第5話 妖精の里への入り口

***


 リリアージュが川沿いを歩いていると、歩き始めて数十メートル先辺りで木の陰に隠れたと思ったらすぐに姿が見えなくなった。突然消えた様に見えなくなったのだ。これには自分だけでなく、フィンもゼンも驚いていた。妹のドロシーだけは驚きと共に目を輝かせている様に見えた。


 そして待つこと数十分後。外には自分とゼンとで待機し、フィンとドロシーには馬車の中で待ってもらっていた。するとなんの前触れもなく消えたと思っていた辺りで、今度は不意に姿が現れた。馬車を降りた時の荷物は肩掛けのバッグのみだったのにもかかわらず、今は何故か手に筒状の物を持っている。


 そしてこちらとの距離が近くなり、声を張らずに会話が出来る範囲まで来たところで「お待たせしました」と、先程となんら変わらない様子で声を掛けてきた。

 リリアージュの声に反応したのか、灰色のふさふさした猫が先にスッと馬車を降りた。そしてそれに続いて、フィンとドロシーも馬車から降りる。


「それは?」

「これが、今回皆さんが集落に入る為の条件です」

 リリアージュはフィンの問いに対して、筒状の物からなにやら液体――紅茶の香りに混ざってあまい香りがするものを手持ちのコップに注いで皆に配った。

 ――“飲め”ということなのだろう。


「先生の作ったハーブティーです」

 中身を気にしていると思ったのか、そうリリアージュは補足した。

 それに対して、まずはゼンがカップを回し沈殿物を確かめた後ゆっくりと一口飲む。


「うーん、味はビミョーだな……」

「味に関しては、好みが物を言うものなのでなんとも……」

 ゼンの好みには合わなかったらしいが、リリアージュが言うには、人の好みはそれぞれであり、特に癖のあるハーブティーではそれが顕著に出るのだと語る。

 そしてゼンは勿体ないとも思ったのか残りを飲んでいた。それでもいつもの癖なのか最後の一口分を残して。


「私は好きな味なのかも、結構おいしいと思うけどなー」

 ドロシーは何の躊躇もなく、ごくごくと飲んでいた。

 二人の様子を見てオズワルドも口にする。ゼンの言っていたほどビミョーな味とは思わなかったが、思ったよりも甘く感じる。甘いものが得意なわけではない為、ドロシー程ごくごく飲める感じではなかったが、自分達の様子に確かに好みの問題らしいと思う。


 フィン以外の全員が順に飲み終わったところで、最初に飲んでいたゼンの様子を確認した後、フィンもようやく口につける。

 フィンにも感想を伺うと、「もう少し甘さを控えた方が……」との返事が返ってきた。

 それに対して紅茶を配ったリリアージュは、「それは先生が大の甘党だからでしょうね」との事だった。どうやらこの甘い紅茶は彼女の言う“先生”が作った物らしい。


 甘すぎる紅茶を飲み終わったところで、もう一つの持ち物の白いロープについて、何に使うのか尋ねる。先程は持っていなかったような気もしたが、単に気付かなかっただけかもしれない。

「これは目隠しです」

 そう答えたリリアージュは、まず近くの木にロープを巻き付けて、残った部分で馬車と二頭の馬にも軽くつないだ。


「これはいったい、どう言う意味が?」

「このロープは、集落の境界にある結界と同じ効果があります。紅茶を飲んだ皆さんには見えているのですが、一時的にですが見えない者にとっては、この馬車はただ見えないだけでなく、重なって存在する別の空間にあるということになります」

 オズワルドの疑問に対して、ようするにこれで馬車に誰も居なくても、見えない・触れないので取られる心配がないと言うことだろう。


「馬車おいて行っちゃうの?」

「一時的にです。あとでお爺様達に取りにて来てもらいます」

 お土産もあるのにどうして? とのドロシーの疑問に対して、リリアージュは紅茶では馬車自体は集落に入れない為と説明した。


「ここでグダグダ言ってても時間が勿体ないんで、早く先に行きましょ」

 ゼンが比較的真面目にまともなことを言っている気もしなくもないが、アレは基本面白いことが好きで、それ故に優先順位をよく誤ることがあるヤツだ。そのおかげで先日は厄介なことをしでかしたと聞いている。今回も問題を起こさなければいいが……。


「では、こちらです」

 そう言ってリリアージュが案内の為に先導する。

 そう言えば、あの甘い紅茶をあの猫は飲んでいないが……と思ったけど、そう言えばこの猫は猫に見えるが、普通の猫ではなくケット・シーと言っていた。つまりは飲む必要はないと言うことなのだろう。



 歩き始めて数十メートル、初めに彼女が消えたと思ったところまで来た。

 すると、目の前の景色が揺らぐ――。

 揺らいだ前後で特に目の前の森の景色に大きな変化はない様子……だと思ったが、さっきまでは明らかに無かった、森の木と同化している古びた小屋があった。


 リリアージュはその小屋のベルを、ベルから下がっている紐を引いて二回鳴らしてから、玄関の戸を開け、「どうぞ」と入室を促した。驚くことに外の見た目は古びた小屋だが、その戸を開けるとそこは広い館の中のような造りになっていた。これはおそらく術の一種なのだろうが、どういった原理なのか、質容量の法則やそれらを維持するのにかかる消費魔力量といった疑問が立ち込める。


 そしてその館の廊下を奥へと進んでいく。突き当りの部屋まで来たかと思えば、その一つ手前の部屋に案内された。その部屋は、低く横長い机とそれに合わせた椅子ががいくつかあり、正面には大きなボードと本がぎっしりと収納された本棚があった。

「こっちです」

 そう言って、リリアージュはその部屋を横切って、明り取り用の窓の横にあるドアを開ける。


 さっきまでは森の中だという印象だったのにもかかわらず、そこには広い空間が広がっていた。数本木はあれど、森とも林とも言えない様な空間だ。ここから少し距離があるが、緩やかな傾斜の上に小さな、建物がいくつか見える。

「ここを登った先の一番大きな家になります」

 本当にあの森の中にこのような場所があるとは到底思えなかった。そう思ったのは自分だけではない様で、他の三人も言葉を失っているかのようだった。

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