パーティを追い出された役立たず、なぜか最凶姉妹と最強を目指すことになりました

花咲夕慕

第1話〈役立たず〉

「……あ」


 ぼろっ、と手にしていたナイフが砕ける。


 不格好な鈍器に成り下がったそれを投げ捨て腰に手をやり、そこで顔をしかめた。

 そういえばさっきのが最後の一本だったと思い出す。嘆息しつつ拾い上げ切り付けるが、本来の切れ味を失ったナイフはがちんといとも容易く弾かれた。

 まあ、今までも大して変わりなかったのだが。


 じろりとこちらを向く理性のない瞳。そのくせ見下すような色が滲んでいることに気がついて舌打ちをする。

 全身が見るからに硬質な鱗で覆われている。その色は艶のない黒。ダークリザードマンだ。二足歩行ではあるが長く伸びた爪や牙は見るだけでも恐ろしい。その異形の姿は自分たちとは違う怪物モンスターだとひと目でわかるもの。


 ダークリザードマンは微かに傷のついた鱗を不満そうに一瞥して腕を振り上げた。ぎらりと光る血と泥で汚れた鋭い爪。


 仕方ない、と諦めダメージを最小限に抑えるべく転がろうと身を縮めた時、グシャッと物が砕ける嫌な音がしてすぐそばまで迫り来ていたモンスターが吹き飛び、そしてそのまま動かなくなった。一撃で命を奪い去るぞっとするような威力。


「なにうずくまってんのー? はらいたー? めっちゃ邪魔なんだけどー。どーせあんたはろくに動けないんだからすっこんでなよねー」


 足を高く掲げたままちらりと視線だけをこちらに向け、そう素っ気なくたずねてきたのは太ももまで届くような漆黒くろの長髪を耳の上で2つに結わえた線の細い少女。しかし驚くなかれ、他でもない、モンスターを軽々と蹴飛ばした張本人だ。

 彼女の名をアーニャという。同業者たちには〈突貫〉のアーニャと呼ばれることがある。その理由は一度一緒にクエストを受ければ嫌でも皆が知ることになるのだが、儚げな見た目に惑わされる犠牲者が後を絶たない。


「いや……武器が無くなって。どうしようもないから」


「あー、またリーダーたちにシメられるねー。まーアーニャ的にはどうでもいーけどー」


「仕方ないだろ。足りてないよ、物資の支給が」


「そんなに武器壊すのあんたくらいしかいないからねー。ま、使からしょーがないんだけどさー」


 アーニャ、と呼ばれた声に振り向き、彼女はこちらを一瞥もせずに飛んでいった。気まぐれに話しかけてくることはあるが、自分は基本的にこういう扱いなのだ。今日は話しかけられただけ随分マシだ。


「【眩くきらめくひかりの矢よ、我らに仇なす魔を穿て――】」


 後方から鈴の振るような涼やかな声が聞こえて振り返ると、アーニャとよく似た背格好の少女が手を伸ばしていた。


「【シャイニング・アロー】!」


 彼女の手から幾本も尾を引くように細い光の筋が伸び、見えないほどのスピードで一直線に頭上を通り過ぎると、ズガガガッ! と周囲のモンスターに勢いよく突き刺さる。その衝撃でもうもうと煙が立ち込め、後に残ったのは黒焦げになった死骸だけ。


 彼女は暫くそれを眺めていたが、見られていることに気がつくとにっこりと花が咲くように笑った。


「ああ、レイですか。そろそろ切り上げるらしいのですよ」


 彼女の名をルーシャという。艶やかな白銀の髪を低い位置で2つに束ねている。ルーシャもアーニャと同じように、同業者たちから〈執着〉のルーシャと呼ばれることがある。嫋やかな笑みを浮かべる彼女からはあまり連想されない言葉だが、これまたアーニャと同じく――まあ、とにかく本性というのは見た目だけでは計り知れないものてぁるらしい。


 ルーシャは地面に落ちた残骸を見つけたようだった。きゅっと可愛らしい眉根をひそめる。


「あれっ、まさかナイフ使い切ったのですか」


「あー、うん」


「……私が魔法をかけてあげたのもですか?」


「それは最後まで残ってたけど、ついさっき」


 はぁーっ、と盛大なため息をつかれた。


「まったくあなたは、だからなんて呼ばれるのですよ? 武器がいくらあっても足りないじゃないですか」


「それは……ごめん」


「あーもう、私は先に行っておきますから、さっさと帰ってきてくださいなのです」


 ルーシャは呆れたと言わんばかりに首を振ると、指先で足に触れた。一度開けた口を閉じて、今度は躊躇うようにゆっくりと開く。


「レイ」


「……なに?」


「あなたみたいな〈役立たず〉が、何故冒険者なんてものをやっているのですか? お金を稼ぐだけなら、別の仕事だってあるのですよ。どうして一番向いていないものをわざわざ?」


「……別にいいだろ、そんなの何でも」


「まあ、そうなのですが……そうですね。突然変なことを訊いたのです」


 話は終わりだとばかりに目を背けると息を吸う。


「【フライ】」


 ふわ、と彼女の体が浮き上がる。そのまま見る間に遠ざかっていった。周りでも同じようなことが行われている。


 ぼうっとしていると気がつけばぽつんと残されているのは自分だけになっていた。いつものことなので大したショックではないけれど。

 死骸をばらし、当たり前のように自分と共に置き去りにされている荷物を背負って、フラフラしながら立ち上がった。いっぱいに詰まっているモンスターの皮やら牙やらはギルドに持ち帰って換金することになる。


 ダークリザードマン18体。ノルマはかなり超えているし、これだけあれば今日くらいにもそろそろパーティランクが上がるかもしれない。


 重い身体を引き摺りながら、リーダーたちの機嫌が直ればいいな、と思った。




 自分たち人族が住んでいるのはゾンネ大陸。そしてもう一つ、モーント大陸というものが海を挟んだ遥か彼方にあると言われている。

 モーント大陸は魔族――現在ではその暴挙を揶揄して怪物モンスターと呼ばれることの方が多い――の住処なのだそうだ。姿形が違う自分たちは長く互いに関わらず、静かに暮らしていたはずたった。しかし彼らの王である魔王はモンスターを率いてゾンネ大陸に攻めてきた。それが300年ほど前のこと。だがモンスターらは今尚ゾンネ大陸を我が物顔で跋扈し、人族に被害を与えている。本拠地、ひいては魔王を討つのが争いを終わらせるためには最善と思われるが、残念ながらそういうわけにはいかなかった。


 この2つの大陸の間にある海、これが非常に厄介なのだ。まず、人族がその水を浴びれば体が溶ける。魔法で身体強化すれば強行突破することも不可能ではないのだが、困ったことにある地点まで行くと強制的にゾンネ大陸に戻される魔法がかけられているのである。魔王がかけたものだそうで、幾度も試したが解除は現時点で無理だという結論に至っている。モンスターはその魔法の影響を受けないためいくらでもやってくる。結局人族としてはゾンネ大陸で迎え撃つしか手がないのだ。


 だが、人族にも一つだけモーント大陸に行く手段がある。それが王家の血筋だけが使える究極の転移魔法、【アルティメット=テレポーテーション】である。何に妨害されようと全てを無効化し、対象者を目的の場所に絶対に送ることが可能という凄まじい魔法だ。しかし当然のことではあるがこれには膨大な魔力を必要とする。そのため、行使者は一生に一度しか使えない。またもう一つの障害が送れる人数で、精々7人が限界とされている。


 そうなると誰を送るかが問題になってくる。この問題を解消するのが『ギルド』だ。腕に覚えのある――その心意気を称えて冒険者と呼ばれる人々が上限7人で『パーティ』を組み登録するのだが、それらをF、E、D、C、B、A、Sの段階にランク分けする。冒険者はこの地に蔓延るモンスターと戦う専門職スペシャリストとしての役割も担っている。彼らがモンスターを退けることによってこの大陸が完全には侵略されずに済んでおり、ある程度の平穏が守られているのだ。このようなモンスターの討伐や危険な場所にあるものの採集などクエストをこなすことでパーティランクが上がり、Sに到達するとSランクトーナメントなるものに参加する権利が与えられ、そこで決められた最強のパーティが魔王の元へと送られることになるのだ。



 代々の王は次の王に引き継ぐ時にその力を使うことになっており、次の【アルティメット=テレポーテーション】は一年後に予定されている。否が応でもパーティ同士の争いは白熱するというわけだ。


 なぜ、最強のパーティを目指すか。それは魔王を倒した暁に与えられる、『命の宝珠ソウルズ・オーブ』を手に入れるために他ならない。

 何でもひとつだけ、願いが叶うのだという。何でも、だ。富も名誉も心も思いのままに、そしてあらゆる理を超えて、ひとの生命さえも。



 それなら俺は、何故冒険者をやっているのか。名声が欲しいか? 『命の宝珠』が欲しいか? ……いや、そんなものではない。


 自分には、目指していることがある。冒険者でなければ成し遂げられないであろうことだ。あまりにも馬鹿げていて、絶対に誰にも言えやしないけれど。




 ――でも、現実はあまりに無情だ。


「出て行ってくれ」


 強い口調で言われ、どんと肩を押された。踏ん張れず倒れ込み強かに尻を打った。自分を見下ろしているのはパーティのリーダー、リアムだった。厳つい髭面で、口は悪いが人情に厚く、仲間の危機には直ぐに駆けつける、そんな男だった。


 仲間、には。


「パーティのリーダーである俺にはメンバーを強制的に脱退させられるのはお前だって知ってるだろう。けどな、俺だってそれはできればしたくない」


「……突然言われても、準備とかは」


「突然? ハッ、大して役にも立たねぇ穀潰しが。今日も得物全部潰しやがって、それに幾らかかると思ってんだよ、ああ?」


「毎日毎日、テメェが足引っ張ってんの、わかんねえのかよ。いつ自分から出ていくって言うのか俺たちは待ってたんだよ。察せよなあ、そのくらい」


「俺たち〈至高の黄金〉は今日でBランクになった。そろそろ荷物係も強くないと困るんだわ。意味、わかるよな?」


 レナト、ルーグ、ガイア。

 皆、仲間思いで明るく、いい奴らなのは知っている。


 ろくに会話を交わしたことすらない自分は、やはり仲間だと思われてはいなかったようだけれど。


 あまりに心無い扱いに、思わずパーティの中で自分のことを空気扱いせずたまに声をかけてくれたルーシャとアーニャに視線をやる。しかしルーシャは何も言わずに顔を伏せ、アーニャはどうでもよさそうにぼうっと宙を見つめていた。


「わかっただろう。……魔法が使えないお前は、誰にも要らない」


 リーダーに餞別とばかりに押し付けられた一本のナイフ、そしてごく少ない荷物と共に扉の外へ追い出される。がちゃん、と鍵がかかった音がした。


 何か月前だっただろうか、パーティで買ったホームを見上げる。もう二度と入ることはないだろう。


 渡されたナイフを見てため息をついた。こういうことを最後にされると困る。流石に気落ちはするけれど、別に恨めしいとまでは思わないのに。仕方の無いことだとはわかっている。


 ――やっぱりどこでも扱いは一緒なのだな、と思った。


 ひとまずどこか宿を探そう。その後のことは明日、ギルドに顔を出して考えることにするしかない。

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