第5話 決行前夜

***


 森の集落に住む妖精たちの多くは、《森の木の化身森のニンフ》や《森精アルセイス》、《木精ドリュアス》ともと呼ばれる存在である為、普段は森からはあまり離れることはない。それ故彼らの代わりに緑の魔女のみが、明日の作戦とその実行を担う為に、皆と共に城へと付いて来た。


 森の集落では色々と話を煮詰めていた為、時間的に遅いと夕食までご馳走になっており、城に付いた頃は日も暮れていた。明日が新月の為か夜空には星々の輝きがより綺麗に見える。


 そして城に着くなりすぐに、フィンとゼンは上に報告に行くとの事で別れ、ドロシーに至っては「明日の準備があるから」との事で緑の魔女を連れて何処かへ行ってしまった。そして残されたリリアージュとニコルはオズワルドの計らいで、城の中にあるとある書斎へ案内された。


 書斎には学者と思われる年配の男性が数名、時々唸り声を上げながらも黙々と机に向かい、数冊の本を駆使しながら作業を行っている。それぞれ古びた本を解読している様に見えた。

『うわ―皆机にくぎ付けだ! あっ! ヴィルの家に来ていた人達がいる!』

 ニコルはその様子を的確に述べ、感想を漏らす。


「あの……これって……」

「君がゼンと行った屋敷にあった本なんだけど、見ての通り解読が難航していてね……」

 その様子に呆気にとられたリリアージュは恐るおそるオズワルトに尋ねる。彼らはニコルの友人ヴィルことヴィルヘルムの蔵書を解読しているのだと説明した。そして自分がなぜここに連れてこられたのか、なんとなく予想できてしまうが一応尋ねてみる。


「それは……もしかして?」

「馬車の中でフィンに行っていたでしょ? 彼の蔵書が読みたいって」

「言いました……」

 確かにリリアージュはあの時そう言った。でもそれは今回の事が解決してからのハズだと思っていた。明日の準備で皆が忙しくしているというのに、自分だけ趣味の読書なんて以ての外だと思う。


「ただ、見ての通り難航しているだけでなく、人手も足りていないんだ」

 オズワルドが言うには、これらの本の多くは単純な古語というだけでなく、多言語も多い為作業をできる者が限られてしまい、結果としてかなり効率が悪いとの事だった。


「けれども君はあの馬車の中で、リストには無かったタイトルを口にしたから、フィンが君に解読を依頼したいんだとさ」

「リストに無い?」

「本以外の物も含めて、簡単に読めるタイトルなんかは予めリストにしてまとめたんだそうだけど、君が読んでみたいと言っていたタイトルはそのリスト中には入っていなかった――つまりはね、君は一般的でないそれらの文字が読めると言うことだよ」


 それに加えて、ゼンからもあの日ヴィルヘルムの屋敷で、リリアージュがたまたま手にした本を「読める」と言ったことが大きな理由らしい。

「 “訳せ”ということですね」

 そしてそれらのその言葉を直訳すると、そういうことだとリリアージュは思い、結論を口にした。


「まぁ、手伝って欲しいことには変わりないからね」

 作戦決行日が日食のある明日である以上、他の皆はそれまでに色々と準備がある様子だったが、緑の魔女の様に魔法が使えるわけでもなければ、ドロシーのような技術者でもない。ましてや彼らのような役席もない。それまでは、ただの客人扱いだろう。なのでリリアージュはその時まで特にこれと言って何もすることが無かった。そう思っていたので、まさかの依頼だった。


「分かりました」

 けれども興味ある本が読めることは、なんだか言っても嬉しいので了承した。そしてどれから取りかかればいいのか尋ねると、好きな物からどうぞとのことで、奥の山積みにされたものの中から気になっていた古書を一冊手に取った。

 そして「さすがにここでは」となぜか作業する場所を気にされ、リリアージュは別の部屋へと案内された。リリアージュとしては読み進めていくだけなので、別にあのままの部屋でも良かったのだけど、本来であれば部外者の立場であるリリアージュが居ることで彼らの気が散ってしまうと、もっともらしい理由を言われれば特に反論する理由も無かった。



