第6話
私の名は左近。相棒である右遠とともに主を護る式神である。しかし、時は現代。戦とは無縁となったこの国で、我々も新たな生き方を模索せねばならないようになった。そんな私は今、
犬とにらみ合っていた。
「おい、デカ犬。今日こそ風呂に入れてやるからな。覚悟しろよ」
「断る。オレの毛並みは今日もばつぐんに整っている。必要ない。それと、オレはデカ犬ではない。カゲオだ」
「そんなことはどうだっていいんだよ。お前の毛が部屋中に散って、掃除がたいへんなんだから、おとなしく風呂に入れ」
「やかましい左の。お前に指図されるいわれなどない」
さっきからこの繰り返しである。数日前に右遠が拾ってきたこのデカい黒犬、なんともふてぶてしい態度でうちに居座っている。こいつを飼うことをきっと主はお許しにならないと思っていたが、私と右遠の期待は大いに裏切られてしまった。
「いいんじゃないかな、別に。うちのマンション、ペット可だし」
とあっさりと、実にあっさりとこいつはここで飼われることになった。最近思うようになったのだが、主は懐が広いのか単に何も考えてないだけなのか、どっちなのだろう……。
「だいたいお主おかしいのではないか。そんなガタイをしておいて右遠どのよりメシを作るのが上手いとか、何の冗談だ」
「はァ?お前に関係ないだろう!私が料理ができて何が悪い!」
「あぁ悪いとも。イメージの問題だ、イメージの。お主のような粗野な見た目の男が料理上手とか、ギャップ受けを狙っておるのか?」
「何言ってんのか分からんが、バカにされてんのは分かるぞ!喧嘩か?やんのか?」
「おうよ、かかってくるがいい。返り討ちにしてやるわ、左の」
かかってこいと言いつつ自分から飛び掛かってくるデカ犬。それに応戦していると、玄関のチャイムが鳴った。
「おい。客人だ。出迎えるから噛みつくのをやめ……やめろっつってんだよデカ犬!」
腕に食い付いているデカ犬を押しのけて玄関のドアを開ける。そこには隣に住むジョルジオとメガロが立っていた。
「こんにちは、サコン!今日も暑いね。とりあえず中に……」
「帰れ」
私はジョルジオが何か言い終わるのを待たずにドアを閉めた。強めに。
だがやつは玄関のドアを叩きながらまだ何かわめいている。このままでは近所迷惑か。仕方がない。私は再びドアを開けた。
「いきなり閉めるとは、なんてやつだ!うちのお兄様たちからもこんな仕打ちを受けたことはないぞ!」
「いいから、入るならさっさと入れ。玄関先で大声を出すな」
「あ、はい。おじゃまするよ」
そう言ってうちに入ってきたジョルジオは、目の前のデカ犬を見るや否や、
「あれぇ?なんでこんなところに土地神がいるのさ」
と目を丸くしながら言った。
「土地神?こいつが?」
私の問いに異人の少年は答えた。
「そうだよ。見たところはぐれのようだけど。この子何処から拾ってきたのさ」
「その辺の公園にいたのを右遠が拾ってきた。本人は勝手に付いてきたと言っていたが」
「と、玄関先で立ち話もなんだし、奥に通してもらってもいいかな?」
「しかたない。通してやれ左の」
「なんでお前が言うんだよデカ犬」
そんなやり取りをしながらジョルジオとメガロを通す。しかし、メガロは玄関先から動こうとしない。というか、デカ犬をじっとにらみつけたまま微動だにしない。
「どうした。入らないのか?」
「あぁ、そうか。メガロはね、犬が苦手なんだよ」
元が猫だからね、となんでもないことのようにジョルジオが言う。
「メガロは猫の肉体と魂をもとに僕が作ったファミリア、こっちで言うところの使い魔だからね」
そう言いながらメガロの元へ行き、その手を取るジョルジオ。
「大丈夫だよ、メガロ。あの土地神の犬が何をしようと、僕が君を守るよ」
「マスター……」
お互い見つめ合う異人の二人。なんだ、この空気は。急速に二人だけの世界が構築されつつある。そのまま手をつないで二人は奥のリビングに向かっていった。私とデカ犬を置き去りにして。
「で?今日は何の用だ」
「うん?あぁ、用はあったけど、それよりその土地神だよ。いったい何があったんだい?」
ジョルジオはデカ犬に尋ねた。
「オレはここより東の土地を守護していたが、代替わりがあってな。もう40年ほど前のことになる。それからあちこち行ったが、なかなか波長の合う者に会えず、危うく消えかかろうかという時に右遠どのに出会い、縁を結んだのだ」
ふふん、と何故か胸を張って答えるデカ犬。こいつの大きい態度は、元が神だったことに起因するのかもしれない。
「そうか。この国の土地神のシステムは僕も書物で読んだことしかないけど、代替わりしたら、普通は古い神は消えるもんなんじゃないのかい?」
「他のやつはそうかもしれんが、何故にオレが消えねばならん。せっかくお役目から解放されたのに」
だいたいお役目も楽ではなかったのだぞ、などとデカ犬が話し出そうとする。まずい。これ絶対長くなるやつだ。
「とにかく。お前の素性は分かった。だが、うちに来て何がしたいんだ?」
「別に何も。残る余生を穏やか~に過ごせればそれでいい」
「余生って……お前どんだけ居座るつもりなんだよ」
「それは右遠どの次第だな」
「もしいらないなら、僕にちょうだいよ。土地神なんてそうそういるもんじゃない。是非ほしい!」
「それも右遠次第だな」
私の答えにデカ犬が驚いた顔でこちらを見るが、私は無視してジョルジオと話を続けた。結局彼らは右遠と徹が帰ってくるまでうちにいた。その間メガロは終始警戒した表情でデカ犬をにらみつけていた。ジョルジオの手を握りしめながら。
式神の現代ライフ 石野二番 @ishino2nd
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