第2話 天使の願い
***
本来の時の流れでからすれば約千年前――だけど私にとっては、ほんの数年前の出来事。その時の記憶は、目を閉じれば今も鮮明に甦る。
『どうして! どうしてダメなのっ!?』
『当たり前ではないか、相手は同族でも無ければ、忌々しき血が流れているのだぞ!』
『堕ちた者など汚らわしい』
『それが何? 彼は彼だわ』
さも当たり前だと言わんばかりに同胞達は私を責め立てる。
今も昔も、一体彼の何処が悪いのか私には分からない。
『考えを改める気は無いと?』
『彼でなければ嫌よ』
『お前は正気か!?』
『相手は悪魔だぞ!』
『正確には半魔よ……でもたとえ半分ではなかったとしても、私は彼がいいの』
悪魔だから、半魔だから一体何が悪いというのか。
半魔である彼は悪魔と人間の間に生まれた
種族の垣根を越えて、ただその個人を想うことになんの罪があるというのか。
だいたい、天使と悪魔が因縁の仲だとしても、私は私だし、彼は彼だ。そんなくだらない思想や風習を私達に押し付けないで欲しい。
それに悪魔の中には、天使の身分から落とされた
それ故に、彼らを頭ごなしに毛嫌いする者も多いが、全ての悪魔がその対象だとは思わない。そもそも同胞達は皆、堕とされた者達と元からその地位にいる者達を見下しているだけなのだ。
『ならば、そなたには眠ってもらう』
『嫌よ!』
『決定事項だ』
ここでの眠りとは、必要な休息としての睡眠をとるものではなく、ただひたすらその時が来るまで目覚めることのない眠りにつくということ――つまり謹慎ということだ。
そうなれば、私は彼に二度と会えない。
私はその眠りから覚めても、ただ普通に目覚めるだけだ。
けれど彼は違う。半魔である彼は、その間に天寿を全うするだろう。
それは絶対に嫌だと抵抗したが、その決定が覆ることは無く、私は同胞達の手によって、そのまま強制的に千年の眠りという謹慎に付かされた。
そして千年の時が経ち、目が覚めた時私は絶望した。
半魔である彼は、千年もの時は生きられない。
全てを呪いたかった。
そんな私に、私の目覚めを待ってくれていた友が言った。
『――あのヒトは、自らを封じて待っている――あなたにもう一度会う為に』
その友の言葉は希望だった。
彼とまた会える。
彼は私を待ってくれている。
それなら、私が彼に会いに行かなければ。
けれども、今度は絶対に邪魔させない。
何度だって、どんなことをしたって……あなたにもう一度逢えるのなら……。
私が天使だから……彼が半魔だからダメだというのならば――私は、堕とされたって構わない。
いえ、堕とされれば……今度こそずっと、ずっと一緒にいられる。
たとえその姿を見ることが叶わなくても。
だから、失敗は許されない。
***
「動いたわっ!」
手鏡で様子を確認していると、注目していた人物が国王陛下の目の前で突然意識を失って倒れたのだ。
慌て他の職員と兵が院長に駆け寄る姿を映し出している。
「あの時と似てるな」
そう感想を漏らしたゼンは、先日行った屋敷の地下で、故人の孫の一人が似た様に倒れたのだと話す。
「でも、倒れたそれ以外は何も変化がないようだが?」
「そうね……やっぱり二人には見えないみたいね」
「いますね……倒れた人の後ろに、例の天使が」
疑問符を浮かべながら見たままの事実を述べるフィンに対して、緑の魔女はやはりと告げる。なぜなら見えない二人とは異なり、鏡越しであったとしてもリリアージュと緑の魔女にはしっかりとその姿が見えているからだ。
「こんなにも可愛い顔しているのに、これからやることは残念ね……」
「見た目は関係ないと思います」
「どっちへ行く?」
やや緊張感の崩れる緑の魔女の発言に対して、リリアージュは思ったことを口にする。そんな二人に対して、無駄話はするなというような眼差しを向けながらフィンは尋ねた。
フィンがどんなに注意深く見たとしても、相変わらず鏡には目的の者である天使の姿を見ることは叶わない。
「今追っているわ」
ただ鏡に映し出される室内の様子が、天使の姿を追うように場面が移動していることから、緑の魔女が天使を追跡しているのだと言うことは分かった。
鏡に誘導さる形で辿り着き四人が目にした場所は、この孤児院では今はあまり使われていない屋根裏部屋の一つだった。
「――っ!」
その薄暗い屋根裏部屋に横たわっている姿で映し出されている子どもが七人。
鏡を通して映し出される姿では外傷までは確認できないが、少なくとも拘束されているような類は見当たらない。
「……通りで見つからないはずだ」
行方不明事件や誘拐事件としてずっと探していた子ども達の姿にフィンはつぶやく。
「……これはまずいわね」
「何がまずいんです?」
「この子たち、栄養状態がとても悪いわ。今はあの天使の力で、何とか取り留めているようなものだわ」
事の起こりは分かっているだけで約二週間前からだ。その間、人間の子どもは食事をとらなければどうなるかなんて、想像にたやすいことだ。
けれどもこの子ども達は天使にとって儀式に必要な贄――その為にそれまでは生きていてもらわなければならい。緑の魔女のつぶやきにゼンが尋ねると、だからこそ天使自らの力で、命を取り留めているようなものだと緑の魔女は説明する。
「じゃあ、子ども達を助けようとしてこの場から離したり、万が一天使の身に何かあれば……」
「命の保証は出来ないわね」
そしてリリアージュの推測に対して緑の魔女は肯定した。
つまりは、これから天使が行う儀式は関係なしに、天使の身に何かあっても子ども達の命に関わるということだ。
「子どもたちを助けるには、まず天使を説得する必要があるってことか」
「うーん……説得っていっても、俺らじゃ見えないし無謀じゃない?」
難しい課題だと言わんばかりに手を顎に当てたフィンが呟き、両腕を組みながら少しばかし唸りつつゼンも意見を述べるが、名案というものはそう簡単に思い浮かぶものではない。
「私が行きます」
「でも、無策で行くのは危険よ?」
「どう考えても私が適任です。それに策なら少し考えがありますから」
緑の魔女の心配そうな眼差しに、迷いがないと言えば嘘にはなるが、他の者では意味をなさないだろうと思う。
天使の姿を見ることの出来る者は限られている。緑の魔女は鏡越しでその姿を捉えてはいるものの、実際に見ることが叶うかは分からない。その点一度面識があり言葉を交わしたことのあるリリアージュであれば、会話自体は可能だと考えた。もちろんそれは、自身をかつて『小さな同族さん』と言われたことも、その理由の一つだが。
そして策についても、絶対的な保証はないが、これが切り札となるかどうかは交渉の仕方次第だと考えている。
「俺も行く」
「見えないのにですか?」
怪訝そうになリリアージュの問いに、たとえ見えなくても何か出来ることはあるかもしれないとフィンは言う。
「そうね、皆で行きましょう」
緑の魔女は皆で行くことを提案した。ただし天使を刺激するのは厳禁なので、天使と対峙する者は最小限に、それ以外の者は刺激しない程度の位置で待機ということになった。
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