第2話 夢魔との対話

 リリアージュが目を開けるとそこは開けた森の中だった。空は青空も雲も太陽も無く、空はただ淡い黄金色に輝いている様に見えた。

普段夢を見ている時には、たとえ現実的に考えてもありえない景色を見ていたとしても、なぜか「これは夢だ」とちっとも思えない。けれども今回はそれまでの経緯によって、これは夢だと認識できた。


 リリアージュは先程渡されて首から下げている小さな布袋を握る。夢の中だというのに温度を感じるみたいで、袋はやや暖かいように感じた。

 そう思っていると布袋が弱い力でどこかに引き寄せられているかのような感じがした。これが夢の中で導くと言うことなのだろうか。


 リリアージュはその力の方向へと歩き始めた。

 しばらく歩いていると、森を抜け見慣れた王都の町並みに出た。正確には森を抜けたというよりも景色が急に切り替わったのだ。振り返っても森の木は見えず、誰も居ない町並みの中央に佇んでいるかのようだった。普段見ている夢だったら、この変化にあまり驚かないのだろうが、夢としっかり認識している今は逆に興味深く思ってしまう。


 その後も景色は大きな町や小さな村、今まで一度も言ったことのないような海辺や、切り立った山脈、大きな川、時間や季節でさえころころと表情を変えていった。


 何度景色が切り替わっただろうか、ふと周りを林に囲まれていながらも、そこだけ開けている場所に出た。

 そこにはひっそりと佇む一本の大きな大樹があった。樹齢一~二千年は経っているだろうか、根元には小さな小屋がすっぽりと入ってしまいそうなくらいの空洞がある。その場所には全く見覚えは無かったものの、何故だかその大樹自体には懐かしさを感じた。


「おばあちゃんの木に似てる……」

 その大樹は、リリアージュの母方の祖母にあたる、トリネコの木精ドリュアスであるメリアスの本体の大樹によく似ていたのだ。

 もっとも、祖母のトリネコの木自体は樹齢三百年程度であったことと、その木は既に枯れてしまっている。その為その化身であったメリアスも、半分といえど、その影響を受けた母メリアージュも、その木と共に天寿を全うしてしまった。リリアージュ自身は半分は人間であり、祖母の特性は四分の一しか受け継いでいない為か、幸いにもその影響はほとんどなかった。

 リリアージュはその大樹の幹に触れながら、少しばかり感傷に浸る。そして懐かしい気持ちに後ろ髪を引かれながらも、この場を後にした。

 


 また気が付くと、今度はカラフルな部屋に出た。

 その部屋には子どもの人形やぬいぐるみ、積み木やボールなどのおもちゃ、ブランコやゆりかごなどもある広い部屋だ。

 今までと明らかに景色の異なるこの空間に戸惑ってしまう。


『ここに招いていないお客さんが来たのはいくら年振りだろうか?』

 不意に後ろから声を掛けられた。

 リリアージュが振り返るとそこには、褐色の肌に黄金の瞳、クリーム色のふさふさした髪をした子どもが木馬に座っていた。

『キミは誰? ココに何しに来たの?』

 無邪気でもあり、何か意味深な笑みを浮かべながらその子は尋ねてきた。


「私はリリアージュ。あなたが夢魔ね」

『そうだよ。でもなんでココに来たのか答えてもらってない』

「ジルフォードと言う名の少年が目を覚まさないのは、夢魔の影響だと思って」

『そっか……。確かに彼を眠らせたのはボクだよ』


 夢魔は他者の夢に干渉することのできる存在だが、仮に良いことと悪いことが同じ割合で混在する場合、無意識に人は悪い方のみを認識して今う生き物だ。その為、夢を統べる夢魔は、人の間では悪魔の一種として扱われている。

