第2話 嫌な目
「――はい、これで〈至高の黄金〉の脱退届けが受理されました。只今よりレイ・エドックさまは無所属……フリーとなります。お次のパーティは?」
「あーええと、まだ決まってないんですけど」
ギルドの職員が隠しきれなかった様子で僅かに眉をひそめた。
わからなくもない。フリーになることによって得られる利益は皆無といっても過言ではないのだから。強いていえばクエストやらの報酬が独り占めできることだが、当然時間もかかり疲労もたまりやすいのであまり賢いやり方だとは言えない。そしてやはり一人だと命の危険もぐっと上がる。
よって次のパーティを決めず脱退する人はよほど考え無しか、一人で十分だと思い上がっているか、他のメンバーに爪弾きにされたか――とにかく何か問題がある人物である可能性が高いのだ。
「ちなみに一人で再登録することは……」
「申し訳ありません、パーティの登録は2名からとなっておりまして」
駄目元だったけれど、やっぱり駄目なようだ。がっくりと肩を落とす。
「……じゃあ一人でも受けられるクエストはありますか?」
「パーティを抜けた方は次のパーティに入るまでの猶予期間として2ヶ月間は一人でもFランクのクエストのみ受けられることになっていますが……危険なだけで割に合いませんし、あまりおすすめはしませんよ? その辺の人を誘って臨時でもパーティを組んだ方が良いとは思いますけれど」
「いや、ちょっとそれは」
「そうですか。……今受けられるクエストはこちらです」
出された一覧を吟味する。クエストには大まかに分けて討伐系と採集系の2つがある。討伐系はハイリスクハイリターンで、採集系はローリスクローリターンだ。またパーティのランクと受けられるクエストのランクは対応していて、比例して難易度も上がる。Fランクの討伐系クエストとEランクの採集系クエストなら後者の方が難しい、というように。
Fランクの採集系クエストの報酬はあまりに微々たるものなのでできれば避けたい。比較的報酬の高い『スライム討伐』を選んだ。討伐数制限は特になしでできるだけ多く、とのこと。順調にこなせば宿代くらいにはなるだろうという感じだ。今回のように討伐のクエストの場合は、依頼された個体の証拠となるものを持ち帰り、それを換金するところまでで完了する。そして依頼主からギルドへの連絡で正式に終了だ。ノルマが課せられている場合は、それ以上の働きをすればそれだけ評価が上乗せされる。
パーティが得た金額はギルドによって逐一記録され、一定値に達するとランクが上がるシステムになっている。それだけクエストを受けたというわかりやすい指標になるからだ。そのためクエストはパーティ単位でしか受けられないし、同時に複数のクエストを受けることはできない。
スライムはかなり弱いモンスターだが、魔法の使えない自分にはそれでも強敵だ。武器がナイフ一本では心許ないので追加で5本ほど購入する。こういうことをするので報酬が入ってもプラスマイナスであまり収入が無くなる。
本来武器なんてものはあまり必要のないものなのだけれど、自分とってはいくらあっても困らない。
クエストの依頼主、スライムが出現して困っているという町外れの家に行く。そこに住んでいたお爺さんに事情を聞くと畑を荒らされて面倒だということだった。老人なので魔法を使うのも億劫なのだという。なるほど、それでこんな弱いモンスターの討伐を依頼したのか。
畑をのぞくと確かにぷよぷよとした怪しい色の物体が跳ねていた。あれがスライムだ。モンスターというのは往々にして人とはかけ離れた姿をしていることか多い。こいつも例に漏れず手足のない丸っこい体で動き回っている。
「てやぁ!」
手近な青色をしたスライムに狙いをつけ、死角から飛び出し気合いを入れてナイフを突き刺した。
ずぶ、とまともに根元まで刺さったが、スライムは僅かにも応えた様子はなくこちらを鬱陶しそうに見た。体に刺さっていたナイフがどろりと溶けて無くなる。ごとりと残された柄が虚しく地面に落ちた。
これが魔法の使えない自分が嫌がられている理由だ。
スライムだけではない。あらゆるモンスターは様々な手段で物理攻撃に大して高い耐性を持っているのだ。故に効果的なダメージを与えるためには魔法攻撃をするか、魔法を纏わせた武器や拳などで攻撃することが推奨されている。
そして俺は――一切合切、魔法を使うことができない。
魔法というものは、本来呼吸をするのと同じくらいのレベルで当たり前に使えるものであるはずなのだ。人族の体内には生まれつき魔素というものを分泌する器官があり――明確に存在は発見されていないものの魔臓と呼ばれている――それにより超常的な力を行使する、らしい。魔法の使えない自分には詳しいことはわからないけれど、つまり魔法というのは、使い方なんて説明できないような、得手不得手はあるにしろ誰もが使えるものであるはずなのだ。
……が。自分にだけは使えなかった。
そんな自分は言うまでもなくただの役立たずでしかなかった。産まれたばかりの頃は心配されていたようだったが、十を超えたあたりでそれは疑惑に変わり、それから数年経って嫌悪になった。恥晒しだと罵られ、家を、ひいては地元を追い出されてしまった。
