第6話 森の妖精
***
(ようやく……というか、とうとう来てしまった……)
家出して早一ヶ月。たった一ヶ月で戻ってくることになるとは、本当に思わなかったのだ。先生は「集会場で待ってる」と言っていた。それとなく、間を取り持ってくれるといいのだけれど……。
『あらリリちゃん、帰っとったんね~』
「――っ!!」
「お、おばあちゃん……」
リリアージュは今まで以上に内心ドキドキしながら、集会所のドアを開けようとドアノブに手を掛けようとしたその時、横からよく見知った声がして驚いた。
驚きすぎて、心臓が持たないかもと思った。
「ねぇ、おばあちゃんって、どこ?」
『あの飲み物では、ココには入れても見えるようにはならないんだな』
ドロシーがリリアージュはが口にした人物を尋ねて探している様子に、ニコルは答えにならない答えを呟いた。
『あらあら、その子はともかく、そちらさんは普通の人間やけんね~見えんのも仕仕方なかね~。はよ、中に入ってもらうといいよ』
「そうします。皆さん中へどうぞ」
リリアージュは自身が思わず、“おばあちゃん”と呼んだ高齢の女性の姿をした妖精の説明を先延ばしにして、まずは皆を中へと促した。
先頭順にドロシー、オズワルド、フィン、最後にゼンの順で中へ入ると、それぞれ入った順位驚きの声を上げた。それもそのはずだ。外では何もないが、この集会所の中には特殊な術が張り巡らされている。
どういう原理かは教えてくれなかったが、長老曰く、古代の知識とその結晶との事だ。その為普段見ることの出来ない者にも、見せることが可能なのだ。加えてこの集会所内に限り、声を聴くことも可能だ。
『どうも。さっき外で声かけた時、その子以外は見えとらんやったやろ?』
「おばあちゃんってこの人の事?」
高齢の女性は妖精ではあるが、人間とさほど変わりない外見をしている為か、何の説明もなく出会っていたら彼女が妖精だとは分からないだろう。
“おばあちゃん”と呼ばれていた者の姿を目にして、ドロシーは首を傾げた。
この森の集落に住む妖精の多くは、《
人間の間では彼らは、“歌と踊りを好む若くて美しい女性の姿”と伝えられている話が多い。でもそれは、人前に姿を現したことのあるごく一部や、たまたま見える者が見た姿がそれだったに過ぎない。
本当の彼らも人と同じように年を取る――ただし寿命に関して言えば人間よりは長寿の者が多い――し、見た目や性格も様々だ。
そしてそれは他の存在にも言えることだろうと思う。
以前フィンとオズワルドに《妖精の存在証明》を行った際に辛うじて彼らに見えたの妖精は、《花の妖精》と呼ばれる小さな姿をした者だった。その件もあり、ドロシーを含め四人は、妖精とはもう少し小さい者を想像していたのだろうか。初めて見る人間となんら変わり栄えのしない妖精の姿を見て、呆気に取られている様子だった。
「……そうです」
『まあまあ、用があってきたんやろ? それなら急がんといかんみたいやから、込み入った話はまた後で、時間のある時にゆっくり聞かして』
リリアージュが肯定すると、そう言って妖精である高齢の女性は皆を奥の部屋へと促した。
奥の部屋に入ると、リリアージュが先程会った先生こと緑の魔女と、長老のおじいちゃん、とその他のお爺様御婆様方合わせて十名程度が既に集まっていた。
「……ただいま……そして、心配を掛けてゴメンなさい」
リリアージュは自身の家出という行動には全く反省はしていないものの、一応そう言って皆に挨拶と謝罪をした。
長老を初め、緑の魔女以外の皆はじっとリリアージュを見るが、なかなか口を開かない。
「どうも初めまして、ドロシー・エプスタインです、こっちは兄のオズワルドで、こっちはゼン、そしてこちらは――」
「フィン・ボールドウィンです」
根比べのごとく沈黙が続くのかと思いきや、ドロシーが機転を利かせてくれたのか自己紹介を切り出し、兄とフィンに繋げた。
『……ボールドウィン?』
その自己紹介で語られた名に、長老である一番年長の老人は小さな声でそうつぶやいた為か、誰の耳にも届かなかった。
『ニコルです』
ニコルも皆に続いて一応あいさつしたものの、変わらず人間には猫の鳴き声に聞こえているらしく、大した反応は見られなかった。この集会所に掛けられた術をもってしても、対象がここに住ま妖精らなので、ニコルに対しては除外されているらしい。
「わざわざこんなところまで来てくれてありがとう。私は皆からは緑の魔女や先生と呼ばれているエメリナ・グリンベルよ。こちらはこの里の長老でリリアージュの養祖父よ」
緑の魔女が、皆を代表してあいさつをする。緑の魔女はその他の残りの者たちの事を、「この里の年配者たちよ」と軽く説明した。
『立っとらんで、皆、座らんね~』
陽気な声で、先程のおばあちゃんこと、高齢の女性が着席を進めてきたので、皆それぞれ腰を下ろしす。
「さてさっそく本題だのだけれど、私は簡単にリリちゃんから聞いているけど、もう一度皆にも話してくれる?」
緑の魔女に促されて、リリアージュは再度簡単に説明した。
リリアージュが説明した件は、ここに来た本来の目的である眠り続けているジルフォード少年の事。そしてその原因が夢魔にあるのではないのかという事。その夢魔が原因とする場合の解決手段の事。そして、先日の天使の件においては魔法陣と封印されていた物を含めて説明した。
『夢魔と考えた理由は?』
「その前まで悪夢にうなされていたのに、眠り続けてからは穏やかで悪夢の気配はない、外から魔術の気配もない……つまり内側から夢に干渉できるということだと思ったから」
『なるほどの~それじゃ確かに夢魔である可能性は高いと思うが……』
『悪夢の気配が無くなった点がきになるの~』
『じゃが、人間が何日も飲み食い出来んとなると危ないの~』
『そうね~、せめて寝てる間も水が飲めたらね~』
『たとえ夢魔でなかったとしても、夢が糸口よね~』
『それにしても、天使がそんなことするかね~』
『聞いたこと無いの~』
など長老以外の者達が口々に意見を交わす。
「仕方ないけど、やっぱり夢からしか手段はないわね」
「可能なんですか?」
「そうね、ちょっと複雑だけど、材料はちゃんと持って来てもらっているから何とかなると思うわ」
「すごーい」
緑の魔女の夢に対して何か手段がある様な発言にオズワルドが驚いて尋ねる。そして緑の魔女の返答に、ドロシーは感嘆の声を漏らした。
「でも、私は外から術を使わなきゃだから、夢に潜るのはリリちゃんにしてもらうしかないわ」
「元より覚悟はしています」
「そうね、だからここに来たのだものね。それではさっそく始めましょうか」
夢魔と話す為には同じ土俵――夢の中に入る必要がある。けれども対話をするとなれば自分以外に適任者はいないだろうとは思っていた。
「自分たちには夢がキーだとは分かっても、夢である以上どうすることも出来なかったのに、あなたはどうやって?」
――どうやって、他者の夢に干渉するのか?
オズワルドは疑問を口にした。その方法が分かっていればここに来るという時間のロスなく自分たちで行えていたからだ。
「もちろん、眠ってもらうのよ」
緑の魔女は、いとも簡単にこの場の物にそう告げた。
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