第4話 重なり合う三つの事件

***


「あら、お目覚めね」

 リリアージュは言われた通りに十まで数えた後ゆっくり目を開けると、緑の魔女の声と共に、木目の天井が目に入った。


「先生……私、どのくらい眠ってましたか?」

「まだ二時間くらいよ。思っていたよりも早くて逆に驚いたわ」

「そうですか……」

 横になっていた身体を起しながら尋ねると、意外と時間が経っていないとの事だった。


「でもその表情は何か収穫あったみたいね」

「はい、すぐに皆に話さなければなりません」

 真剣な話をしているというのにそう言ってすぐ、多少控えめではあるもののリリアージュのお腹が音を立てた。

「ふふっ、そろそろお昼にでもしましょうかね? 村のお姉さま方がね、リリちゃんたちの為に色々と準備しているのよ」


 緑の魔女によれば家出娘リリアージュの帰宅とは別に、一緒に連れてきた人間達の話がかなり話題になっているのだとか。そして昼食を先程の部屋に今頃用意してくれているはずだから、食事をとりながら皆で話を聞きましょうとの事だった。

 またリリアージュが眠っている間に、置いてきていた馬車を取りに行ってくれたらしく、その際に手土産として用意して貰っていた葡萄酒をニ十本ばかり頂いたとかで、長老を含め村の老人たちが大変喜んでいたとも言っていた。



 先程の部屋に入ると緑の魔女が話していた通り、おそらく奮発したのだろうと思えるくらい、ここではかなり立派な料理が並んでいた。

 ここで暮らす妖精達の多くは、《森の木の化身森のニンフ》や《森精アルセイス》、《木精ドリュアス》とも呼ばれる存在だ。その為、彼らにとっては日光と水さえあれば、最低限生きてはいける。けれど人の食事を嗜好品として楽しんだりもする。だからといって、無駄に食べ過ぎることはしないし、何よりここは人里離れた森の中だ。だからこそ、そこに並ぶ料理が立派なものだと思えるのだ。



 リリアージュと緑の魔女は妖精側と人間の客人側の間に座り、さっそく皆に夢でのことを話しだす。

 ジルフォード少年を眠らせていたのは夢魔だが、それは悪夢に苛まれるジルフォードを思っての行動だった事。またその悪夢の原因を作った者――すなわち天使が自身の願いの為、攫った子どもたちである儀式を企んでおり、その過程で先日の黒い針を欲していた事。


 たとえ黒い針が手に入らずとも数日後の日食の日に儀式を実行すること。夢魔曰く儀式自体は失敗すると思われるが、贄とされる子どもたちが犠牲となってしまう事。そして攫われた子どもたちは孤児院にいると事。そしてその孤児院は城とも近いけど、日食の間太陽を遮る物がない場所にある事。



「まさか、全て繋がっていたとはな……」

 リリアージュの話を聞いて、溜息をもらしながらフィンが呟いた。元々、夢魔の件がひと段落着いた後、あの天使の件について何か相談するつもりだったのだが、それぞれが別件ではなく同一の案件だったとはと漏らす。


「いや~、あの時の騒動の後どうしようか思ってたけど話聞く限り、あの曰くの品、結局取られなくっても、事は起る予定だったとはね~」

 ゼンは先日の屋敷での天使の件が、自身の起こした過ちの影響が大きくないことを知りややほっとしているかのようだった。


「……“全て”ってどういうことですか?」

 先日の天使の件と夢魔による眠りの件なら二つの件となるはずだ。それなら“二つの件が繋がっていた”と表現してもいいのではないか、との疑問がリリアージュの頭の中に立ち込める。