怪しい荷物運びやらで何やらで細々と金を稼ぎ、やっと王都に来ることができた。それが数ヶ月前のことだ。
それからギルド本部に入り浸り、自分の唯一の長所を懇切丁寧にしつこく説明し、どうにかパーティ〈至高の黄金〉に荷物持ちとして入ることができた。当時パーティを結成したばかりでランクが低く、丁度一人分空いていたからというのも大きかったのだとは思う。要するにタイミングが良かったのだ。
ちなみにその長所とは、なぜか『魔法の効きがやたらいい』ということだ。まあ結局、俺の長所を活かしてくれたことは一度もなかったのだけれど。
今までもそうだったのだが、大体魔法が使えないとわかるや否や不気味がって関わってこなくなるかあからさまに悪意を向けてくるかのどちらかだったので、ちゃんと手を貸してもらえたためしがない。当然悪意がある人間の「やってみてやろうかぁ?」は拒否しているのでノーカウントだ。明らかに玩具にしようとしているとわかるし、一度頷けば何をされるかわかったものではない。
とにかく、俺一人ではこんな火の玉ひとつで消し飛ぶようなモンスター相手に一生懸命腕を振り回すしかないのである。武器の消耗がやたら激しいのも、魔法で攻撃することはできず武器を強化することもできないからだ。
性懲りも無く2本目のナイフを突き刺す。スライムが苛立ったような声を上げた。じゅう、と嫌な音がしてまた刃が溶けて無くなった。柄だけになったナイフを見てため息をつく。
「おい、こんなんでも一食分くらいの値段はしたんだからな!」
俺の怨嗟の声などどこ吹く風でスライムは飛びかかってきた。柄だけで押し返そうとするがやはり無理で、跳ね返したのと同じ分後ろに転がった。
「くそ……」
ろくに攻撃を受けていないのにもうぼろぼろである。スライム相手にこんな大事をしているなんて恐らく子供が見ても笑うだろう。
俺はスライムに飛びかかるとその体を引きちぎった。全身スライムの体液でドロドロになりながらちぎっては投げ、ちぎっては投げる。全体がぷるぷるとしたゼリー状のこのモンスターはこんなことをしても大したダメージにはならないが、それも塵も積もればというやつである。
「お前はお爺さんの畑の養分にでもなっとけよ!」
気がつけば近くにはスライムの破片が飛び散っていた。どうやら勝利したようである。ふう、と額の汗を拭いぶよぶよとした塊を小瓶に回収する。
そこでまだ畑に何匹も同じものが跳ねていることに気がついてげんなりとした。また何度も死闘を繰り広げることになるのか……と気が遠くなりかけた時、じゅっと目の前のスライムが一斉に焦げて消し飛んだ。
「【ファイア】」
家から顔を出したお爺さんがこちらに手を伸ばしてぼんやりとそう呟く。お爺さんの手のひらに握りこぶし大の火の玉が生まれ、こちらに飛んでくるとまたスライムを溶かした。
「遊ぶのもいいがなあ、お兄さん、もう日が暮れるがね」
言われて天を仰ぐと、青かったはずの空は確かに橙色に滲んでいた。スライム一体と格闘している間に長い時間が経過していたようだ。
「あ……ハイ」
「まったく、最近の若いモンはこの程度の依頼もまともにこなせんのかい。手早く終わると思って害虫駆除を頼んだのに、とんだ冷やかしだったよ」
自分と一緒に若いモンとくくられるのは可哀想ではあるけれど。きっと他の人ならお爺さんの言葉通り一瞬で終わっていただろう。
「今から夕飯なのでね。ほら、もう行った行った」
しっしっと手で追い払われ、お爺さんはこちらを一瞥することもなく扉を閉めた。
「……スライム一体、ですか」
「はい」
「ええ、と、他には」
「ないです」
眼鏡をかけたいかにも真面目そうなギルドの換金所の女性職員が俺の全身を眺め回したあと、小瓶を受け取ってすこぶる訝しげな顔をして引っ込んでいった。
気持ちはわかる。これでも王都に来てからある程度は経っているし、装備は初心者には見えないはずだ。それなのにこれっぽっちのものを換金しようとしているから疑問に思っているのだろう。
「お待たせ致しました。こちらがスライム一体分、100ギルになります」
トレーに穴の空いたコインが置かれる。いたたまれたくてそれを素早く袋に突っ込んだ。
「あの……何か、ご事情があるようでしたら」
なおも声をかけてきた女性職員を通りがかった別の職員が肘で小突いた。
「ちょっとやめなよ、エリー。まだ知らないんだっけ? こいつ、〈役立たず〉のレイ・エドックだよ」
「役立たず……?」
「そ。こいつ、魔法が使えないんだから。噂になってるよ。荷物持ちやってたけど、とうとうパーティ追い出されたんだって」
わざとらしくひそひそと言って、その職員は嫌な目でこちらを見た。蔑んでいる目だ。
そういえば、朝の職員もこんな目をしていたのかもしれない。あの人も腹の底で自分を〈役立たず〉と思いながら対応していたのだろうか。
今までは一応パーティのメンバーだった手前、目の前で直接聞こえるように馬鹿にされることが無かったというだけなのだ、と。ギルドの職員たちにまで実はそのように呼ばれていたのだと知ってしまい、憂鬱だった。
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