Ⅳ. 働き蜂の青年
「ふぁあああ。よかったね、ルカ」
「……うん」
眠い目を擦りながら一気に緊張感のほどけたティオに、ルカも素直に頷く。
それにしても、本当にあれはなんだったのだろう。ルカも眠気のまだ残る
* * *
二人が食堂車にて食事を済ませて客車に戻ると、姫はルルドと何かの話をしていた。邪魔しちゃったかな、と思い「……ごめんなさい」そう素直に謝ると、シャルロッテはそっと首を横に振りながら、薄く微笑んで席を開けた。どうやらルルドは姫にルカのブルー・エトランゼのペンダントについて何か話していたようである。「あなたたちも、ここに来て。大事なお話があるのです」ルカとティオは互いに顔を見合わせ、神妙な顔つきで、そっと席に着いた。
「さて、一体何から話せばいいかな?」これみよがしにルルドが口火を切った。
「そうだな……まず君たちがどうやってこの地底界にやって来たのか。そこから説明しよう」聖虫ルルドの語ったのは、驚くべき事実だった。
「えっじゃあ、やっぱりあの蒸気船が!」
ルカもティオも驚いた。この甲虫蒸気艦は、あのケペレル社の蒸気船クイーン・リズ号が、この世界で姿を変えてメタモルフォーゼしたものなのだという。ルカは何となく勘づいていただけに、やっぱりという顔をしたがティオは。その想像もつかない真実に当たり前に仰天していた。この甲虫蒸気艦は、アガルタのあの人工太陽の偏光コンパスによって進路を制御され、かつ定められた目的地に向かって走っているらしかった。
……だとしたら。ルカは妙な胸騒ぎに一人不安を覚えるのだった。
そしてさっきのスズメバチの猛攻で、この甲虫蒸気艦を援護射撃してくれた働き蜂ラプトの、そうあのダリアンの乗っていたのは、この艦と連動して働く、この世界の古代テクノロジーの要ともいえる、ヴィマナと呼ばれる飛行メカなのだという。
「親ヴィマナ。そう、この甲虫蒸気艦のことさ」ルルドの言葉通りヴィンダリア号を含め、その働き蜂7人衆の司る、この通称“アガルタ地底鉄道”を構成する蒸気機関車群。すなわちそれは、ヴィンダリア、スカラバエウス、リンデンバウム、マグノリア、コレオプテラ、カレンデュラ、セレステラ――。働き蜂の人数同様、それに各々連動したこの計七隻の艦が、現在アガルタにおいて運行していた。
だから、昼間ダリアンたちが、私たちを助けてくれたの。何しろこのヴィンダリア号は、ダリアン自身の親ヴィマナなのだ。だから助けてくれた、というのは些か語弊があったのだが。そして多分、ダリアンはもう、この艦に女王蜂の姫、シャルロッテが乗っていることにも勘づいている……。ということは。
「じゃあここにいたら危ないんじゃ!?」ティオも状況を察して、小さく叫んだ。姫はこくりと静かに頷いたけれど、その表情には些かの怯えも震えも見て取れなかった。いずれダリアンは、養蜂家の命により、もう一度この艦に向かってくるだろう。が、シャルロッテは、それすら既に覚悟している、というように、どこまでも冷静な面持ちでルカたちに告げるのだった。
「――ダリアンは、私を捕らえるため、再びやってくるでしょう。けれど、あなたたちには、それは関係のないこと。いずれこの艦は、そのうち地上に浮上します。その際、あなたたちはそのまま、隙を見て逃げてください」
けれどルカは、どこか判然としない気持ちで、そのシャルロッテの言葉を聞いていた。じゃあ
* * *
ここはアガルタ世界を司る、女王蜂の棲まう天空の王家の城の中にある巣房。その、ひときわ巨大な浮島ラピューテの城の、ハニカム構造をした巣房の王台にて、王家の谷に咲く聖なる花ラズリとその蜜を守り、この世界の安寧を神に祈る、巫女的存在である女王蜂の姫がいた。……が、たった今、そこにその姫の姿は不在であった。
「どんなことをしても、姫は俺たちが連れ戻さなきゃならない。解ってるよな?ダリアン」
その些か苛立つような青年の声が、その城の高い天井のそびえ立つ回廊に響いた。働き蜂7人衆の一人ギースである。ギースは、リーダー格のダリアンが、ヴィンダリア号にシャルロッテ姫が乗っていると知っていて、一旦城に戻ってきたことが些か納得いかないようである。どこか煮え切らないようにも見える様子で押し黙ったまま、解りきったことを当然の如くダリアン自身に突き付けるギースに対し、特に何も答えるでもなく、ダリアンは背を向けた。
「あの時点では、あのまま戻らざるを得なかったでしょう。夜の帳が降りては、我々働き蜂とて安易に動けない……」
黙りこくったダリアンの代わりに、もう一人の背の高い青年、ラヴァエルが静かにギースの言葉に答える。チッ!と舌打ちしてギースはラヴァエルを睨んだ。が、常に冷静沈着な風情のラヴァエルは、そのギースの一瞥すら、いつものことと言うように、ふと人知れず小さく笑って片眼鏡にそっと指先を添えると、そのまま立ち去っていくギースの後ろ姿を静かに見送るのだった。
「にしても、ほんと人騒がせな姫様だよね。いくら前科持ちだからって養蜂家も養蜂家……」
「しっ……!シェスカ!」
渡り廊下の大理石でできた柱にもたれ掛かり、同じく働き蜂の少女シェスカが言いかけた言葉を、もう一人の働き蜂の少女カナリアが遮る。どこで養蜂家が聞いているとも限らない。それ以上にカナリアは、自分たちの護る姫をそんな風に悪く言うのは感心しなかった。それでも、そのシェスカの言葉は、ほとんど的を得ているのも同然で、それが偽らざる事実であることもまた真実だった。その場に集う一同の間に、重く流れる沈黙。
たとえその行動に、どんな理由があろうと……そう、女王の冒した罪は
「……女王の冒した
乾いたその言葉が重々しく回廊に響く。ギースに指摘されるまでもなく、姫は必ず連れ戻さなければならない。たとえどのような理由があろうと、女王としての務めは必ず果たして貰わねばならない。それが女王蜂の姫としての責務であり、このアガルタ世界における女王の逃れられぬ運命なのだ。
が、ダリアンはリーダーとしては、些か単独行動が過ぎる部分があるのは否めなかった。それが図らずも、彼をライバル視し、敵視するギースの反感を買う格好の
「ダリアン……」
最年長の働き蜂の少女カナリアは、そんなダリアンの背中を不安げに見つめた。「カナリア……」そんなカナリアに、最年少の幼い少女ペルセポネが、同じく不安そうな顔をしてそっと寄り添う。その後ろには巨漢の割におとなしい性格の、ヴィラドも控えていた。チッ……!些か部が悪いはずの言いだしっぺのシェスカは、そのダリアンの様子に、ギース同様、小さく舌打ちしてその場から離れていく。
女王蜂の姫を守護するべく結集した働き蜂7人衆ラプト。が、その7人が7人すべてが、決して一枚岩で成り立っているという訳ではないことが、今回の任務においても、また露呈してしまっていた。その本来あるべきチームとしての結束が、リーダーであるダリアン自身が、己自身に固く任務という枷を嵌めるほど、皮肉にも瓦解していくことを、果たしてダリアン自身は自覚しているのかどうか。
カナリアは一人、そんな複雑なダリアンの心の内を察して、人知れず心配に思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます