第6章:天使の恋物語

第1話 天使の目的

 決行日である日食当日、オズワルドとドロシーは自分たちがホームと親しみを込めて呼んでいる、子どもの頃育った孤児院に来ていた。


「みんな~久しぶり! 元気していた?」

「わーっ! ドロシーお姉ちゃんだ!」

「オズ兄ちゃんも!」

 久しぶりに訪れたオズワルドとドロシーは、外で遊ぶ子供たちに声を掛けると、すぐに子どもたちに取り囲まれてしまう。


「あらまあ、お二人共いらっしゃい。しばらくぶりかしらね」

「まだ、3か月ぶりくらいですよ」

 子どもたちの世話をしている、ここの施設の職員の一人である女性が二人に気付き声を掛けてきた。

 既にここを出たオズワルドとドロシーではあるが、ことある毎に訪れていた為、前回の訪問からまだそんなに間は空いていないと胸を張ってドロシーは主張する。


「そうね、でもここの子たちは、あなたたちが来るのをいつもとても楽しみにしているからそう思っちゃうのよ」

「こちらも、仕事があるので頻回には伺えず申し訳ありません」

「いえいえ、来ていただけるだけで皆喜ぶわ」

 そんなドロシーとは対照的に、申し訳なさそうに伝えるオズワルドに、職員の女性は首を横に振りながら笑顔で答えた。


「それと、今日はもう一人お客様を連れてきているんです」

「どなた?」

「私達がお城で働いているのを知ってるでしょ? そして私達の出身とホームを出てからも、ここに来ていることを知って、自分も上に立つものとして来てみたいって言われていたから連れてきちゃった」

 オズワルドが本日の作戦の為に連れてきた一人を紹介しようと話を切り出す。首をかしげる職員の女性に対し、ドロシーは少し勿体ぶりながら、あえて説明する為に考えたもっともらしい経緯を少しだけ説明した。


「……誰を?」

 未だ何のことか理解が出来ずにいる職員の女性の目の前に、突然見知った人とその人を護衛するかのような人達が数人現れる。

「――っ!!」

「――この国の国王陛下です」

 驚きのあまり声が出ない職員の女性の代わりに、とオズワルドが子どもたちに紹介した。


***


 その様子を離れた場所――といっても何かあればすぐに急行できる位置に馬車を止め、その中で取っての付いた丸い手鏡を使って様子を観察する者が四人。

 本当はこの場にもう一匹というか、ニコルも来たがっていたのだが……、昨日リリアージュが本を読んでいた頃、リリアージュの実家からお土産として貰ったお菓子を喜びながら食べていた。そして、その菓子を食べたまでは良かったものの、ふんだんに果実酒を練り込まれて作られた菓子の為か、見事に二日酔いをしてしまったのだ。結果として、この場に来ることは叶わなかった。


 そして鏡とは本来、像を反射して映しだすものだが、現在は緑の魔女と呼ばれる者の術によって、遠く離れた場所の様子を映し出す物となっている。

「今の所は順調のようね……ところで、国王陛下をこの作戦にどうやって取り入れたの?」

「それはもちろん、子どもは国の宝だ。王が宝を、国民を守らずして何を守る?」

 手鏡に術を施した緑の魔女は素朴な疑問を投げかけるも、フィンは曖昧な答えを口にした。


「いえ、さすがわ“ボールドウィン”と思っただけよ」

「どういうことだ?」

「あら、自身の名の由来を知らないの?」

「それ、そんな重要な意味があるんですか?」

「……?」

 フィンは緑の魔女が口にした言葉に対して、怪訝そうな顔をして疑問を投げかける。対する緑の魔女はもちろんその名の意味については知っているが、その答えを述べる前にゼンが横から口を挟んだ為、一呼吸置いて話しだす。

 そしてその名に全く心当たりのないリリアージュは疑問符を浮かべていた。


「かつて《彼ら》と共に立ち上がった者であり、その後、《彼ら》と約束を結んだ一族に贈られた名なのよ。《勇敢な友》の意を込めて――だから、国王陛下自ら出てくるとは思わなかったけど、その名に恥じぬ行動だわ」

「あなたはその話を知っているので?」

「ふふ、私は魔女よ?」


 フィンの問いに対して、緑の魔女はにこやかにほほ笑む。

 緑の魔女が語ったその話は、その一部は誰もが良く知るの一節だが、人の世において、はおとぎ話のほとんどは空想だと言われている。

 だからこそ、その話がずっと、ずっと昔に起こった実話だということも、その名に込められた意味を正確に知る者はほとんどいない。けれど、人の世以外に住まう者であれば、別なのかもしれない。


「それにしてもよく考えたわね。他の者ならいざ知らず、国王陛下が相手ならここの長が対応しなければならないものね。加えて陛下の護衛の名目で、兵が数名いたとしても何ら不思議ではないしね」

「それは、あの兄妹の手助けがあってこそだがな」


 あの時、フィンが考えた作戦はこうだ。

 もとより、あの孤児院と繋がりがある兄妹は、数ヶ月に一度のペースで院を訪れ差し入れを贈ったり、子どもたちと遊んだりしていたとの事。ならこの事実を上手く使う他ない。


 兄弟に差し入れさせる物には全て予めある仕掛けを施しておいた。加えて天使が憑いているという孤児院の院長を出せばいい。そのまま天使が釣れればいいし、時間を気にして院長から離れたとしたら、それはそれでこちらの言い分が通りやすくなるので問題は無かった。


 そして院長を出すにあたり、これほどの適任者は思い浮かばなかったのだ。緑も魔女の推察通り、相手が陛下ならば必ず長である院長が対応するほかないし、陛下だからこそ護衛としてこれほどの人手を送り込めるのだ。

 そして陛下自身にもある術を掛けている。その術は纏った陛下自身が視察という名目で院内を動き回ることで意味を成すものだが、性質上守護術として掛けられている為、これも陛下自身を守るものとして捉えることが出来る。


 加えるのなら、この作戦自体に天使が関わっているという事実をある程度熟知する必要もあった。けれどそんな非現実的なことに対して、真剣に取り組むことの出来る人間が果たして何人いるか。けれども陛下のみが知っていて尚、その護衛という表向きの名目さえあればいいのだ。これほど都合の良いものはなく、フィンが考え付く限りでは国王陛下以外には居なかったのだ。

 そして鏡を通して様子を伺うに、あの兄妹は院の子どもたちを連れて遊び、国王陛下も院長と一緒に院の視察を行っている様子であり、予定通りに上手く事を運んでいる様子だ。



「なあ、オレさそんなに頭の回転良くないから、理解がイマイチだから聞くけどさ」

 「お嬢さんが合った夢魔が言うには、天使は失敗すると分かっていながらも尚この儀式をするんだろ?」

「そう言っていましたが……それがどうしたんですか?」

 ゼンがおもむろに口を開いて疑問を述べ、その疑問に対してリリアージュは夢魔の言葉を思い出しながら聞き返す。


「いや……普通に考えてさ、失敗――つまりは負け戦なんて普通は強行しないものだろ? あの日の話を聞く限り、自暴自棄になってるってワケでもなさそうだしな~」


 勝ち負けが不明ならともかく、必ず負けると分かっている戦いに出る必要はない。もっともコレが本当の戦なら、勝ち目のない戦いと分かっていても出なければならいことも、全く無いわけではないが、今回の天使の行動としてはあまりにも勝算が無さ過ぎて不自然すぎるのだとゼンは告げる。


「だからさ、相手は儀式自体の成功の有無とは別のことろに狙いがあるんじゃないかって」

「儀式とは別の狙い?」

「例えばどんなだ?」

「それは……、一護衛には分かりかねる話なんで」


 普段は難しいことは苦手と称するゼンだが、自身の立場上のそういうことを考えることがあるというゼンの発言に対して、リリアージュは再度疑問符を浮かべる。

 その一方でフィンはゼンに推測の追及を行うも、ゼンはお手上げの仕草を見せながら、そこまでは分からないと口にした。


 ―――それに彼女にもリミットがある。

 ―――そうなる前に、一目だけでも彼女は合いたいのさ。

 夢魔の言葉がリリアージュの脳裏に浮かぶ。

 そもそも、思い人に一目会えればそれでいいのか?

(いや、私ならずっと一緒にいたいと思う)

 けれどきっと合うことすら叶わない。

 だったら何を望んでいるのか。


「そうね……仮に儀式が失敗したとしたら……彼女に何が残るのかしら?」

「失敗して……残るもの……」

 ―――いいや、失敗すると思う。でも残るのは子ども達の犠牲だけだ。

 ふいに呟いた緑の魔女の言葉に、夢で合った夢魔の見解がリリアージュの脳裏によぎる。


(儀式の成功は望んでいない? 残るのはそれによって犠牲になる子ども達?)

 望みは子ども達の犠牲?

 子ども達の犠牲を払って得られるものは?

 得られるものなんて無いはず……本来ならこれは天使にとっては禁忌タブーに触れることだ。


 時間のない彼女が、禁忌を犯してまで得たいもの。

 けれども、その禁忌が望みだとしたら?

「もしも……あの天使は禁忌を犯すことが目的なのだとしたら?」

 禁忌を犯した天使がどうなるのか。


「――あの天使は、自ら堕ちるつもりなのかもしれません」

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