第4話 緑の魔女

***


 大事な事とはいえ、リリアージュは質問攻めに会っているような気分だった。リリアージュが知っている彼らの事と言えば、彼らの名前とその仕事に関するごく一部の事だけだった。


 自分ばかり聞かれてズルいという気持ちとは別にただの好奇心により、こちらからもぜひ聞いてみたいと思っていたその時、ふと馬車の揺れが止まった。どうやら指定していた所まで来たようだ。そう考えていると客室のドアが開きずっと御者を務めてくれていたゼンが尋ねる。


「すみません、言われていた途中の獣道はこの馬車じゃ通らなかったので、とりあえず言われていた川まで来ました。ここからはどうします?」

「ありがとうございます。ここからは私が先に歩いていきますので、皆さんは少し待っていてください」

「いくら何でも一人じゃ危ないんで、俺が付いていきますけど?」

「大丈夫です……といいますか、今はまだ私にしか入れません」


 見えない者にとってはこの森は普通の森でしかない。けれどもこの森は一部の空間が重なっており、そうでないものにとっては、その空間の方に足を踏み入れることが出来る。つまりはその空間に入れる者と、そうでない者が一緒に居た場合、その境界を境に一方の姿が消えることになる。

 そしてその境界は馬車を降りて数十メートル程度歩いた先であり、ここからほんの直ぐそこだった。なので、供を買って出てくれたゼンには悪いが軽く説明をして遠慮してもらい、皆には馬車で待っていてもらう事にした。


「まぁ、確かにまだ見せれる措置は取られていないからね」

「あー、ちょっと退屈かも……早く戻ってきてね」

『じゃあ、オレもここでまってるね』

 オズワルトとドロシーの残念そうな声とは別に、ニコルはそう素直に言った後、リリアージュの膝から降りて椅子の上に移動した。


「はい、すぐに戻りますので少し待っていてください」

「では頼んだ」

 リリアージュは馬車から降りた後、フィンの言葉に返事をして川沿いに歩き始めた。


***


 川沿いを歩いて直ぐの事、目の前の景色が揺らぐ――。

 揺らいだ前後で特に目の前の森の景色に大きな変化はない。

 目の前の森の木と同化した古びた小屋を除いては。

 リリアージュはその小屋のベルを、ベルから下がっている紐を引いて二回鳴らした後「おじゃまします」と言って小屋の中へ入った。


 外の見た目は古びた小屋だが、その戸を開けるとそこは広い館の中のような造りになっていた。リリアージュにとってここは前にも何度も来たことのある勝手知ったる場所だ。迷わずに廊下の奥へと進み、突き当りのドアを開けた。


「あら? リリちゃん久しぶりね」

 部屋の奥のソファーに、座って優雅に紅茶を飲みながら読書をしている、艶やかな黒髪の女性に「元気にしてた?」と振り返りながら声を掛けられた。彼女こそリリアージュが先生と呼び慕い、妖精たちからは《緑の魔女》と呼ばれる女性だった。


 なぜ《緑の魔女》と呼ばれているのかだけど……彼女は本来は森の木の医者だ。

 そしてハーブをこよなく愛する魔法使いである為、この森に住む妖精達から敬意をこめて《緑の魔女》と呼ばれている。そしてもう一つ、彼女が緑の魔女といわれる由縁に、植物を媒介とするものが得意だからだそうだ。

 ちなみにリリアージュのハーブ好きは、彼女の影響が強いのだろうと思う。おかげで診療所では、趣味と実益を兼ねて楽しんでいるが。


「はいお久しぶりです。私自身は元気なんですが……今回、少し知恵と力を借りたくて来ました」

 リリアージュがそう告げると、先生こと緑の魔女は深緑色の瞳でこちらをしっかりと見つめる。


「知恵ね……。てっきり今度リリちゃんが私の所に来る時は、長老が持ち出したあのエルフとの件だと踏んでいたんだけど……予想が外れて少しだけ残念だわ」

 緑の魔女は少しばかり視線を外し、ため息交じりで心底残念そうにそう言葉を紡ぐ。


「——で、私はどうしたらいいの?」

 緑の魔女は今まで読んでいた本のページに、葉の形をした栞を挟むと再びリリアージュと向き合い、本題を聞き始めた。



 リリアージュは待たせている皆を集落へ入れる許可が欲しいことも含めて、事のあらましを簡単に説明した。その際、一応念のためにと取ってきた、試験管に居れた数本の髪の毛も渡しておいた。


「そうね、本来なら私じゃなくって長老の許可がいるところだけど……事がことだものね」

「そうなんです」

「分かったわ、長老には私の方から伝えておくから、リリちゃんはこれを持って先に迎えに行ってあげて」

 そう言って緑の魔女は席を立ち、数歩歩いた先の備え付けの簡易キッチンへ移動する。そして小声で何かを呟きながら作り置きの紅茶を水筒に入れ、コップを数個用意する。最後に棚から白いロープも取り出した。


 緑の魔女はこの森の妖精の里を守る役目も担っており、里に部外者が入る為には、本来長老に許可を取った後、彼女に必要がある。けれど、そんな回りくどい方法を選んでいる時間が惜しいのだ。


「ありがとうございます」

 リリアージュは礼を言うと、手際よく準備された水筒とコップ、白いロープを受け取った。正直家出している身こともあり、長老である爺様に今自分一人で会いに行くのは気まずかったので内心ほっとした。

 そんなリリアージュの心の内をしっている緑の魔女は「いいのよ、集会所で待ってるわ」と軽く言う。

「それじゃ、一旦失礼します」

 そう言ってリリアージュは緑の魔女の館を後にして、待たせている彼らの元へと急いだ。

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