 悪魔の多くは人にとって悪害をもたらす者が多い。その為、リリアージュが知識として知る限りでは、もしも悪魔と対峙するなら絶対にというのが鉄則だ。

 なのでこうもあっさりと、自身の行いを認めるとは思わなかったので、若干拍子抜けだった。


「なら、夢から解放して」

『それは出来ない』

 夢魔は木馬を揺らしながらも、しっかりとリリアージュを見据えてしっかりと否定の言葉を口にする。


「そうして?」

『それが彼のためだから』

「どういうこと?」

 リリアージュに出来るのは対話くらいだ。それ故、頼みを聞いてもらうか取引をするくらいしか策が思い浮かばない。だからこそ断られたからと言って、簡単には引き下がることは出来ず理由を問う。すると、ちゃんとした理由があって眠らせたようだった。


『彼を知っているなら、彼が悪夢にうなされていることは知ってるでしょ?』

「けど、今は普通に眠っているだけよ」

『そうだね、ボクが悪夢を見ない様に眠らせたからね』

 悪夢にうなされる感じではないと話していたドロシーの言葉が思い出されると同時に、夢魔は木馬から降りてリリアージュに近付き、尚も告げる。


『彼を今起こしたら、また悪夢にうなされるよ?』

「それでも、人間は起きていなければ死んでしまうわ」

『数日なら何とかなるでしょ?』

「数日って?」

『今、色々と不運が重なっててね、バク達がみ~んなお腹を壊しちゃってるんだ』

「獏って?」

『悪夢を食べて夢の平穏を守ってくれる子達だよ』

 ――獏とは、人の夢を糧に生きると言われている生物だ。けれども、まさかお腹を壊しているとは……。


『最近、質の悪い夢が多くてね困っているんだ。原因は分かっているんだけど、こちらの領域じゃないとボクは手を出せないし、手を出せたとしても相手が悪いんだ』

「それはどういうことなの? 原因を取り除けたら起こしてくれるの?」

『そりゃね~、質の良い夢なじゃとボクも居心地悪いし、ボクに手立てがなかったとはいえ、このままじゃ後味も悪いしね』

「数日ってことは、数日待てば獏たちの調子が戻るの?」

『そうであってほしいけど、そうとは限らない』

「なら数日の根拠は?」

『日食だよ』

「日食?」

 日食とは、太陽が月によって覆われ、太陽が欠けて見えたり、あるいは全く見えなくなる現象の事だ。リリアージュ自身は専門ではないので詳しくは知らないが、一定の周期で起こる天体現象の事だ。


『そう日食。彼女はその日に事を起こす気だからね』

「彼女?」

『そう、己の願いの為に、子どもを贄として攫っている彼女だよ』

「どういうこと?」

『攫った子ども達である儀式をしたいんだ。先日、最後のピースもそろえてしまったみたいだしね』

「儀式? ピース?」

『ボクも先代から伝え聞いた話だから、あまり詳しくはないんだけど――千年位前かな? 彼女の思い人が封印されたのは。彼女はねその封印を解きたいのさ』


 夢魔が曰はく、当時の時の番人の力を有した者が掛けた封印はそう簡単には破れない。元が強固な封印なので、完全に破ることはできないとのこと。

 けれどその封印を完全に破ることを目的とはしてはいないらしいということ。また日食という場を選んでいるのも、封印を少しでも弱める為だとか。


『まぁ、ピースがそろわなくても、彼女は千年も待ったんだから、必ず事を起こしていたけどね』

「どうしてわかるの?」

『だって、そうでなければ最後のピースを手に入れる前から子どもを攫ったりはしないでしょ? それに彼女にもリミットがある』

「リミット?」

『そう、リミット。あの時の封印は強固だけど所詮はまがい物の神の力。辛うじて千年持ったけれど、それでもいつまでも《綺麗に続く封印じゃない》のさ』

 そこまで話すと夢魔は一呼吸置き、寂しげな表情を見せた。


『アレは時の流れに逆らったものだ。だからいずれ、逆らった流れは元に戻る時が来る』

 そうなったら、彼の時はすぐに本来の時の流れに戻るだろう。

 彼は本来千年の時は生きられない――つまり死へと時は進むだろう。


『そうなる前に、一目だけでも彼女は合いたいのさ』

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