「実はね、二週間程前から子どもたちの失踪誘拐事件が起きているんだよ」

「――っ」

「フィンと兄さんはその事件の捜査もしてたけどね、全然進展が無かったの」

「まぁ、相手が天使なら手掛かりも残らないからね」

 リリアージュの疑問にドロシーとオズワルドが説明してくれる。確かに夢魔は、天使が贄とする子どもを攫っていると言っていた。これが事件にならないはずがなかった。



「この場で言うのも何だが……前に《妖精の取り換え子チェンジリング》について聞いた事があっただろ?」

「……はい、確かに聞かれましたけど」

 本物の妖精達を前にして、少しためらいながらフィンはその言葉を口にした。そうれは、プリムの名を冠する妖精の《バラ》を探していた時の事だ。


「あの時、手掛かりが全くなかったから、消えた子どもたちは妖精に連れていかれた……《妖精の取り換え子》にあったなんて噂が流れたんた」

「それであの話を?」

「そういうことだ」

 《妖精の取り換え子》の話を、あの時合ったばかりのリリアージュに持ち出したのは藁にも縋る思いだったことと、この場にいる妖精達にその話自体が迷信であることを認識しているとフィンは付け加えた。


「問題は日食の日時だな~現象自体は分かるけど、あれっていつ起こるか分かんないっしょ? 数日後って言われてもな~」

『日食なら明日の正午じゃよ』

「「「――っ!!」」」

 誰しもが思っている素朴な疑問を口にしたゼンに対して、いとも簡単にその答えを発した長老に人側の誰もが目を見開いた。


「なんで分かるのっ?」

『なんでって、あんなの周期があるじゃろ? ワシらだって分かるし、相手さんも変わっているからその日を選んどるんじゃろ』

『そやね、明日が丁度皆既日食の日やからって、皆で天体の神秘を観察するつもりりやしね~』

 ドロシーの疑問に対して帰ってきた彼らの答えは、周期がありそれを踏まえれば事前にいつどんな日食が起こるのかが分かるのだと言うことだった。


「明日の正午なのは間違いないのか?」

「えぇ、正確には正午より五分程前から始まるわ――でも、問題なのは場所だと思うの」

 念を押して聞くフィンに、緑の魔女が重要なのは時間よりも場所だと答える。


「……その場所なんだけどね、心当たりがあるの。きっと私達のホームだよ」

「そうか……確かにあそこなら、その条件と一致する! それにあそこの近くでは事件が起きていない」

 ドロシーの意見にオズワルドが肯定する。確かドロシーは自身が孤児院出身と言っていた。なのでホームとは二人の出身院ということだろう。

 加えて、その院の近くで誘拐事件が起きていないのは、単にその必要がなかったからか、条件に当てはまる子が居なかったからかは定かではないが、事件が起きていない為、警戒が弱くなっている地域だという。


「そうとなれば、早く取り押さえて救出っスね~」

「いいえ、救出するのはギリギリまで待った方が良いと思うわ」

 ゼンが唱えた子どもたちの早期救出について、緑の魔女は時期早々だと述べる。


「はやる気持ちは分かるわ……儀式前に救出できたとしても、おそらく天使は諦めないと思うの。用意していた子たちが居なくなれば、替わりとなる者を用意するわ。替えをすぐに集めれるからこその孤児院でしょうし、そしてその替えには警戒も強くなるものだわ」

 そうなれば、最初の子たちは助けられたとしても、結局被害者が出てしまうのだ。


「なら、どう行動するのが一番得策だと考える?」

「……そうね私なら、まず関係ない者達を避難させるわ。替えとして使わせない為にもね。そしてできるだけ儀式の始まる直前まで身を潜めて、儀式の成立そのものを崩すわ。儀式というのだからそれなりに大掛かりな準備があるはずよ。そして儀式のほとんどはパーツが掛ければ成立しないわ」


 おもむろにフィンが口を開き、緑の魔女に尋ねた。

 緑の魔女は少し考えた後、儀式そのものに着目した視点で策の一つを提示する。そして儀式とは数式に例えると、たった一つの数字が欠けただけで、式自体が成り立たなくなるのと同様だと説明する。


「――なら、こうするのはどうだろう?」

 皆の意見や、その説明を受けてじっと考え込んでいたフィンがある提案をした。

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