第5話

 僕の名は右遠。世にも珍しいと言われる付喪神の式神だ。元の姿は籠手。相棒の左近とともに主を護ってきた。そんな僕は今、


公園でママさんたちと話し込んでいた。


「だからね、私桐原さんとこは本当にえらいと思ってるのよ。弟さんの息子だからって、徹くんを引き取って。それに同居人の右遠さんたちも協力してるんでしょ?」

「えぇ、まぁ。でもこれはこれで楽しいもんですよ」

「うちの旦那は全然手伝ってくれないのよ。何か家事をたのんでもいつも『疲れてる』って言って」

 そうなんですかー、と相槌を打ちつつ公園の遊具の方に目をやる。そこでは徹が友達と一緒に遊んでいる。まだ日差しは強いのに、元気に走り回っている。

 今日は日曜日。なのだが、急な仕事が入ってしまった主に代わり、僕が徹を公園に連れてきていた。ちなみに今日左近は買い出しと晩ごはん担当なのでここにはいない。

 穏やかな昼下がりではあるが、公園の隅の日陰にはそれに相応しくないものが座っていた。

(あれ、妖の類だな)

 大人と同じくらいありそうな大きさの黒犬。それがじっとこちらを見ていた。どうやら他の人たちには見えていないらしい。目的は分からないが、あまりいいものではなさそうだ。

 折を見て祓っておこうと思うのだが、ママさんたちの話は終わりが見えない。女性が話好きなのはいつの世も同じなようだ。

 黒犬を見つけてしばらく経った頃、徹がこちらに歩いてきた。

「どうしました、徹?」

「のど乾いた」

「では、ジュースでも買いに行きましょう」

 本当は黒犬から注意を逸らすこと避けたいが、仕方がない。僕は徹について自動販売機のあるところへ向かった。

「何を飲みますか?」

「りんごジュース」

 ジュースを買って近くのベンチに徹を座らせる。そしてあの日陰に視線を戻す。さっきまでいた黒犬がいない。公園を見渡すがその姿はどこにもない。去ったのだろうか。そう思い徹の方を見る。徹の座るベンチのすぐ隣。そこに黒犬がいた。

「徹!離れて!」

 僕はすぐさま徹を抱えて距離を取る。その拍子にジュースがこぼれた。徹が驚いた表情で僕を見る。

「どうしたの?」

 徹を抱えたまま黒犬と相対する。どうする。今ここで祓ってしまうか。そこまで考えたところで、黒犬がその頭を下げた。意図が掴めない僕の方をちらりと見ながら、黒犬は頭を下げ続ける。

 まさか。僕は徹を降ろして慎重に黒犬に近付き、その頭に手を乗せた。

「感謝する」

 黒犬の方からそう聞こえた次の瞬間、声を上げたのは徹だった。

「わぁ!大きい犬だ!」

 その声を聞いて公園にいた子どもたちが集まってくる。

「わんわんだー」

「おっきい!」

 どうやら他の人にも見えるようになったらしい。おそらく、と言うかどう考えても僕が頭に触れたからだろう。黒犬はおとなしく子どもたちに撫でられるがままになっている。いったいどうなっているのか。

「感謝する。命なき式よ」

 黒犬が再び口を開いた。

「ずっと探していた。あんたのようにオレが見える者を。あんたがオレに触れ、縁を結んでくれたからオレはこうしてこっちに留まることができるようになった」

 そこで、黒犬に気付いたママさんたちが慌ててこっちに来た。

「ちょっと!ずいぶん大きい犬だけど、大丈夫なの!?」

「野良犬じゃない!誰か保健所に連絡を!」

 自分の子どもを庇いながら口々に言う。

「保健所は困る。なんとかしてくれ」

 なんとかって……。やめろ、そんな目で僕を見るな。

「あー、なんというか、この子は大丈夫です。ほら、こんなにおとなしいし」

「もう一声」

 何故か催促してくる黒犬。本当にこいつなんなんだ。

「しばらくしたらどこかに行きますよ」

「違う。そうじゃない」

 今度はダメ出し。もうどうにでもなれ。

「この子。うちで面倒見てる犬なので」

「そうなの?だったら安心、なのかしら」

 そう言ってママさんたちは警戒を解いた。黒犬はなんとなく満足そうな顔をしているように見える。

 ひとしきり黒犬を撫でまわして満足したのか、子どもたちも戻っていった。取り残された僕は黒犬に話しかけた。

「これでよかったのか?」

「うむ。重ね重ね感謝する。保健所の危機から助けてもらった上に面倒まで見てもらえるとは」

「は?」

「先ほど自分で言ったではないか。うちで面倒見る、と」

「いや、あれは……」

「とにかく、やっかいになる。オレの名はカゲオだ」

 犬に押し切られてしまった……。そんなわけで、徹とカゲオを連れて僕は帰路についた。徹は嬉しそうだが、左近、怒るだろうなぁ。

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