 案内された部屋は、リリアージュが診療所で住まわせてもらっている部屋とは比べようの無いくらい、とても広くて立派な部屋だった。こんな広い部屋を一人と一匹で使うには勿体ないと思ってしまうが、オズワルドに客人用はこんなものだと、あたかもコレが普通なのだと説明された。加えて本日はここに泊まるようにとの事だった。

 オズワルドが部屋を出たため、リリアージュは先程持ってきた本を読むために、部屋に用意されていた紙と筆記具を机に広げて椅子に座る。


『ねぇリリ、森でお土産にもらったお菓子食べていい?』

 森の集落では色々と話を煮詰めていた為、結果的に時間的に遅いとなり夕食までご馳走になっていたが、その後城へ帰る際に「貰った土産で早速作ってみたから持って帰って食べてね」と言われて貰った焼き菓子をニコルはずっと食べたそうにしていたのだ。


「どうぞ」

『やった~』

 袋から取り出して包みを開けると、葡萄の甘酸っぱい香りと、まだかすかに残るアルコールの匂いがほのかに立ち込める。

 ニコルがそのお菓子に夢中になって食べ始めるのを見届けると、リリアージュは先程持ってきた本のタイトルである《時の羅針盤》――そうあの夢魔が言っていた、今回の天使の事件と大いに絡んでいる《クロナの懐中時計》のことだ――へと目を向ける。


 なぜ、この本がヴィルヘルムの家にあったのかは分からないが、リリアージュにとってこの本は今読んでおかなければならないと思った。

 そう思い、リリアージュは古びた分厚いこの本のページをめくり読んでいった。


***


 妖精の集落を後にしたのち、城へと戻ったフィンは供としてゼンのみを連れて、国王陛下へ謁見を行っていた。

 明後日に迫った収穫祭の準備で、あちこちで人々に賑わいがある一方で、城の人手の多くもその準備に割かれていた。それでも明日の作戦にはどうしてもが欲しかったからだ。その為に王自ら動いてもらう他ないと考え、これまでの経緯と明日の作戦についての報告・相談と言う名の許可を貰いに来たのだ。


「分かった、ここまで良く調べてくれてありがとう」

「陛下」

「いつも言うが、「陛下」と呼ばれるのはくすぐったいな」

 陛下と呼ばれた四十代の男性は、見た目の優しい雰囲気通りの男であり、まるで威厳など持ち合わせていないかのように優しい口調でものを言う。


「しかしながら、今この場には彼も居ますので」

 ゼンに少しの間だけ視線を向けながらそう伝えるも、相手は不服そうな表情を崩さない。


「陛下がそのようでは、王女様方に愛想をつかされますよ」

 そんな様子を目の当たりにして、ならばと、フィンは自分の事を本当の兄のように慕ってくれ、自身も妹の様に接している三人の姫達――特に長女を思い浮かべながら、そっけなく彼の弱点を口にする。


「――っ!」

「いつも仰っていましたよ。「お父様には威厳というものが足りない」と」

「それは……少し困るが、私には兄上のようにはなれそうにないからね……」

 苦笑いをしながら答える陛下に対して、「自信を持ってください」とだけ伝えておいた。このお方は愛娘達にはめっぽう弱いのだ。


「そうは言っても私は、いつでも退位してもいいのだけれど」

「私はあなたの影です。他の者の影になるつもりはありません」

 陛下は自分にはこの座は向かないと口にしながら、他にも何か言いたそうにこちらをまじまじと見てくるので、はっきりとフィンは自分の意思を言葉にした。


「……そろそろ影が、陽の目をみても良い頃合いだと思うけど」

 少し思案した後、ボソリと告げる陛下の言葉に「御冗談を」と返答しておく。


「それでは、失礼します」

 話が思わぬ方向へと少し脱線してしまったものの、本題の件では国王陛下には許可は頂いた。しかしながら、まだ今日の内にやるべきことはある為、この場を後にした。

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