいのです」
ルーシャは何か吹っ切れたように不敵に笑った。
「さあ、レイ。私とパーティを組むのですか? 組まないのですか?」
「いや、うーん……うーーん」
パーティを組むという申し出だけなら魅力的だ。それも非常に。ただ相手が相手だ。どうやらこの双子は異常に注目を集めているようだし、やっかみやら何やらで絡まれたりすればかなり困る。何と言っても自分は魔法が使えないのだ。自衛ができない。
「うん……組まない」
「ええ、もちろんそうですよね。当然、私と組まな、い……組まない? どうしてなのですか!?」
「リスクが高すぎるかなって。特に前のパーティの奴らに目の敵にされそう」
「いいじゃないですかそのくらい! それと私がパーティに入ることの利点を天秤にかけて考えてみてください、ねっ、レイ?」
「考えたから、コレ」
「な、なんで? 困ってるんじゃ、ないの……?」
「確かに困ってるけど、俺は〈役立たず〉だから命がかかってる」
「〜〜〜っ」
意味が伝わったのかはわからないが、ルーシャが顔を真っ赤にして何か言いたそうに口をぱくぱくと開け閉めさせた。けれど結局何も言わずにくるりと背を向け、そのまま猛スピードで走り去っていった。
それを見送りながらアーニャが小さくため息をつく。
「もーっ、黙って見てればレイったら何してんのさー。ルーシャをいじめるの、やめてくれないかなー?」
「はあ? いや、別にいじめたつもりは――ぐ、ふっ!?」
何が起こったのかわかったのは、吹き飛んだ後だった。背中から何度も転がって店先の樽にぶつかって止まる。全身が激痛を訴えているがそれ以上にじんじんと鳩尾に残る強烈な痛みと、握られたアーニャの小さな手。
どうしてこんな目に遭っているのか意味がわからないままごろごろとのたうち回って悶絶した。そんな俺にアーニャがこつこつと靴を鳴らしながら近づいてくる。呼吸がろくにできず、すでに頭が朦朧としていた。もう一度食らえば本気で命が危ない。
「あんた、気づいたんでしょ?」
「な、に……」
上手く喋れない。血の味がする。
「なにって。気持ち、に決まってんじゃん」
「いや……でも……お、俺? おかしい、だろ……?」
返事のかわりにぐっとつま先で小突かれた。胸ぐらをつかまれ、ずるずると引き摺られて人気のない路地に放られる。この細腕のどこからそんな力があるのか、いとも簡単に。
「ルーシャってさ、ああ見えてアホの子なんだよねえ。自爆するのが多いっていうか、頑張れば頑張るだけ墓穴掘るっていうか。まあそこが可愛いからついつい茶々入れちゃうんだけどー」
あれだけ話すとなんとなく察せてはいたが、ルーシャはどうやらしっかり者の皮を被ったドジっ娘だったらしい。
それにしても口を滑らせすぎのような気はするけれども。あまりにもつるっつるである。
「で? わかったのに、すっとぼけるの? ルーシャの誘いを断るっていうの?」
「いや、だって……困る、し」
「困る、ねぇ」
冷たい声が降ってきた。
「気を持たせるようなことしといてそんなこと言うの」
「気……?」
必死に記憶を辿るが、まったくもって心当たりがない。ただそれをどう弁明すれば良いかが問題だ。そもそもまともに話したこともないのに彼女をどうやって口説くというのだろう……とは思わなくもないけれど、それを言ったところで間違いなくアーニャは納得しない。
「ルーシャはこんなやつのどこがいいんだかねー。けど、殺したら悲しむからなあ。それはできないからなあ、ちぇーっ」
しゃがんでこちらを覗き込む、羨むような目。
そこでやっと俺は理解した。
まさかこいつは――
それならなんとなく、本当になんとなーくではあるものの今の状況を理解できる。なぜかまったくわからないがどうやら俺に気があるらしいルーシャ、そしてその俺をうっかり殺しそうになるくらいルーシャ――姉のことが大好きなアーニャ。全ての矢印が完全に一方通行、誰も得をしていない。
俺としてはとばっちりというか、正直ひたすら迷惑極まりないだけだ。
「はーあ、もーホント仕方ないんだから」
アーニャは身動きの取れない俺のそばにしゃがみこみ、荷物を取り上げた。
大したものは入っていないがそれでもなけなしの財産だ。そして初めてパーティとしてギルドに登録した時に発行された登録証も入っている。クエストの受注の時に必要なので、あれがなければ本当に今度こそ路頭に迷うことになる。何なら目先の金より大切なものだ。
「じゃーね。これは借りてくから」
そう言うアーニャに必死に手を伸ばしたが、ぎりぎりと踏みつけられた。やはり取り返すことはできなさそうだ。
何かに悪用されないことを祈りつつ、無謀なことはやめようと早々に諦める。偽造やら重複やらを防ぐため再発行はできなかった気がするが、もしかすると何か対策があるかもしれない。もう日が沈む。明日の朝ギルドに問い合わせてみるか。
無様に地面に這いつくばった俺は悲鳴をあげる身体を宥めつつ安全な野宿の場所を考え始めた。
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