第5章:夢をすべる者

第1話 夢への入り口と家出の理由


 緑の魔女曰く、初めは普通に眠ってもらうとの事。

夢は夢で繋がっており、だからこそ眠っている間に見る夢では現実ではあり得ない程に情景がころころと変化するそうだ。


 けれどもそれは個人の夢での話。他者の夢と直接つながっている道は無く、夢の領域を通らなければならない。そこからなら様々な夢へと渡れるが多くの夢と繋がっている為、とても複雑かつ危険を伴うとの事。


 夢の道は常に変化しているし、悪夢の原因の一つである、夢に巣食う魔物も存在するとの事。何より他者の夢に介入すれば、自身に戻れなくなるリスクもあるという。

 緑の魔女は一通り説明を終えると、準備をしてくると言い残してこの場を後にした。説明を聞く限りでは、助けようとした側も危ないなど二次被害の危険性があるようだ。

 それでも、他に道はないと思う。



『リリ……あれはあんなに嫌だったのか……』

 おもむろに、今まで口を閉ざしていた長老が口を開いた。

 あれとは、アレのことだ。

 私の家出を決意させ、実行に移させただ。

「嫌だと思ったから、そうなったんです」

『……そうか、わしは良かれと思っての事だったんじゃがのう』

 良かれと思い、善意で行ったことが、必ずしも相手の意に沿うものとは限らないのだ。


「わかったのなら、もうしないでください」

『……止めたら、帰ってきてくれるか?』

「それは――、今の私には私なりの立場があるから……簡単には言えません」

 働かせてもらっている診療所の事やそこでお世話になっている人達との事。また自分が進んで巻き込まれた結果、撒いてしまった種とはいえ彼らに手伝うと約束した以上、簡単には決められない。

『ずっとここにってわけじゃない……今みたいに、たまには帰ってきてくれんか?』

「たまになら……」

 ここが嫌いなわけじゃない。なのでそう返事すると、長老――おじいちゃんの顔は嬉しそうにしていた。こうした久しぶりの孫と義祖父との会話に、空気を読んで他に皆はその場では特に何も言わなかった。


***


「おまたせ、準備が出来たわ。でも、部屋が狭いからリリちゃんだけ来てね」

 おじいちゃんとの束の間の会話の後、緑の魔女が戻ってきた。緑の魔女の指示通りにリリアージュは「それでは」と、この場に皆を残して緑の魔女に付いて行った。

 その部屋はベッドとサイドテーブルのみが置かれた小さな部屋だった。もともとあまり使われていない仮眠室なので、こんなものだとも思う。

「これを飲んで、横になっていれば自然に眠たくなるわ」

 そう話す緑の魔女から、紅茶の入ったカップを受け取ると、花の香がふわりと広がった。そして同時に、ここに来る直前の事が思い出された。


「……そう言えば、入り口の手前に馬車を置いてきているんです。皆への手土産も入っているので、寝ている間に回収してくれると助かります」

「分かったわ、手配しておくわね」

「それと、これは私から先生への土産です」

 リリアージュはそう言って今朝準備したばかりの布袋を数個取り出す。


「まあ、ありがと。この匂いは……リコリスかしら? こっちはカモミールね」

 緑の魔女は布袋を手に取り一つずつ嗅いで確かめる。用意したハーブはどれもハーブティーとしてメジャーなものだ。リリアージュには区別が付かなかったが、同じハーブでも気候や育て方等によって風味が異なり、それを楽しむためにわざわざ遠出することがあると以前話していた。その為、彼女への土産としてはこれが一番しっくりくると感じたのだ。


