第3話 夢魔が語る手がかり
眠り続けている少年を助けたくて、夢に乗り込み夢魔に会いに来たというのに、贄とする為の子どもの誘拐や、不完全とはいえ、時の封印破りなんて話が大事過ぎる。とてもリリアージュ個人の手に負える話ではないと思った。それでも情報はあるに越したことない為、夢魔に対して何気なく探りを入れる。
「その彼女のしようとしていることは成功すると思う?」
『いいや、失敗すると思う。でも残るのは子ども達の犠牲だけだ』
「――っ!!」
『夢魔にとって、夢こそが生きる世界だ。新しい夢を育む子達は守らなければならない――あの少年は、贄として攫われた子どもと親しかったんだ。一緒に遊んでいた目の前で消えるように攫われた。自分が誘わなければ……と、背負う必要のない自責の念に駆られた結果の悪夢なんだよ』
少し俯きながらそう話す夢魔の瞳は、憂いを帯びているかのように思えた。
「私にどうしてそこまで話してくれるの?」
『う―ん、そうだね……ここまで来たご褒美っていうか、誰かに聞いて欲しかったってのが正しいかな。そしてキミならなれるかもしれないから――かつて彼の者達同士の間を取り持つことの出来た者らと同じようにね』
無茶ぶりな話や聞きなれない言葉に、自分には無謀であり“出来ない”、と言おうとするも、それよりも先に夢魔はリリアージュの耳を疑う言葉を口にする。
『出来ることなら、その子ども達を救ってほしいけど……相手は天使だからね……』
「――っ!!」
今現在のもう一つの問題であり、悩みの種となっている者の名に反応し、“出来ない”などの否定の言葉は紡げなかった。
「天使って言ったの? あなたの言っている彼女って、天使の事なの!?」
『そうだけど?』
「じゃあ、彼女が手に入れた最後のピースってあの黒い針のこと!?」
『知ってるの? 時羅針盤の事?』
「時の羅針盤?」
『彼女が手に入れた最後のピースが《時の羅針盤》と呼ばれるている、《クロナの懐中時計》の針だよ』
リリアージュは《時の羅針盤》という言葉に心当たりがあった。そう、ニコルと出会ったヴィルヘルムの屋敷の書庫で、地下室探しをしていた時に見た本のタイトルの一つだ。だけど疑問が一つあった。
「クロナって誰?」
『クロナはかつて時の神と呼ばれた者と人間の間との
――
本来ならば、普通とは異なる個性のある者に対してや、一般的に変わり者や奇怪な者に対して使われる言葉に、
そしてクロナという者がデミゴッドであり、時の番人の力を有している者ならば、その片親である神が誰なのかは察しがつく。そして、その力が真価を発揮できなかったとしても、通常では考えられないくらいにその結界が強固であることも。
『誰だったかはボクには分からないけど、クロナはその後、誰かに《時の羅針盤》を預けたと聞いているよ』
あの時は考える余裕が無かったのだが、今になってみればおかしな事なのだ。あの町はずれの屋敷には元々地下室などなかった。その後から増設された地下室に、あの黒い針はいつ地下室にやって来たのかと言うことだ。
元々そこにあったのならともかく、わざわざ後から運んだ物だ。しかも結界まで施していたのだ。そんな物があの地下室に来るまで、どのような状態でどこにあったのか疑問だったが、夢魔自身もその後の事は知らないとの事だった。
「つまり、天使が今回の騒動の現況で、日食の日に行動を起こすと」
『そうだね』
「そして彼女の目論見はおそらく失敗に終わるけど、それには攫われた子ども達が犠牲になってしまうと」
『そうなるね』
「でも獏達の体調が治らなくても、ジルフォードを起こすにあたって日食の日までという根拠は?」
『子どもたちの犠牲は避けたいけど、ボクには手立てはないでしょ? でも人は死の間際に走馬灯っていう夢を見る――その夢を繋げて、その子から語り掛けて貰って、悪夢から解いてもらおうってわけ』
まあ、成功率は五分五分と言ったところだけど……と夢魔は補足した。
「でもそれじゃ、根本的な解決にはならない……」
『分かってるけど、ボクにはこれしか手段が無いんだ――でも、キミなら他の手段を取れるでしょ?』
「私なら?」
『そうキミなら、夢から出て彼女を追える。贄とされる子どもたちも救えるかもしれない』
「でも何処にいるか分からない」
『木を隠すには森の中。子どもを隠すには子どもの中ってね――孤児院だよ。そこで彼女は院長に憑いている。役人達がいる城とも近いけど、その時間太陽を遮る物はないから場所としてもピッタリだからね、そこがそのまま儀式場だよ』
だとしてもリリアージュ一人の力ではたがが知れている。けれども今のリリアージュには集落の皆や、集落まで連れてきた人達など、他に頼ることが出来る者達がいる。
「子ども達を助けれたら、彼を起こしてくれる?」
『うん、約束するよ。だってその友達が帰って来るんだもん。帰って来たら自責の念の囚われ続ける必要なんてなくなるからね、虚無を見続ける必要もなくなるしね』
眠りには夢を見る眠りと、夢を見ない眠りがある。
夢魔は、彼が悪夢を見ないようにあえて、夢を見ない眠りに捕らえていたが、その必要が無くなれば解放できるという。
リリアージュに出来るのは対話くらいだ。それは夢魔であっても天使であっても同じこと。
夢魔は人の間では悪魔の一種として扱われている。悪魔と対峙するなら絶対に取引には注意しなければならないという鉄則がある。
(これは交渉であり取引だ……)
「――出来るだけのことはやってみるわ。」
『頼んだよ。じゃあキミはそろそろ起きなきゃね』
「……そうね」
成功すれば、きっと彼はそのように取り計らうだろう。
けれど失敗すれば……その時のことは、考えたくない。その為、リリアージュは、答えをあえて曖昧に濁しておく。
これらの事を持ち帰る為に、夢から出て現実に戻る――つまりは起きる必要がある。その為にはまず、自身の夢まで帰らなければならない。“帰りは自分を思い浮かべるだけ”と言っていた。おそらくそれで帰り道の方角が分かるのだろう。
(あの長い道のりを帰るのか……)
そう考えると、気が遠くなりそうだった。
『ふふっ、大丈夫帰りはボクがちゃんと送ってあげるよ。ほら目を閉じて、心の中で十数えたら目を開けてごらん』
そんなリリアージュの心境を読み取ったのか、夢魔はクスクスと笑い目を閉じるように促す。そして、リリアージュ言われた通りに目を閉じた。そして一、二、三……と声に出さずに数え始める。
『――キミならなれるかもしれない――かつて彼らのように、彼の者達同士の間を取り持つことの出来る者――調停者に』
最後に小声で呟いた声は、あえて彼女には届けなかった。
『これで良かったんだろ? セルシア』
そして彼女が夢から消えた後、一人になった世界でそう呟いた。
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