93 №5『史記』に登場する人物<韓安国>


 韓安国かんあんこくは、武帝の時代に、御史大夫(副宰相)にまで昇り詰めた人です。


 しかし、宰相の地位が目の前という時に、馬車から落ちて大怪我を負ってしまいます。その後治癒はしましたが、官位を下げられてしまったという不運の人です。




 彼の人となりは、財欲には汚かったようですが、人を見る目があり、人の情に訴えて説得するのが上手であったようです。


 難しい局面で使者となり、まずは周囲の人の心をつかんで、最終的に王や皇帝の心を動かすということを、何度も成功させています。

 また人を推挙するのに、自分より能力の高いものを押すことにためらいがなかったとも。


 彼のことを司馬遷が書き残したのも、司馬遷とともに暦を作った壺遂という人が大変な能吏でかつ人徳者であって、その壺遂が韓安国の推挙を受けていたからだそうです。


(暦を作るといっても、それは太初暦といって、難しい月日の時間の計算をもとにして、正月や潤月を定めたものだそうです。作成には、長い年月とたくさんの人が関わっています)


 でも、財欲に汚いとちゃんと書き残しているあたりは、さすが司馬遷ですね。

 韓安国は何度か法に触れて投獄されていますが、それもそういうことが原因なのかもしれません。




 投獄されていた時の、韓安国と獄吏とのやり取りが逸話として残っています。


 あまりにも獄吏の扱いが酷いので、「燃え尽きたと思えた灰の中から、再び、火が燃えることもある」と、自分が復職する可能性もあると彼は言います。しかし、その獄吏は「そんな火は、俺の小便で消してやる」と言い返します。やがてすぐに韓安国は復職し、獄吏を呼び出します。そして「いまが小便をかけるときだぞ」と言いながら、気分よく獄吏を許してやったそうです。穏やかで争いごとを好まない彼の性格がよく表れた逸話ですね。


 しかしその性格が災いしたのか、将軍となってからは戦局を見誤ることが続き、武帝の怒りを買って、都から離れた僻地の守備へとどんどんと追いやられてしまいます。そしてそこで寂しく生涯を閉じます。




 さてさて、講義の終わりは恒例の質問タイムです。

 皆さん、講義内容にそった高尚な質問をされるのですが、私は……。


「先生、その時代は、定年退職ってなかったのですか。韓安国さんが、老いてだんだんと落ちぶれていくのは、あまりにも気の毒です」


 質問してから、史記の講座に通っていて、今回の質問が一番愚問だと気づきました。言ってしまってから、手で口を押えましたが遅きに失するです。(笑) 


 でも、先生、ちゃんと答えてくれましたよ。

「あの時代には定年退職はありません。病気を理由に家に籠ることで解任されます」


 ああ、いつの時代も、すまじきものは宮仕えですね。


 

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