「はい、一応オリジナルブレンドもあります」

「ステキね。後で頂くわね」

「はい――あ、それと……ここに来る際に皆に飲んでもらったハーブティーなんですけど、男性達には甘すぎて不評だったようです」

「そうなの? 甘い方がおいしいのにね」

「私も、甘い方が好きなんですけどね」


 ここに住んでいたころならこの甘さが普通だったので何とも思わなかったのだが、王都で暮らして以来、一般的にはこの味は甘すぎるのだと知った。何より代表的な甘味である砂糖というものはそこそこ値段がするのだ。だからあまり多くは入れられないのが一般的だ。その為飲み慣れていない者や好みによっては甘すぎるのだろう。好きだと思うものにとっては好ましい味なのだけれども。

 そう思いながら、リリアージュは甘くておいしい紅茶を飲み干した後、カップをサイドテーブルに置いて、ベッドに横になろうとした。


「これを」

「これは?」

「リリちゃんが持って来てくれたが入っているから、身に着けて眠りなさい。それが夢の中であなたを彼の夢へと導くわ」

「そうなんですね……。それなら、帰りはどうしたら?」

  緑の魔女は長い紐が付いた小さな布袋を手渡しながら、夢での歩き方を説明する。どうやらこの布袋の中身は、あの少年の髪の毛らしい。これによって、複雑な夢の中でも道を間違えずに目的地へ導いてくれるという。

 なるほど、と納得しながら受け取った布袋の紐を首に掛けていると、行きはいいとして、帰りはどうなるのか? という新しい疑問が浮上したのだ。


「それは簡単、自分を思い浮かべるだけよ。あなたなら大丈夫、ご両親……特にメリの加護が強いから、きっと魔物には出会わないわ」

「うん」

 少し不安そうな心情を見抜いたのか、それとも表情に出ていたのかは分からないが、緑の魔女は大丈夫だと諭す。


 その際、リリアージュは他の皆が気を使ってあまり口にしない、母の愛称であるメリと言う名を久々に聞いた。母の名はメリことメリアージュいう。そして母と緑の魔女は親友だったらしい。リリアージュは様々なことを教えてくれる先生として、また母の親友として、彼女を心から慕っている。


 もう少し、その懐かしい余韻に浸っていたかったが、睡魔が襲ってきた。さすが魔女特性といったところか、かなりの即効性だ。リリアージュはベッドに横になると、すぐに夢へと誘われていった。


***


 リリアージュが緑の魔女に連れられて部屋を出た後、長老をはじめとするその他のお爺様御婆様方達の中に残された、四人と一匹。お互いに話したいことはあれど、切り出すタイミングというのを見失っていた。

 この集会所に掛けられている術はニコルに対しては除外されているらしい。なのでニコル個人としては、この場で発言したところで妖精たちには聞こえるが、人間たちには変わらず届かぬ声に静観しようと心に決めていた。


ってなんのこと?」

『それはじゃの……』

『もうだから言ったでしょ、リリちゃんは絶対に嫌がるって』

 そんな中空気を読まず、好奇心で突っ走る傾向のあるドロシーが尋ねた。

 すると口ごもりオロオロとする長老に変わり、入り口で声を掛けてくれたおばあちゃんと呼ばれていた高齢の女性が話を繋げる。


『あのねこの人、リリちゃんに勝手にエルフとの縁談を持ってきたのよ』

「エルフっ!」

「縁談だとっ!」

 おばあちゃんの説明に、ゼンとフィンがそれぞれ驚きの声を上げた。


「妖精やエルフにもそういう習慣があるんだね」

「本人の望まない縁談なんて言語両断よっ」

 オズワルドのしみじみとした意見とは対称に、ドロシーはきつい口調で言い放った。


「第一王族貴族様とかなら、立場上のことがあるからともかくだけど、今のご時世自由恋愛でないなんて、そんなのありえないっ!」

『でしょ? 私たちも散々言ったんだけどね、この人も結構頑固でね』

『――うっ』

 ニコルは心なしか長老が小さくなっているように感じた。

そしてニコルは、自由恋愛を語るドロシーと御婆様方とは別に、オズワルドとゼンの二人がフィンを横目に見ているのが気になったけど、特に何も言わずに心に決めた通りにこの場を静観していた。

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