82 『三体』(劉慈欣)で、中華エンタメ小説を学ぶ ≪2≫
前回に続いての、SF小説『三体』における中国人名の扱い方への考証です。
この『三体』、4人の方が日本語訳に関わっている。
後書きによると、光吉さくらさんとワン・チャイさんの2人が中国語から日本語に訳して、大森望さんという人が、2人の日本語訳の原稿とすでに出版されている英語訳の両方を並べて、もう1度最初から、あらたに日本語に直すという二重の手間をかけている。
そして、大学で中国文学を教えていて小説家であり翻訳家の立原透耶という人が、監修をしている。
ものすごく贅沢な訳文なのだ。
人名については、その人物が登場した初めのころに、中国読みと日本語読みの2つのフリガナがあって、あとは読まれる人のお好みでどちらでもどうぞというスタンス。
訳者の大森望さんの後書きで、登場人物を紹介するのに、汪淼にワン・ミャオとフリガナを振って、『日本語読みだと「おう・びょう」』とわざわざ書き足しているので、やはり「読者の皆様は、中国語読み日本語読みのどちらでも、お好きな方を」という私の感想は間違っていないと思う。
これは、私的にはすごく助かった。
よく出てくる人物はいつのまにか中国語で覚えて、ちょっとしか登場しない人物については、日本語読みか、もしくは漢字の字面を目で追うという感じで読み進めた。
人物の名前のフリガナの頻度が、ほんとうによい塩梅に配置されていて、押しつけがましくなく、ストレスフリーだ。
また、小説の中では、孔子や墨子や始皇帝など歴史的に有名な人物も出てくるのだが、これらについては、中国語読みのフリガナも日本語読みのフリガナもなし。地名の漢字にも、同じくフリガナはない。
この書き方はある程度小説を読みなれていて、また、ある程度の中国の歴史と地理の知識がある人向けではあるとは思う。
この『三体』では、ちょうど私くらいに小説を読んできて、まあまあ中国の歴史と地理も知っているという状況に、ぴったりと当てはまった。こういうのって、すごく居心地よくてハマらせる。
まったくの中国小説初心者から中国語を理解できる人まで、すべてをカバーするのは難しい。小説の内容もさることながら、その文章表現もまた、読者層を絞り込むというのも大切だと思った。
これは余談だけど、『三体』では11次元の陽子を改造した、原子よりも小さいスーパーコンピュータ・智子というのが出てくる。
智子には(ソフォン)と(ちし)の2つのフリガナが振られるのだけど、私は漢字を見るとすぐに(ともこ)と脳内変換してしまうので、(智子さんという知り合いがいるものだから)、最初から(ソフォン)と覚えた。
小説の内容に好き嫌いはあると思うけれど、中華を舞台にした小説を書く人には、読みやすい表記を追求するにあたって、ぜひにこの『三体』を読んでみられることをお勧めしたい。
めんどうな中華小説の人名や地名の表記、それぞれに工夫の方法があるのだと、目から鱗が落ちるはずだ。
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